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第30話 大浴場(3) 皇帝陛下

「コウテイヘイカ?」  レリエルはシールラの視線を追った。  浴場内に入ってきたのは、青い装束の女たち。  目の覚めるような真っ青な衣に金の帯を締めた女たちが二列で歩く、その中心に、上下の水着姿の幼い少女がいた。他の者が着ているしましま模様の水着ではない。体にぴったりした半そでシャツと膝丈ズボンなのは同じだが、純白でえりぐりや袖口、ズボンの裾にレースをあしらい、胸元には水色のリボンがついた、可愛らしいデザインである。  少女の年の頃は七、八才に見える。ウェーブする水色の髪の毛を腰まで伸ばし、大きな瞳も髪と同じ水色。    神秘的な少女だった。  ただそこに佇むだけで、その場の空気が浄化されるような、人を圧する神聖さを持つ少女。  その少女を見たレリエルの心に、懐かしさがこみ上た。誰にも聞き取れない声で小さく囁く。 「空間が綺麗になる……。神様……みたいだ……」  少女の背後には黒い上下水着を着た褐色美女が、保護者のように寄り添い歩いている。  女性にしては長身で、騎士のような迫力がありつつ、肩までの黒髪に包まれるその顔貌は、ひたすらに妖艶。寡黙にしずしずと歩いている。    浴槽の外にいた者は、皆その場で両膝をつき、胸の前で腕をクロスさせてこうべを垂れた。  湯船の中にいた者たちは、いそいそと湯の外に出て同じく床にかしずく。  シールラがレリエルに促がした。 「ほらレリエルさんもっ!陛下の御前ですよっ」 「な、なんで僕がそんなことを!」 「いいからいいから、はいはいはい!」 「ちょっ、引っ張るな!分かったやるよっ」  レリエルが仕方なく、シールラと同じように床に両膝をつこうとした、その時。  水色髪の少女が腕をあげた。可愛い声が凛と響く。 「まあまあ、おもてをあげい。風呂に入れ、普通にくつろげ。()は賑やかな浴場で汝らとわちゃわちゃしたいのじゃ!なんのために、汝らのいる時間帯に入ってきたのか、わからんぞ?」  この一声を受けて傅いていた者たちの姿勢が崩れ、歓声が上がる。特に女たちの歓声が。 「きゃあああああ!プリンケ皇帝陛下、来てくださったんですねー!」 「来ていただけで光栄ですーーー!」 「今日もお可愛いですーーー!」  プリンケ皇帝陛下、と呼ばれた少女は、ニコッと微笑んだ。それだけで女たちが割れんばかりの歓声をあげる。 「うっきゃあああああああああ!」 「プリンケ様あああああああああ!」  歓声と喝采を浴びながら、プリンケは青装束の列の中から進み出ると、大風呂のヘリで身を屈めた。すかさず背後の褐色美女がその身を支え、プリンケを抱きながら湯の中へゆっくりと身を沈めた。  青装束の女たちは大風呂の周囲に散らばり、警備兵のように等間隔に並んで囲んだ。 「ふう、いい湯じゃ、温まるのお!邪魔してすまんのお前たち、さあ皆、いつも通りに湯を楽しむのじゃ」  褐色美女に抱きつきながら、プリンケが床の上の民たちを見渡す。  民は皆、一礼をすると、幸福そうに微笑みながら、ある者は浴槽に入り、ある者は洗い場に戻り、浴場はすぐに普段通りの入浴光景を取り戻した。  シールラが感激したように両手を絡めた。 「まさか陛下のご入浴にご一緒できるなんて!これすっごいレアなやつなんですよお!今、庶民タイムですもん。基本的に陛下は、貴族様タイムか陛下貸切タイムにしかいらっしゃらないんです!レリエルさんラッキーですねえ!」 「ヘイカ、というのはどういう存在なんだ」 「それはもちろん、トラエスト帝国で一番偉いお方です!てことはつまり、世界一偉いってことですよお」 (やはり、僕たち天使にとっての神様と似たような存在なのか?いや人間に関してそんな情報はなかった。でも、実際に確かめないと分からないこともあるからな、「スカート」に関しても間違っていたし)  レリエルはプリンケを見つめる。人間ではあるが、他の人間とは確かに違う神聖な雰囲気をまとう少女。  視線に気づいたのか、プリンケがレリエルの方に振り向いた。  プリンケはレリエルを見ると、なぜか目を輝かせた。  レリエルを指差し、褐色美女を見て何かを命じている。  褐色美女はプリンケを抱えたまま、こちらに近づいて来た。  シールラが身をのけぞらせる。 「あわわ!?うそっ、陛下がこっちいらっしゃいますどうしましょー!」

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