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第46話 お城勤務(2) どの真面目

 アレスは諸々の雑念を打ち払うように、他の騎士達と剣の手合わせ訓練に集中した。  アレスの剣の腕前は誰よりも上だが、それをひけらかすようなことはせず、肉体の鍛錬と思っていつも黙々と打ち込んでいる。  第四騎士団に入団当初は、「キュディアス団長自ら引き抜いた、元カブリア王国の聖騎士。死の霧に閉じ込められ生還した唯一の人間」という煌びやかな肩書きへのやっかみから、きつく当たられることも多かった。  だがアレスの生真面目で驕らない性格が幸いし、今ではむしろ、他の騎士達にかわいがられている。  汗だくになるほどの稽古を一通り終えた頃、城内に鐘の音が鳴り響いた。昼食の時間だ。  手ぬぐいで汗を拭いていると、仲間の騎士に話しかけられた。騎士は訓練場の片隅を指さす。 「おいアレス。お前の相方のお嬢ちゃん、ずーっとあの調子だが、あれ何やってんだ?」  訓練場の隅っこ、魔術師ローブ姿のレリエルが立っていた。真剣な顔で、籠に入れられたネズミを見つめている。その(セフィロト)を観察しているのだ。  レリエルはアレスの (セフィロト)攻撃に興味を持っていた。早朝の小会議の場でその原理を説明したら、熱心に耳を傾けた。 「大破魂(メガ・クリファ・セフィラ)っていう技、あれはすごいと思う、正直。……へえ、目で観察することを意識するのか。同じ(セフィロト)攻撃でも、少し違うな。僕達(てんし)のやり方は、目で見るというより頭で感じるんだ」  そしてレリエルは今、懸命に(セフィロト)観察をして人間のやり方での霊眼の開発に励んでいる。破魂(クリファ・セフィラ)は、天使に比べて少なめな人間の霊能力を極限まで効率的に使って最大以上の効果を発揮する技だ。元来、霊能力の優れている天使が習得すれば非常に強くなるだろう、とヒルデは言っていた。  アレスは騎士の質問に答えた。 「天使や死霊傀儡を倒すための重要な修行なんです、俺も散々やりました。ていうかレリエルのことお嬢ちゃんとか言うのやめてくださいよ、男だって知ってるでしょう」  騎士はぺろりと舌なめずりする。 「あれは男でも、変な気起こしそうになるなぁ」 「なっ……」  途端に顔色を変えたアレスに、騎士はにやけ顔で大仰に両手を上げる。 「おっと、怖い怖い。そんな殺しそうな目で睨みつけんなって」  アレスの肩をぽんと叩き、騎士は去っていく。アレスはしかめっ面で腕組みをする。   (なんだよ、もう。からかうなよ。いや待て、冗談のふりをした本気かもしれないぞ)  貞節を重んじるカブリア王国民と違って、トラエスト帝国の帝都キリアの民は男も女も、どうも性に奔放で自由すぎるのだ。  あんな|初心《うぶ》そうなレリエルなど、簡単に帝都の男どもの毒牙にかかってしまうのではないか。 「俺が守ってやらなきゃ……」  そうつぶやいた時。 「誰を守るんだ?」  耳元で囁かれてアレスはびくりとする。顔を引きつらせて、無駄に端正な顔をした男、宮廷魔術師長に振り向いた。 「ヒルデお前はなんでいっつも気配消すんだ!?」  「まさか監視対象の、極めて危険で凶暴な敵性種族を『守る』などと考えてはいないだろうな」  緑の目を冷たく眇められ、アレスはうっと言葉に詰まりながら目をそらし、水筒を手に取り中身をぐびと飲んだ。気づけば訓練場には自分とレリエル、そして今来たらしいヒルデ以外いなくなっていた。皆、昼食を取るため食堂に行ったのだろう。 「な、なんの話だ?ていうかなんの用だよ」 「監視を命じられただろう。あの狭いアパートで、レリエルと一緒に暮らしているそうだな」 「ああ、うん。そうだな」  答えながら水筒からもう一口、水を含む。 「間違いを起こすなよ?」  アレスは口から水を吹き出した。  口を拭いながら訓練場の隅っこに視線を走らせる。大丈夫、レリエルは修行に集中している、この会話に気づいていない。  アレスはキッとヒルデを見返し小声で返す。 「どういう意味だよそれ!?」  ヒルデはアレスの質問を無視し、畳み掛けた。 「起こすなよ?」  アレスはイラっとして答えた。 「起こさねえよ!」 「信用できん」 「なんでだよ!?俺は真面目な男だ!」  レリエルに欲情してしまったのは事実だが、実際に性的な関係を結ぶなど、決してありえない。それは夫婦間のみに許された営みだ。  アレスは貞淑で清廉なカブリア王国民であり、しかも民の模範とならねばならない騎士なのだから。婚外交渉などという恥ずべき行いをするわけがない。  ヒルデはふん、と鼻から息を吐く。 「知っている。だから心配なんだ。真面目、実にあいまいな言葉だ。職務に忠実で己の心をコントロールできる男も真面目だろうし、一人の相手にのめり込む一途な男だって『真面目』と呼ぶだろう。貴様はどの真面目だ?」  アレスは頭をかきむしる。 「ごちゃごちゃうっせえなあ」 「天使なんていずれ裏切るに決まってる。そんな相手にのめり込んで……後で傷つくのはお前だ」 「よ、余計なお世話だ!ヒルデはレリエルがどれだけいいやつか知らないから変な心配を……」 「いいやつ?あの天使は自分が追われる立場だからお前を利用してるだけだろう」 「言い方に棘がある!互いに助け合って協力してるんだ!」 「ふん……」  ヒルデはふいっと顔を背け去って行った。  仏頂面でその背中を見送ったアレスはレリエルの方を見る。まだ真剣にネズミを見つめている。その懸命な様子に、アレスの頬が緩んだ。  駆け寄って声を掛ける。 「もう昼時だ、食堂行こうぜ!」  レリエルは、はっとしてアレスを見上げる。 「もうそんな時間か。まだうまくいかない。つい、頭の中に直接、|魂《セフィロト》の姿を映し出してしまう。視覚で捉えようとすると像がぼやけてしまうんだ」 「あんまり根をつめるなって。レリエルは今でも十分強いじゃないか」 「ダメだ、お前の方がずっと強い」 「なんだ、俺に負けたくないってやつか。案外、負けん気強いんだな」  アレスが面白そうに言うと、レリエルは曖昧な表情を浮かべる。 「そうじゃない。僕はただ、『役立たず』になりたくないんだ」  意外な言葉だった。アレスは微笑み、思わずレリエルの頭を撫でる。 「レリエルは頑張り屋なんだな。でもあんまり肩肘張るなよ。さ、行こうぜ飯」 「あ、ああ……」  レリエルは素直にうなずいた。 ※※※

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