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第40話 大掃除(5)  お着替え

 二人はそのままテーブルで、レリエルは果物を食べ、アレスは残り物のパンとスープという粗末な食事で、夕飯とした。  夕食を終えてアレスは、 「そうだこの家で生活するんだから、生活周りもちゃんと説明しておかないとな。まあさっき全部屋掃除したから、どの部屋が何する場所か、分かったか?トイレとか風呂場とか寝室とか……」  そこで何を思いついたのか、あっ、とアレスが言葉を切った。 「そう言えば、天使って排泄とか排尿とかは……」 「するさ。天界でトイレ掃除をしてたって言っただろ」 「そ、そうだったな、そういえば」  レリエルは眉根を寄せる。 「お前って天使をなんだと思ってるんだ?」 「神の御使いで高次生命体なんだろ!?」 「そうだ」 「じゃあ、うんこなんて……」 「するさ」  表情も変えずに断言するレリエル。 「神の御使いで高次生命体なのに!?」 「ああ」 「理解しがたい……のだが……」 「低次生命体が高次生命体のことを理解しようとしても無駄だ」 「了解」  アレスは議論を諦めた。  確かなことは、天使は排泄も排尿もするということ。  ……つまり「普通の生き物」である、ということだ。  科学主義者のアレスにとって、靄が綺麗に晴れたような、すっきりした感覚があった。  天使を名乗る侵略者達は、本来の意味の天使でもなければ、幽霊でも悪魔でもない。人間と同じ、普通の生物なのだ。  ならば人類にも勝ち目が、ありそうじゃないか。  今度はレリエルが、あっ、と何かを思いついた顔をした。 「寝室、ベッドがひとつしかないが、どうするんだ?」 「あー。いいよ、レリエルが使って。俺はソファで寝るから」  レリエルは困った顔をした。 「えっ……。それはちょっと、悪いような……」 「気を使わなくてもいいって」 「ぼ、僕が低次生命体の人間に気を使うわけないだろっ。ただなんか、ええと、嫌なんだ。順番にすればいい。一日交代はどうだ」 「いいや、俺はずっとソファに寝る」 「なんで!?」 「騎士だから」  自分だけベッドで寝てレリエルをソファに寝かせるなんてとても出来ないと思った。レディファーストが身についてしまっている騎士としては。レリエルはレディではないのだが……。とにかく出来ないものは出来ない。 「意味が分からない!」 「そうだ、寝るなら寝巻きいるな」 「ちょっと聞いてるのか?だから僕はベッドじゃなくても」 「いいっていいって。それよりまさかその格好(メイドドレス)で寝るわけにもいかないだろ」 「まあ確かにそうだが」  アレスは立ち上がって、たんすの引き出しを開けると、さきほど古着屋で買ったものをごそごそあさった。 「どれがいいかな、寝巻き寝巻き……」  言いながらベージュ色の綿シャツとズボンを取り出す。寸胴でなんの飾りも無いうんとシンプルなもの。  アレスはテーブルの上に、寝巻きとパンツを置いた。ちゃんと男物のパンツだ。 「これでいいだろ」  レリエルはうなずいた。 「分かった。これを着て、寝ればいいんだな。ちょうど着替えたいと感じていたところだ。このシールラと同じ服、華やかで見た目はいいが、足に取り付けるこの紐がくすぐったくて気になるんだ」  レリエルは椅子から立ち上がった。  そして身を屈めスカートをたくし上げると、ガーターベルトを取り外そうとする。 「ちょっと待ったあああああ!」  アレスが椅子を蹴倒して立ち上がりながら叫んだ。レリエルがびっくりして目を見開く。 「な、なんだうるさいな。どうしたんだ」 「ここで脱ぐのか!?あっち、寝室で脱いだらどうだ!?」 「なんで?」  問われてアレスは固まる。 「なんで……だろう……」 「は?」 「うう……」  アレスは髪をかきむしりながら、片手でスカートをたくし上げた状態で不思議そうにこちらを見上げるレリエルをちらりと見る。白いソックスをつけた綺麗な細い足。扇動的なのに清純な印象も与える白いガーターベルトが、みずみずしい太ももを縛る。  これは男の、同性の着替えだ。なのになぜか、見てはならないものを見せられている気持ちになってしまう。なぜこんな、妙な緊張を覚えてしまうのだろう。 (これじゃまるで、俺に(やま)しい気持ちがあるみたいじゃないか、逆に!) 「な、なんでもない、悪かった」  アレスはのろのろと食卓の上の皿などを重ねて、炊事場に持っていく。レリエルはそんなアレスの様子に少し困ったような顔をしてから、 「分かったよ、お前がそう言うなら寝室で着替える」  そう言って寝室に入り、バタンとドアを閉めた。 「え、あ……」  アレスは、なんとも言えない気持ちで寝室のドアを見つめた。  はあ、とため息をつきながら、炊事場で皿を洗った。普段は汚れた皿など三、四日溜め込むが、これからはちゃんとしようと思った。せっかくレリエルがどこもかしこも綺麗に磨き上げてくれたのだから。  飲料水用の蛇口をひねり、木製のコップに水を満たして飲む。帝都は上下水道が完備されていて、飲料水用の水道まであった。あまり美味しくはないが。  カブリア王国の住居にも蛇口はあったが、出てくるのは各家庭の地下から組み上げる井戸水だった。井戸水頼りの田舎国と馬鹿にする向きはあるだろうが、あっちの水の方が美味しかった。  まずい水を一気飲みしたら、ちょっと気持ちが落ち着いた。  とその時。 「あーー!なんだこれっ!」  と言う大声が寝室から聞こえてきた。

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