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第50話 キリア大聖堂(3) 巨大死霊傀儡
神像の端から死霊傀儡を見やりながら、ミークがヒルデに聞いた。
「一体、どうなってんでしょうか、この熊みたいな死霊傀儡は。今までの死霊傀儡はもっと元気でイキがいい感じだったんですよね!?」
「おそらく新作の使い魔なんだろう」
「新作!?ですか?」
「新作には失敗がつきものだ」
「じゃ、じゃあただの木偶の坊、木彫りの熊さんかもしれない感じですか!?このまんま動かない、とか」
「最善のパターンならな。でも単に稼働に時間がかかっているだけ、とも考えられ……」
死霊傀儡の目が、赤く明滅し始めた。
ピクッ、ピクッ、とその体が震える。
赤い目はしばらく明滅を繰り返したのち、ピカーンと強い光を放った。
死霊傀儡は首を左右前後に動かした。
輝く赤い目で、周囲をキョロキョロ観察している。
ヒルデは舌打ちする。
「起きたか……」
ミークが両手で口を押さえた。
「ひえええええっ。稼働に時間がかかってただけパターン……!」
赤い目線がヒルデとミークのいるあたりでピタリと止まった。
「気づかれた。……というか考えてみれば、あいつから隠れる必要はなかったな」
そう言うや、ヒルデは柱の陰から進み出ると、その姿を死霊傀儡の前に堂々と晒した。そのままつかつかと円形舞台に近づく。
「ちょっ!ヒルデ様何やってっ!」
死霊傀儡が立ち上がって、ヒルデを見つめた。足元までやってきたヒルデに、その身をかがめる。大きな頭をかしげて、しげしげと確認すると、
「アレす……レリえる……違ウ……」
死霊傀儡はヒルデへの興味を喪失し、頭をあげた。
たくさんの柱と神像を見回した。
「ドコ……隠レテる……?コレ……邪魔!!」
そして数歩で列柱に歩み寄ると、いきなり腕を振るった。
立ち並ぶ石柱や神像の数本が、一瞬で粉々に砕け散った。
「うわあああっ!」
ミークの隠れていた神像も粉砕された。
目の前の神像が弾け、大量の石飛礫が拡散し、ミークは頭を抱えた。
ミークは粉砕された柱や像のかけらを至近距離で浴びて血まみれに……。
「あれ?俺生きてる!?」
……なってなかった。
そっと顔を上げる。ミークは、物質を弾く透明な球の中にいた。
いつの間にか周りに、球状の防御魔法が施されていたのだ。
「あ、ありがとうございますヒルデ様!」
ヒルデが咄嗟に放ち、ミークの周囲に展開した、防御球だった。
同時にヒルデ自身も、防御球の中に入っていた。
死霊傀儡は暴れまわった。
「ドこだアー!ドコ隠レテる、レリえルううー!アレすううう!出テこオオオオい」
円の神殿の柱、神像、舞台がどんどん破壊され、その欠片 が豪雨のように降り注いでいた。
防御球がなかったら、間違いなく欠片に直撃して死んでいただろう。
ヒルデは顔を歪めた。
「罰当たりなことを!なんという破壊力と頭の悪さなんだこの新作は!まずいな、悠長にアレスを待っていられない。こいつに殺意はなくともこの大きさと力では、『事故』で大量犠牲者が出る!」
ミークがガクガク震えながらヒルデに問いかける。
「どどど、どうしましょう!?」
ヒルデの瞳に、覚悟の色が宿る。
「この場に引き止める」
「どうやって!?」
「こちらから手を出せば、死霊傀儡は殺意を抱き攻撃してくる」
「えっとつまり……。あれと、戦っちゃう感じですかーーーー!?」
「そういう感じだ!」
ヒルデは両手を合わせ、目を瞑ると詠唱を始めた。
「第二の死を乞い求める地獄の亡者よ、汝の望みは我が叶えん!霊界よ彷徨える死者に今一度死を与えたもう!」
詠唱中、ヒルデの周囲に白い陽炎のようなものが立ち上った。
陽炎の中から三日月のような形をした白い光が、ヒルデの周囲に数多出現した。
ヒルデが目を見開く。
「切り刻め、——聖なる刃 !」
術名と共に、三日月は死霊傀儡を目がけて飛びすさっていった。
三日月は死霊傀儡の太い両脚を集中的に狙った。
大木のような二本の脚に、数多の聖なる刃が斬りかかる。
「グんガあ!?」
突然の痛みに、死霊傀儡が変な声を出した。神殿破壊活動を止めて、痛む下半身を見下ろす。
もう、両脚はなくなっていた。
目視できないほどの速さで、ヒルデの放った聖なる刃は、死霊傀儡の両脚をミンチのように切り刻んでしまっていた。
「さ、さすがヒルデ様の詠唱付き魔法っ!」
同じ魔法でも詠唱付きだと威力が大幅に増幅されるのだ。
どさりと顔から転倒する死霊傀儡。
すかさずヒルデは第二弾を放つ。
「聖なる刃 !」
今度は右腕をめがけて、三日月の刃が飛んで行った。
だが詠唱なしなので先ほどよりは威力が劣り、右腕の長さが四分の三程度になっただけだった。
「グんガガガガあーーーー!」
両足を失った死霊傀儡は伏せた顔を持ちあげ、ヒルデを見た。
赤い目が殺意を宿し、その光をいや増す。
腹ばいの体を腕のみ使い、死霊傀儡は這ってヒルデに近づいた。
そしてうつ伏せのまま、無傷の左腕をヒルデに向かって振るった。
巨大な拳がヒルデを守る防御球をぶん殴った。
防護球にひびが入り、ヒルデが顔を歪めた。
「くっ……!」
再度、死霊傀儡は防御球を叩いた。今度は平手で。
バリン、と防御球が砕け散った。
「二発で割るか、このバカ力がっ!」
防御球なしの生身の体に、死霊傀儡の三発目が振るわれる。
後ろに飛びすさりながら、間髪入れずに展開したヒルデの新しい防御球が、すんでのところで三発目を防いだ。
だが、新しい防御球にもひびが入る。
「あわわわわわわわ」
ミークは列柱のあった場所から一歩も動けず、震えながら事態を見つめていた。恐怖で虚脱状態に陥っているようだ。
ヒルデは死霊傀儡から距離を取るべく走り出した。
なんとか長い腕のリーチから抜け出たが、ミンチ状にした両脚の肉片がもう蠢いている。
足が復活して動きを取り戻したら、あのリーチから逃げ惑うことは不可能だろう。
もう一度詠唱付きを、とも思うが、逃げ惑いながらは発動出来ない。
「万事休すかっ……」
その時ようやく、待ちかねた声が頭上から響いた。
「クルックー!ヒルデ様、只今戻リマシターーーー!」
「うわわ、ヒルデ、戦ってんのか!?なんだそのでっかいの!」
巨大鳩の背中にしがみついたアレスが、見下ろしながら叫ぶ。
ヒルデが歯ぎしりした。
「のん気な声を出しおって!早くこいつを始末しろっ!!」
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