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第29話 大浴場(2) メイド集団
大浴場は、シールラの言った通り、確かに優美でゴージャスだった。
壮麗かつ広大で、至る所に魔術が施されていた。
例えば壁の天使像たちは、ただのレリーフかと思いきや、定時になれば動き出し、煌びやかな音楽を奏でてくれる。ガーゴイルの技術を応用して作られたものだと言う。
海をイメージした風呂の中には、光魔法で投影された色とりどりの熱帯魚だちが泳いで目を楽しませる。
深海のごとく深い浴槽は水中で呼吸可能な風呂で、この浴槽に全身沈めて水中にたゆたい瞑想すれば、身も心も浄化される。
楽園と名付けられた露天風呂は、自然と見紛う風景の中、清涼な温泉の川や泉、滝がしつらえられ、水の妖精、美しいニンフたちが放し飼いにされている。
他にも多種多様な風呂があった。間違いなく世界随一の大浴場だろう。
この大浴場の、メイン浴槽とされる最大の大風呂の傍らを、メイド姿のシールラと、ローブを着たレリエルが歩いている。煙る蒸気の暑苦しさに、フードは外してしまった。本当はローブも脱ぎたいところだが我慢した。
「素敵でしょお?騎士様とか魔術師様とか文官様とか、シールラたちメイドが利用してるんですぅ。フクリコーセーだからタダで入れるんですよぉ。水着借りれますから今度一緒に入りましょうね!」
「入らない!」
そこに入浴中の女性たちの一グループが、バシャバシャと湯をかき分けながら近づいてきた。
「ちょっとシールラ、その子だあれ?」
湯の中から見上げられ、シールラは中腰になる。
「あ、リノちゃん!レリエルさんはシールラの新しいお友達ですう。レリエルさん、この皆さんはシールラのメイド仲間です、私たちとっても仲良しなんですよお!」
六人の水着姿のメイドたちが、レリエルを値踏みするようにジロジロ見上げた。
どのメイドも目鼻立ちが派手で、胸がふくらんでいる。今度こそ本物の「女」のようだ。
女たちがヒソヒソと会話する。人間より聴力の高い天使の耳には、その内容が丸聞こえだった。
「見ない顔ねえ、こんな魔術師いたかしら」
「ていうか、超可愛くない?なんか可愛すぎてムカつく」
「ほんと、すごい美人。でも魔術師が美人て意味ある?」
「こんな子が本当に魔法使えるのかしら」
「色仕掛けで魔術師試験突破したんじゃないの?」
「やだ、そんなこと言ったらダメよ、分かんないけどお」
「ちょっと聞いてみない?」
いきなり謎の敵意を向けられている。正直、怖さを感じた。
メイド集団の一人がレリエルに尋ねてきた。
「ねえあなた、本当に魔法が使えるの?」
レリエルはむっとしながらも、得体の知れない怖さ故におずおずと答える。
「も、もちろん使える、僕は……」
レリエルが声を発した瞬間、メイド集団が、いっせいに目と口を丸めた。一瞬後に、どっと騒ぎ始める。
「その声!」
「男ー!?」
「男の子なのあなた!?」
「やだ、ごめん!分からなかった!」
「すごい可愛い、私あなたの顔好きぃ!」
豹変にレリエルは面食らう。なぜ急に好意的になったのか。人間は本当に訳がわからない。
「もお早く言ってよシールラ、意地悪なんだから」
「ごごごめんなさいですぅ!レリエルさんはヒルデ様のお弟子さんで、新しく入った宮廷魔術師なんです!アレス様と一緒にお化けやっつけたり、むーーーっちゃくちゃ強い、すんごい魔術師さんなんです!」
メイド集団は一様に、へえ~という顔をした。
「ヒルデってあの感じ悪い魔術師長よね」
「あー、あのムカつく陰気野郎。論外」
「アレスって最近、第四に入った男の子よね、爽やか系イケメンの。アリかなあ……」
「そりゃ全然アリでしょ。でもちっとも落とせないって話、もう何人も振られてる」
「インポなんじゃないの?それに所詮は堅物田舎のカブリア民でしょ?帝都男子に比べたら、いくら顔が良くてもださカブはちょっとねぇ」
シールラはレリエルに耳打ちした
「これ聞かなかったことにしましょうねっ!城男子さんたちが毎日メイドにこんな感じに人格崩壊級の悪口言われてるってのは、ここだけの秘密にしましょうねっ!」
「べ、別に誰にも言わないよ……」
「あ、『ださカブ』って『ださいカブリア』って意味で、メイドは帝国帝都以外の地域は基本ださい扱いなんです!他国他都市の皆さんごめんなさいっ!!騎士様とか魔術師様の間では一目置かれてる系のカブリアの皆さんなんですけどね、メイド的にはちょっと真面目過ぎって言うかイケてないって言うか、地味グループなイメージでっ!」
「何の話か全然分からないが、すごくどうでもいいことを言っているんだろうな……」
その時、シャンシャンと鳴る神秘的な鈴の音色が響いた。
入浴者達がハッと浴場の前方、神々の絢爛なレリーフの方を振り向く。レリーフの向こう側には、この浴場の入り口がある。
ざわめきが一瞬で収まり、浴場が静まった。
レリエル一人、理解できず眉をひそめた。
「なんだこの音。一体何が……」
シールラが両手で口を覆った。前方を見つめ興奮しながら、
「こっ、皇帝陛下が!きちゃいましたあ~~~~!」
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