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第28話 大浴場(1) 待機

 時間は遡り、緊急会議の前。  アレスとキュディアスが会議に向かい、レリエルは一人、第四騎士団長の執務室に残されていた。  一目見てトラエスト帝国所属の宮廷魔術師と分かる、三ツ星文様入りのローブを着せられたまま。宮廷魔術師長ヒルデのローブは赤褐色で、宝石が縫い付けられて豪華さを醸し出しているが、平魔術師のローブなので黒くて飾りのないシンプルなものだ。  レリエルは、絶対にローブを脱がないこと、そしてこの部屋から出ないこと、と言い含められていた。 「なんだよ、偉そうに……」  レリエルはぶつくさとひとりごちながら、だが言いつけを守って執務室のソファに座り、じっとしていた。  今の所、人間たちは——アレスは——レリエルを拷問と実験にかける様子はなさそうだ。それどころか……。 『お疲れ様、よく頑張ったな』  先ほどアレスに言われた言葉を思い出したら、なぜだか顔が熱くなった。敵である天使に、人間の兵士があんな風に言うなんて。 (あいつは、底抜けにいいやつなんだろうか。それかとてつもないバカか)  レリエルはふと思い出す。三日間寝込んでいたとき、夢うつつで誰かに甲斐甲斐しく世話をされるのを感じていたことを。  あれは、アレス?それともただの夢?自分は眠りながらすごく幸せな気分で……。  また顔が熱くなりそうになって、レリエルは慌てて思考を中断させる。手で顔をぱたぱたと仰ぐ。 (あいつはただのバカだ。もうあいつのことを考えるのはよそう、こっちまでバカになってしまう)  その時、扉にノックの音が聞こえた。がちゃり、と開けて入ってきたのはシールラだ。レリエルは思わず身構える。 「失礼します!お飲み物お持ちしましたー!今日のジュースも激うまですよお。当然、飲んでくれますねぇ!?」 「え、あ、ああ」  気おされながらうなずくレリエルの前に、オレンジ色の液体をいれたグラスが置かれる。  シールラは「男」らしいが、なぜ「スカート」を履いてるのだろう、とレリエルは困惑していた。  この下界、つまり「地球」の人間については学習していた。人間達が「地獄の六日間」と呼ぶ神域形成の聖戦において、この辺りに住む人間達のデータは収集され天使たちの知識となっていた。寝ていたので聖戦に参加できなかったレリエルは知識としてそれを学んだ。  男ばかりの天使と違い、人間は男女が半々であること。男は「ズボン」をはいていて、女は「スカート」をはいていること。  だがシールラはスカートをはいているのに男だという。いきなり知識と現実の違いを見せ付けられた。  情報が間違っていたということだ。人間たちについては、実際に目で見て学んでいかねばならないようだ。 「キュディアス様とアレス様は会議に出席中ですよね」 「そうだ。それが終わるのをここで待ってるんだ」 「ええー!?会議っていっつもむちゃくちゃ長いですよ!ずーっとソファに座ってなんもしないで待ってるんですか?」 「わ、悪いか。僕だって退屈だ。でも仕方ないだろう、あいつらは僕が天使であることを他の人間達には秘密にするつもりみたいだ。ヒルデって奴の弟子ってことにしとけとか、でもボロが出るとまずいから一人では出歩くなとか、髭の奴に言われた。べ、別にあいつらに従ってるわけじゃないぞ、僕にとっても共闘は好都合だから、共闘の維持のためにやつらの都合に合わせてやってるだけで」  レリエルはオレンジ色の液体をぐびと飲んだ。美味しい。地球の果汁はとても美味しい。果肉はもっと美味しいのかもしれない。  などと思いつつあっという間に飲み干したとき。シールラが妙なことを言い出した。 「おっけーです!付き合いますよ暇つぶし!」 「は?」 「せっかくトラエスト城に来たんですから、こんな所に引きこもってないで見学しましょうよお!そうだトラエスト城名物の公衆浴場なんてどうですか、すっごいゴージャスで見学だけでも楽しいですよ。シールラがご案内しますぅ!」  思っても見なかったことを言われて、レリエルは視線を彷徨わせる。 「でも、この部屋から出たら駄目だと言われてる」 「それって、会議が終わる前までに戻ってくればよくないですか!?」 「え……」  よくないような気がしたが、シールラがレリエルの腕をつかんで引っ張った。 「いてて、何するっ」  思わず立ち上がってしまったレリエルの腕をがしりとつかんで、シールラは扉に向かう。レリエルは泡を食いながらも、シールラに引きずられてしまう。 「そんなに怯えなくても平気ですよぉ。シールラがちゃんとリードしますから、シールラに全てをゆだねて~」 「怯えてなんかない!」 「あ、浴場って言っても水着着用義務があるから裸じゃないんです、そこは期待しちゃだめですよぉ。男女共しましま模様の半そでシャツに膝丈ズボンです。すんごいダサいんですよねぇ」 「待てってば、本当に行く気か!」 「大丈夫、大丈夫!」  レリエルはあっさり、扉の外へと連れて行かれる。 (くそっ、なんなんだこの変な人間は!もういい、どこでも行ってやる!) ※※※

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