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第41話 大掃除(6)  お着替え、できない

「どうした!?」  アレスは慌ててコップを置き、寝室に飛び込んだ。 「レリエル何があった!?」  ベッドの上、まだメイド服を着たままのレリエルが、ガーターベルトと格闘していた。ベッドに寝転び、足を広げて投げ出し、さっきよりも大胆であられもない格好で、ベルトを引っ張っている。 「うっ?」 「アレス!このうっとおしい紐の外し方が分からないんだ、お前わかるか?」 「ええええっ。し、知らねえよ俺だって!なんかええと、ホック的な物があるんじゃないのか?」 「ホックとはなんだ?人間の服は原始的すぎてよく分からない、忌々しい!もう引き千切っていいか?これはシールラから借りたものなんだが、怒られるだろうか」 (引き千切る……)  その状態のものを返して、後でシールラに何を言われるのか想像した。あらぬ疑いをかけられたらどうしよう。アレスがレリエルに乱暴を働いたことにされたらどうしよう。 「まま、待て、分かった!外してやる!」 「ほんとか?」  レリエルがホッとした様子で上半身を持ち上げた。 「じゃあ頼む!」  ベッドの端に腰掛け、足をぷらぷらさせてアレスに託す姿勢を取る。 (うう……)  アレスは変な汗をかきながら、レリエルの前に身を屈めた。短すぎるスカートの下、膝より上、太ももまで達する白いソックスの上部が見える。 「失礼します……」  なぜか敬語になりながら、手を伸ばし、ソックス上部に止めてある、ガーターベルトの白い紐をつまむ。シンプルなホックで止められていた。外した。 「へえ、そうやるのか。なんだ簡単だな」  レリエルが感心したような声を出した。  アレスはすくと立ち上がった。 「簡単つったな?よし、あとは全部、自分で出来るな」 「待ってくれ、ソックスの取り方は分かったが、この腹に巻いてるやつもよく分からないんだ!」  レリエルは引き止めるようにベッドから立ち上がり、スカートを思いきり捲し上げた。男には小さすぎるパンツの上、レースのガーターベルトがウェストに巻き付けられている。 「わああああ、お前なんてはしたないことをっ!」 「ハシタナイ?」  両手でスカートの裾を持ち上げ全開帳しているレリエルに、きょとんとされる。 「うぐっ」 (落ち着け俺、何言ってんだ俺、レリエルは男だ、俺たちは男同士だ。これじゃまるで俺がやましいことを考えてるみたいじゃないか!) 「な、なんでもない!分かった腰も外してやる!」  もうどうにでもなれ、と言う気分でアレスは再びレリエルの前にしゃがんだ。レリエルの腰に巻きつく、白いレースのびらびらしたものを触って構造を確かめる。前側にはホックはない。どうやら後ろにあるようだ。  アレスは両手をレリエルの腰の後ろ、お尻のちょうど上あたりに回した。  ガーターベルトを触って確かめる。固いホックの感触があった。やはり後ろホックだ。さっさと取り外さねば、とアレスはかちゃかちゃ動かした。  だがなかなか取れない。緊張で手に汗をかいている。  だってまるで、レリエルの下半身に抱きついているような格好なのだ。  目の前に、小さすぎる下着に包まれたふくらみが見える。ふくらみは……小ぶりだ。こう言っちゃ失礼だが、かなり小ぶりだ。あと明らかに毛が薄い。薄いと言うか生えてないんじゃないかこれは、と思った。アレスがこんな小さいパンツを履いたら絶対にもじゃもじゃがはみ出す。普通にはみ出す。  なのにレリエルは一本もはみ出してない、これは無毛なんじゃないか。天使だからか。天使はナニが小さくて無毛。そう言うことなのか。  その時。ピクリ、とその小さなふくらみが、動いたように見えた。窮屈そうな布を押し上げて、控えめな中身が盛り上がってくる。  アレスはゴクリと唾を飲み込んだ。妄想が脳内で炸裂する。この小さな下着の端から、レリエルの性器が顔をのぞかせたならば。きっととても綺麗な性器なんだろう、どんな色をしているんだろう……。 「……アレス……」 「はっ!」  ためらいがちに名を呼ばれ、アレスは我に返る。慌てて、レリエルの中心部から顔を背けた。 「悪い、取りにくくて!今頑張ってるから」  焦りながら手を動かした。取れろホック、早くしろ。 「そ、そうか。……あの、あんまり見ないでくれないか?なんだか変な気持ちになる……」 「べ、別になんも見てないぞ!?」  嘘である。がっつり見つめてしまっていた。 (……ていうか今、『変な気持ち』って言ったな……。あと今確かにちょっと大きく……)  アレスはちらりとレリエルを見上げ、そして見てしまう。  美しい顔を赤く染め、何かに耐えるように微かに震えるレリエルを。  アレスの下半身に、体中の血が一気に集合した。  先ほどから根性と気合で必死に押さえつけていたものが、ついに物理的に()ち上がる。  ここでやっと、ガーターベルトの腰ホックが外れた。 「取れたあっ!」  アレスはバネのように立ち上がり、殊更に大声を出した。下半身の物理的現実から目をそらすために。大きな声を出したところで、物理的現実は収まる兆しも見せないが。 「あ、ありがとう……」  レリエルはめくっていたスカートから手を離し、赤面した口元を右手の甲で隠す。恥らうその仕草、そして己の物理的現実。  アレスは謎の逆切れをしてしまう。 「もう早く脱げよ!いつまでもその格好してるのが悪い!全部その格好のせいだっ!」  レリエルはびっくりした顔をする。 「はっ!?なんだよ急に怒り出して!」 「お、怒ってるわけじゃない……」  アレスは気まずく小声になる。 「なんだよわけわかんない奴!……優しい奴だと思って損した……」 「えっ、う、わ、悪い。ほんとにその……怒ってなんかないんだ、悪かった」  アレスは自分の大人気なさを猛省し縮こまる。 「……と、とにかく脱げばいいんだろ」  レリエルはアレスの反省顔に毒気を抜かれた様子だが、まだちょっと不機嫌そうな顔で脱ぎ始めた。  ガーターベルトを全て外し、後ろのリボンをしゅるりと引っ張り、エプロンを取った。水色のワンピースドレスの前ボタンを外していく……。 (やばい)  アレスはくるり、と背を向けた。  反省して一瞬だけ縮んだものがまたもあっさり固くなったのだ。  元気すぎる己の分身を心から呪う。  とにかく出て行こうと寝室のドアノブを持ったところでしかし、待てよ、と思った。  むしろレリエルの裸を見た方が「治まる」はずでは、と思いついた。女装のせいで反応してしまったのだから、その下にある男の体を見ればこの妙な熱は急速冷却するに違いない。  冷却してそして自分はホッとできるだろう。全てはメイド服による幻だった、と安心できるだろう。  レリエルの裸を見て「こいつは男だ」と自分に教え込めばいいのだ。そうしたら今後の同居生活もきっと心穏やかに過ごせるだろう。  だいたい、レリエルが昏睡していた時に、下着以外は脱がせて着替えさせた。その時は平気だったのだから。……まああの時はとにかくレリエルの生死が心配で気が気じゃなかったが……。 「なあこの寝巻き、背中に穴を開けていいか?羽通しの穴」  背後からレリエルに問いかけられた。全部脱いだのだろうか?よし、と思って振り向く。  全裸のレリエルが、寝巻き用のシャツを掲げて見ていた。 「……」  答えのないアレスに、レリエルが再び尋ねる。 「やっぱり駄目か?穴、開けたら」 「あ、穴……。お、おう、いい、開けていい……」  上の空で答えながら、アレスは己に衝撃を受ける。体を反転させ、再びドアに向き合った。  がくりとうなだれる。 (全然、治まらねえええええっ!)  レリエルの裸体は一瞬で脳裏に焼き付いてしまった。  すらりとした手足の、華奢だが健康的な肉体。伸びやかな腰のカーブに、中心でくぼむへその愛らしさ。上を向いた小さな尻の白さと、胸の二つの淡い粒の可憐さ。  股間は思ったとおり無毛だった。そして性器はやはり……綺麗だった。とても。ピンク色の小ぶりな突起は卑猥さなど微塵も感じさせない。  そして背中の、透き通る小さな羽。虫のような一枚羽だが翅脈はないので、硝子か水晶のようだ。人類にとって凶悪の象徴であるその羽が、レリエルのものだとなぜか神秘的に思えた。  性を超越した清らかな存在。  ――自分だけがこの清らかな存在を汚したい。  そんな、男の醜い本能を否応なくかき立てられた。 「ふっ、」 「ふ?」 「風呂、浴びてくる!」  冷たいやつを。 「あ、ああ。分かった」  アレスは逃げるように寝室から出て風呂場にかけこむ。とち狂った馬鹿息子に、文字通り冷水を浴びせるために。 (未熟者、未熟者、しっかりしろ俺!それでもカブリアの聖騎士か……!) ※※※

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