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第49話 キリア大聖堂(2) 円の神殿

 帝都の南地区にあるキリア大聖堂の敷地内の一角。  巨大な神像と高い石柱が交互に丸く並んだ円形の敷地の中心部に、丸い野外舞台がある。「円の神殿」と呼ばれる施設だ。  この円の神殿の舞台上に、一匹の死霊傀儡がいた。  背中を丸め、足を床に投げ出し、座っていた。  だいぶ、デブだった。というか相当、デカかった。  物質化した影のごとき形態は、かつて現れた四体の死霊傀儡と同じだが、大きさが全然違った。  今までのは約二メートル、大きい人間程度のサイズだったのに、こいつはその三倍以上の高さと太さを持つ巨大死霊傀儡だった。  ただこの大きな死霊傀儡は、微動だにしなかった。赤い目も光っていなかった。  そのずんぐりした闇色の体は、今、真っ黒い山のように沈黙していた。  さて「円の神殿」は現在、一見、無人のように見える。  だが実は二人、敷地を丸く取り囲む神像と石柱のあたりに隠れていた。  一人は背中を神像に預け、一人はその隣の石柱に背中を預けている。  二人とも、帝国の三ツ星紋章入りのローブ姿。つまり宮廷魔術師だ。片方は黒の(ひら)宮廷魔術師ローブ姿で、片方は赤褐色の宮廷魔術師長専用ローブを着ている。 「ヒルデ様、ここ・これから、どど・どうしましょうっ」  神像に背中を預けている、黒ローブの青年が、情けない声を出した。  青年の名前はミーク。健康的な肉体と明るい茶色の髪と瞳を持つ、ハンサムな顔立ちの十八歳だ。  だが内面から醸し出す愛嬌が、ハンサムさをだいぶ、かなり、台無しにしていた。  問われたヒルデは石柱の端から中央舞台上の死霊傀儡を伺いながら淡々とした口調で答える。 「アレスたちの到着を待つ」 「そそ・それしかできない感じですか!?」 「できない感じだ」  ヒルデの二つの瞳の上に、セフィロトの樹の図形が浮かんでいた。  ヒルデの霊眼は、巨大な死霊傀儡の傀儡魂(ギミック・セフィラ)を見ていた。傀儡魂(ギミック・セフィラ)は生命体の魂構成子(セフィラ)に似ているが、色が違う。その十の光の玉は、生命体のように白色ではなく、赤かった。  ヒルデは過去に遭遇した死霊傀儡は全て霊眼にて観察していたが、それらと比べたこの巨大死霊傀儡の傀儡魂(ギミック・セフィラ)の異常さに、顔をしかめていた。    赤い光の玉に、微小な黒い粒が大量に付着しているのが見て取れた。  他の死霊傀儡にはなかったものだ。 (あの粒子はなんだ)    魂の一部ではないようだった。あの黒い粒子はむしろ肉体に近い。  肉体の中に霊体があり、霊体の中に(セフィロト)があるのだが、魂に、特殊な肉体の衣を装備させている状態のようだ。  見た目の大きさよりこの特殊な傀儡魂(ギミック・セフィラ)が問題だ。これはアレスも難儀しそうだ、と、ヒルデは思う。  まして自分など。  ヒルデは神聖魔法を使って死霊傀儡の肉体を傷つけることはできる。  だが傀儡魂(ギミック・セフィラ)には、かすり傷すら与えることはできないだろう。  つまり、時間稼ぎはできても始末することはできない。  己の無力さに歯噛みしながら、まだ来ぬアレスに向かってヒルデはつぶやく。 「早くしろ馬鹿者……!」 ※※※  今日は豊穣の女神、デメティスに感謝の祈りを捧げる日だった。キリア大聖堂では、早朝から祭礼が行われていた。  年に数回ある大規模な祭礼の一つで、普段よりずっと多くの信徒たちが集まっていた。  円の神殿の中央舞台で、女神デメティスが原初の人類に最初の種を与える神話が、演者たちによって再現される。  それはただの演劇ではなく、日の出とともに始まる壮麗な神儀だ。荘厳に響く男女の歌声と、優雅な舞を組み合わせた見事な神儀。なのだが……。    この神話劇の最中、死霊傀儡が出現した。  しかも舞台上に。  多くの聴衆が、舞台の床に緑に光る円が現れたのを目撃している。  そしてその円の下から、死霊傀儡がよじ登ってくるのを。巨大な死霊傀儡は、緑色の穴の中から這い上がるようにして現れたという。    人々は逃げ惑った。  死霊傀儡に向かって行こうとした、神殿駐在騎士隊の若者は、隊長に制止された。隊長の首に下げられた、細長い三角形の水晶が青く明滅していた。 「だめだこいつは我々の手に負えない、絶対に手を出すなと指示を受けている!急いで城に救援を要請するんだ!」  こうして大聖堂から報告を受け、ヒルデとミーク、二人の宮廷魔術師が現場に急行したのだ。  駐在騎士隊の報告によると、この死霊傀儡は出没以降一切動いていない、とのことだった。  光る穴の中からよじ登るようにして舞台上に出現したと思ったら、その大きな尻をどしんと落とし、床に座ったのだという。  座ると、目の二つの赤い光が明滅しながら消えてしまった。  そしてそれきり、微動だにせず座っている。 ※※※

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