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第48話 キリア大聖堂(1) 鳩
珍獣園での戦闘から一週間、死霊傀儡は現れなかった。その間アレスとレリエルは毎日トラエスト城に登城し、戦闘訓練などした。
レリエルは毎日、朝食と夕食を作るようになった。城からの帰り道には市場に立ち寄り材料を買い揃えるのが日課となった。レリエルは料理が楽しくて仕方ない様子だった。つまりは非常に平和に、一週間が過ぎ去った。
八日目の今日、二人はまだ登城前だ。朝の食事を終え、身支度を整えていた。
「アレス、今日の夕飯は何食べたい!?」
レリエルが宮廷魔術師用ローブに腕を通しながら聞いて来る。浮き浮きした様子はまるで尻尾を振る子犬みたいでとても愛らしい。
と言うか、
(新婚夫婦みたい……だなぁ)
「はは、気が早いな、まだ朝じゃないか」
率直に言ってアレスはこの一週間、毎日デレデレである。
「お前は肉が好きなんだよな、じゃあ今日はギュースジニコミシチューを……。て、いたっ!」
レリエルが急に顔をしかめた。気にするように背中を見る。
「どうした!?」
「うーん、ここ数日、羽が急に痛むことがある」
首を傾げながらレリエルは、宮廷魔術師ローブの紐を結ぶ。ちなみに無地のローブを着ていたらお忍びの王子様疑惑を持たれてしまったので、外でも魔術師用ローブを着ている方が逆に無難だろうということになった。
「なんだそれ、病気か!?」
「別にそんな激痛じゃない。大したことないから気にするな」
「ほんとかぁ?やばそうだったらちゃんと言えよ、ヒルデに診てもらったらなんか分かるかもしれないし」
「大丈夫だって。あいつに診られたら変な実験されそうだし」
「そ、そんなことはないと思うが……。しかしこのところ、静か過ぎて怖いなあ。もう諦めたのか?イヴァルトサマ」
この一週間一度も、死霊傀儡は姿を現していなかった。
「どうだろう……」
「死霊傀儡、あれはカブリア領から帝国まで歩いてくるのか?」
早馬を走らせ三時間くらいの距離なので、歩けないことはないだろう。
「まさか!そんなまだるっこしいことはしない。転送魔法を使うんだ」
「転送魔法!人間がずっと昔から研究してるけどまだ完成できてない魔術だ。|光速移動《フォトン・スライド》といい、天使は移動系魔術が発達してんだな。っていうか、なんで珍獣園に転送してきたんだ!?何か意味あるのか?」
「とりあえず人の多そうな場所に転送して、死霊傀儡自身に僕達を捜させているんだろう。たぶん次も、人の多いところに送ってくるはずだ」
「迷惑な話だなぁ」
その時、窓の木枠をコツコツと叩くものがあった。
レリエルが音のする方を振り向いて、叫んだ。
「うわあっ!バケモ……」
「鳩な」
窓には白い鳩がとまっていた。一見、ただの白鳩。
だが口を開くと、そこから発せられたのは、ただの鳴き声ではなかった。
「帝都南地区キリア大聖堂ニ、死霊傀儡出現!討伐セヨ!」
鳩の奇妙な潰れ声にレリエルがびくりと身を引いた。その声はオウムやインコの人まねの声とよく似ている。
「しゃ、しゃべっ!?」
「来たか!噂をしたら、だな!」
アレスは舌打ちしながら、締めかけだった騎士服の腰ベルトをぎゅっと絞った。おののいているレリエルを見やり、説明する。
「ああ、こいつは使い魔の|伝声鳩《でんせいばと》だ。伝書鳩は手紙を運ぶだけだが、こいつらは自分でしゃべるんだ。キリア大聖堂か……。馬を走らてどのくらいで着けるか。ごちゃごちゃした街中だと速度上昇魔具をつけた馬でも、なかなか急行ができないんだよな」
鳩は羽をバタつかせて再び声を上げた。
「ハト、速イ!ハトニ、乗レ!」
「お前に乗る!?いや無理だろ、どうやって!」
「合言葉、言エ!かぶりあ王ノ、誕生日!」
「えっ。二月八日」
突然のクイズに、うろたえながらも即答するアレス。老カブリア王の誕生日は毎年、国を挙げて生誕祭をするので、カブリア王国民なら誰でも知っているのだ。
「正解!」
アレスとレリエルの目の前で、白鳩がむくむくと大きくなった。
えっ、と驚いている間に、部屋の中に巨大な白鳩が出現していた。
レリエルが叫ぶ。
「バケモノ!!」
「ど、同感です……」
狭い居間が鳩の巨体に占拠されてしまった。天井に頭が当たって、鳩は変な感じに首をひねっている。
巨大鳩が不平を言う。
「ココ、狭イ!頭、イタイ!バカ!オンボロあぱーと!バカ!バカボロあぱーと!」
「バカバカ言うな!なんなんだこいつは!ヒルデが伝声鳩を魔改造したんだな!?てか乗れったって、そんな図体でどうやってこの部屋から出るんだよ?窓もドアも通れないだろ!」
巨大鳩は目を怒らせながら、ブルブル羽を震わせた。振動で地震のように部屋が揺れる。
「壁、ブッ壊ス!!」
「一旦元に戻れーー!!普通サイズに戻って外に出て、外に出てからデカくなれーーーーー!!」
巨大鳩のブルブルが、ピタリと止まった。
「ナルホド……」
「いやお前こそバカだろ!?」
巨大鳩はちょっとムッとしたような声で、
「合言葉、言エ!」
「二月八日!!」
さっきとは反対に、巨大鳩がみるみる小さく縮んでいく。
普通サイズに戻った白鳩を、アレスはすかさず両手でぐっと掴んだ。
「ワー何スル!離セ|小童《こわっぱ》!」
「誰がこわっぱだ!お前みたいな危険生物は捕獲だ!外出るぞ、行くぜレリエル!」
「そ、外はいいが、まさかそのバケモノに乗ってくのか……?」
「いいから急ぐぜ!」
鳩を鷲掴みにしたまま、玄関から外に飛び出していくアレス。
レリエルはがくりと肩を落としてつぶやいた。
「じ、自分で飛びたい……」
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