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第37話 大掃除(2)  汚部屋

 メイド服続行を決定してしまい内心頭をかかえるアレスに、機嫌を直したレリエルが妙なことを言い出した。 「じゃあ三角巾だ。三角巾はあるか?」  聞かれたアレスはきょとんとする。 「は?」 「大きめの四角い布だ」 「あ、えーと」  アレスは居間を横切って窓から身を乗り出した。こちらの建物から向かいの建物に渡された紐を手繰り寄せた。風にはためく布を一枚、取って戻りレリエルに渡す。  レリエルは布の角と角を合わせて折って三角にし、自分の頭にキュッと結んだ。 「ゴミ袋」 「えーと、はい」  隅っこにぐちゃぐちゃっとなってた大きな麻袋を渡す。  レリエルはゴミを拾い始めた。  うじの湧いてる腐敗リンゴをためらいもなく素手でつかみ、麻袋の中に放り込んだ。 「ええっ!?レリエルまさか、掃除してくれるのか?」 「大丈夫。僕、こういうの得意なんだ。いつもトイレ掃除とか、他の天使の嫌がることばっかりやらされてたし」 「お、俺も一緒に片付ける!」  アレスは慌てて濃紺の騎士団コートを脱ぎ、中のシャツを腕まくりする。 「いいよ別に。掃除、嫌いなんだろ」 「いや俺の部屋だし、俺が汚したんだし、レリエル一人にやらせるわけにいかないだろ!」 「……ふうん」  レリエルの傍ら、アレスも床に這いつくばって片付け始めた。  汚れた下着を丸めて洗濯場に放り込み、コバエのたかる腐敗ミルクを慌てて炊事場に持って行って流した。  おぞましいものは真っ先に自分が片付けねば、と思いながら。  しかし。  レリエルがゴミを拾うたびに身を屈め、身を屈めるたびにスカートの中の白いものがチラチラしていた。明らかに女性もの下着。さらに靴下を止める白いガーターベルトまで身につけている。 (だから何て格好させてんだよ、あの人(シールラ)はもう!)  そのとんでもない格好が、似合っているのが一番の困りものだった。  アレスは鋼の意思でスカートの中身から目をそらした。だってアレスは、 「騎士だから……!騎士たるもの婦人に対し礼節を重んじ清廉たれっ!」  カブリア王国の聖騎士団で毎朝唱えさせられていた、騎士心得十ヶ条の一つを己に小声で言い聞かせた。 「?何か言ったか?」 「な、なんでも……」 (気を引き締めろ俺、これは任務で俺はレリエルを監視する立場、そもそも結婚前の男女間に何かあってはならない、物事には順序があるんだ)  騎士でなくてもそもそも、カブリア王国は貞淑を重んじる国柄だった。男女の婚前交渉などもってのほか、という気風の国であった。 (……っていうかレリエルは婦人じゃねえし、男女じゃなくて男同士だし、何言ってんだ何考えてんだ俺!)  アレスは大分混乱をきたしている己が精神を落ち着けるため、無心になってゴミ拾いに集中することにした。  ゴミ拾いだけでも時間がかかった。教師時代のプリント、もう半年前に不要になったものが、なぜ今もこれほど山盛りなのかと自分の怠慢さを呪った。  レリエルは地獄のようなゴミ溜め部屋を、黙々と手際よく片付けていく。 「これは大事そうなものだな、どこに置けばいい?」  問われたアレスが見上げると、レリエルが帝国支給品の護符類を、手にぶら下げていた。 「あー……。どこにしようかな」 「まったく、置く場所決めておかないとダメじゃないか。そのタンス開けていいか?」 「ああ、いいよ」  レリエルはタンスを開けて、驚愕に目を見開く。 「なんだこれ、どの引き出しも空っぽじゃないか!なんのためのタンスなんだ!?」 「うーん、タンスの中に入れるのがめんどくさくて……」 「もうなんだよそれ!今、どこに何を置くか決めろ!」 「はいっ」  アレスは思わずかしこまる。なんだか母親に怒られてるみたいな気分。  小一時間後、部屋はいつの間にかスッキリしていた。 「すげえ。急に広々した!結構広いじゃないかこの部屋!」  レリエルがふんと鼻を鳴らす。 「まだだ、片付けが終わっただけだろ。これから掃除だ」  掃き掃除をして、水拭きをして。  レリエルは黙々と、淡々と、あっという間に、隅々まで部屋をピカピカにしてしまった。  居間だけでなく、炊事場も風呂場もトイレも寝室も。  もちろんアレスも頑張った。  キュート過ぎるメイド服姿を鋼鉄の心で視界の外に追いやりながら。  やがてすっかり綺麗になった部屋で、アレスは感動に打ち震えた。外はもうすっかり暗くなっていた。  アレスは目をウルウルさせながら、 「信じられない俺の部屋がこんなピカピカに!ありえねえこれは奇跡だ!これは本当に現実なのか!?」 「お、大げさだな……。まったく、僕に感謝しろよな」  レリエルは三角巾をほどいた。頭を振ると、一つ縛りの綺麗な髪がさらさらと揺れる。 「もちろんだよ、ありがとな、レリエル!」 「まあ、お前も手伝ってくれたからな」  アレスは「ん?」と首をかしげる。 「手伝うもなにも、俺の部屋なんだし当然じゃないか」  レリエルの口元にふっ、とシャボンのように小さな笑みが浮かんだ。 「天使ならそんなこと言わない。一緒に掃除なんてしてくれない……。お前って優しいんだな」 「やさっ……」  アレスがうろたえ、レリエルがはっとした顔をした。 「なな、なんでもない!疲れたから僕は休むからな!」 「お、おう、すわ、座ろうぜ!」

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