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第38話 大掃除(3) 半人間

 二人は小さなテーブルの椅子に向かい合って腰掛けた。ガラクタで埋まっていたテーブルがすっきりとして気持ちがいい。  アレスは果物袋の中から葡萄(ぶどう)を取り出した。 「そうだ、葡萄が気に入ったんだろ?盗もうとするくらいなんだからな。食べるか?」 「盗もうとなんてしてない!それに別に気に入ってもいないし……」 「なんだ、そっか……」  と仕舞おうとすると、レリエルは慌てた様子で身を乗り出した。 「食べないとは言ってないだろ!食べてやるよ!」  やはり葡萄が気に入っているらしい。 「そうだ、人間社会で守って欲しいことの話をしてなかったな。まず一番守って欲しいことは、人を傷つけないで欲しい。これだけは何があっても守ってくれ」  レリエルは葡萄をもぐもぐしながら、コクンとうなずいた。 「商品とお金についてはさっき言った通りだ。あと人のものをとったり、人の家に勝手に入ったりしない。それから、お前が天使だってことは内緒な。外出時はローブを着て羽を隠す。空も飛ばない。会話にも極力、気をつけてくれ。自分の設定も忘れないようにな。レリエルは宮廷魔術師、ヒルデの弟子で、外国出身と」 「わかった。……覚えてられたらな」 「頼む、覚えてくれ。あとそれから……」  と言い掛けてうーんと唸ってしまった。他にパッと思いつかない。 「……ま、いいや。とりあえずそんな感じで。また思いついたら言うから」 「聞きたいこと、とはなんだ?」 「それな……」  アレスの表情が若干、険しくなる。  第四騎士団の任務。  それは天使調査だ。天使の目的を知る、ということである。  レリエルは間違いなく、天使情報の宝庫だ。先ほど「神」の存在を知ることができたが、出来ればもっと引き出したい。  アレスは単刀直入に聞いた。 「天界開闢、ってなんだ?イヴァルトが言っていた言葉」 「!!」  レリエルの表情が凍りついた。アレスが畳み掛ける。 「天使の目的、ってなんなんだ?天使はカブリア王国で何をやってるんだ?」  レリエルは目をそらし、くちびるを噛んだ。 「それは……。言えない。決して言ってはならないことだから。天界開闢については口外禁止、それを外で語ることは天使最大の禁忌……」 「レリエルはもう、天使に追われる立場じゃないか」 「そうだが、でも!……無理なものは無理だ」  その頑なな様子に、アレスはふうと鼻から息をついた。頭の後ろで手を組んで背もたれに背中を預ける。 「そっか、わかった」  あっさり引き下がったのを見て、レリエルが驚いた顔をする。 「それだけか!?」 「また次にするよ」  レリエルが上目遣いでアレスを見る。警戒心たっぷりだ。 「次……。次は、拷問して聞き出すのか……?」 「しねえよ!とりあえず今の俺達は対・死霊傀儡(しりょうくぐつ)での共闘関係、だからな。無理矢理、天使の情報を聞きだせとは命じられてない。でも、俺が情報を欲しがってるってことは、レリエルには知っておいてほしい。いつか話す気になったら、話してくれよな」 「……じゃあ、命令されたら拷問を……」 「しないって!そんな命令が下されても俺は断る!」 「どうだか」  疑わしそうなレリエルに、「まったくもう」と肩をすくめながら、アレスは改めてレリエルを眺めた。  シールラに騙されて(?)メイド服を素直に着て、自ら三角巾をつけて一生懸命、部屋を掃除してくれた。そして今、葡萄を美味しそうに咀嚼する少年。  これが本当にあの凶悪で残虐な「天使」なのか。 「こうして見ると……お前は普通の人間と変わらないな」  いや人間の平均以上に純真で善良に思える。レリエルがムッとした顔をした。 「な、なんだ、嫌味か!?言われなくても知ってる、僕が半分人間の出来損ないだってことくらい」  思ってもみなかった言葉が突然出てきた。 「ど、どういうことだ?」 「この世界にはたくさんの知的生命体、つまり人間がいるけれど、羽のある知的生命体は天使だけだ。羽は高次生命体である証なんだ。僕はその証が異常に小さい奇形天使……半人間なんだ」 「半、人間?」 「天使は本当なら神域……あの霧の結界の内側でしか生きて行けない。僕は人間に近い存在だから、こうやって下界で生きていけるんだ」  アレスは額を抑えた。半分人間、というのはかなり衝撃的な情報だ。それは一体、どういう……。 「待てよじゃあレリエルは、『羽の小さい天使』ではなく、『天使と人間のあいだ』だって言うのか……?」 「そうだ、何度も言うな」  自分の恥ずかしい秘密を明かされているかのように、レリエルは不満そうに頬を膨らませている。 (半分、人間)  アレスの胸がどくんと鳴った。  それは吉報であるように思えた。  ならばレリエルが、人間として今後ずっと人間世界で生きていくことも、容易なのではないか……。

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