99 / 140
第99話 監獄(4) vsラファエル・ガブリエル
「誰だお前らは、他の天使と違うな。ミカエルと似た雰囲気 ……」
「さ、三大天使のラファエル様とガブリエル様だ!」
ラファエルは二人を指差しした。
「お前たち霊体化防御 してるね。俺、それあんま好きじゃないんだ。なんでか分かる?生身の肉体 が、好・き・だ・か・ら♪てことでさぁ……ひん剥いて、いい?」
「なに……」
ラファエルはシュッと人差し指を斜め上に払いながら、術名を唱える。
「――呼肉の風咒 」
小さな竜巻のようなものがアレスとレリエルの周囲に発生した。
「なっ」
アレスの知らない魔法だった。狼狽えるが、痛みは感じない。
竜巻が消えると、アレスは自分の知覚が普通に戻っていることに気が付いた。
煙を吸ってゲホゲホと咳き込む。
霊体化が、解除されていた。
「ほうら、そっちの方がずうっと素敵だよぉ!いっぱい傷つけたくなるううーーーーー!!」
ラファエルは手にした鞭をぶるんと振るった。緑色で沢山の棘の生えたそれは、イバラの蔓のようだった。だが硬質な光沢があり、ある種の金属製であることを窺わせる。
体を横に捻ってかわしたアレスの頬に、一文字の傷が描かれ血が滴った。
剣を抜き、間髪入れず繰り出された次の鞭を弾いたが、表情は緊張に強張る。煙に巻かれている状態なので、鞭の軌道が見にくかった。
「アレス!」
レリエルが叫んでラファエルに魂 攻撃を打とうとした。
しかし突き出したレリエルの右腕に、水刃が飛んできた。いくつもの水の筋が、刃と化して皮膚をぱっくりと裂く。大量の血が流れ出した。
「つあっ……!」
「神を裏切った罪深き背信者、レリエルさんのお相手は私がして差し上げます」
そう言って冷たく笑うガブリエルを、レリエルはぐっと睨みつけた。
「レリエル大丈夫か!?」
「あれー?余所見してる場合かなー?」
ラファエルはアレスにブンと鞭を振るってくる。
「くっ……」
アレスは煙の中、トリッキーで把握しずらい鞭の軌道をなんとか捉えて弾き返した。
一方、レリエルは流血する自らの右腕に左手をかざし、
「――治癒の咒 」
術名と共に傷口がオレンジ色の光に照らされた。みるみるうちに傷が塞がっていく。ガブリエルがふっと笑った。
「へえ、なかなか優秀な回復咒法 ですね」
「……神域外で使えなかった咒法も、ここでなら使える……」
咒法 とは、天使の使う魔法のことである。
神気 のない「汚い空間」である神域外では、レリエルの力は大きく制限されていた。だが神気 に満ちた空間に戻ったことで、本来の力が完全復活していた。
ガブリエルの放つ水刃がレリエルに向かってビュンビュンと飛ぶ。レリエルは持ち前の身軽さで水刃をかわすが、やはり煙が邪魔なようで、かなり危なっかしかった。
ラファエルの鞭を剣で辛うじていなしながら、アレスはやっと思いついた術名を叫んだ。
「恵の天水 !」
頭上に雨雲が立ち込め、地面に叩きつけるような大雨を降らした。
視界を邪魔する煙が、消失する。
視界がクリアになった。
ただしその場にいる者全員、ずぶ濡れになってしまったが。
ガブリエルは
「クシュン!……寒いです」
ラファエルは
「やだ何すんだよ人間、濡れ透け狙いー?エッロ!」
「まさか農業用の魔法を使うことになるとはなっ!」
言いながらアレスは、宙をしなる鞭を見事にくぐり抜け、ラファエルの懐に入った。
そのびしょ濡れの体に剣を切りつける。
が、ラファエルの左手に握られた剣で受け止められた。
アレスは舌打ちする。
「二刀流か、用意がいいな!」
アレスはギリギリと剣を押し付ける。ラファエルは左手でそれを押し返しながら、にいと目を細める。
「ふふっ、アレスちゃんだっけ?間近で見るといい男だねえ~。水も滴る、爽やか坊や♪俺の好みじゃないけどっ」
アレスの力がラファエルを凌駕し押していく。崩せる、と思った時。
ラファエルが鞭を持つ右手をくいと動かした。イバラの蔓のごとき鞭が、シュルシュルとアレスの体に巻きついてきた。
アレスはクソっと悪態をつくと、鍔迫り合いを止めて跳ね、巻きつこうとする鞭を剣で振り払った。
後方に跳ねて間合いを取って睨みつける。
その時だった。
空中から声が降ってきた。
「ら、ラファエル、ガブリエル、てめえら……!」
ミカエルの声である。声が怒りに震えている。
「何やってんだてめえら!俺様の獲物奪って楽しんでんじゃねえええええ!舎弟は舎弟らしくすっこんでろッ!」
「やだミカちゃんいたのー?って舎弟じゃないし!」
ラファエルは間合いを離れたアレスに再び鞭を振るった。アレスはそれを剣で弾きながら、左手を突き出し、念を放つ。
「大破魂 !」
透明な球体が空間を歪ませながら直進し、ラファエルの魂を射る。ラファエルは片眉をあげた。
「いって!人間のくせに魂 攻撃とか生意気!まあ、魂構成子 一個も割れてないけどねっ」
ガブリエルは首を傾げ、
「しゃてい……。って、なんですか?それにしても、ちょこまかと鬱陶しい出来損ないですね」
ガブリエルの周囲に、夥しい数の氷の礫 が浮遊した。
と思うや、とても避けきれない数の氷の礫が、レリエル目掛けて発射された。
レリエルは大地に向かって両手を伸ばし術名を唱えた。
「土壁の咒 !」
レリエルの前に地面から土の壁が出現し、氷の礫を受け止めた。
四人の戦いを、空中停止飛行中のミカエルが、怒りにわななきながら見下ろしていた。
ミカエルは、癇癪を起こした。
「無視……してんじゃ……ねええええええええ!」
ミカエルは両手を掲げ、手の中に火の球を作ると、地面に向かって放り投げた。
先ほど、監獄を粉々にしたのと同レベルの超大爆発魔法だった。
アレスもレリエルもラファエルもガブリエルも、地面に出現した半円状の光と衝撃波に晒された。
また、もくもくと煙が上がる。
場は、突然の静寂となった。
やがて煙の中から、四つの声が聞こえてくる。
「ミカちゃんひっどーーーーい!俺たちまで巻き込まないでよー!」
「ミカエルさん、信じられません!」
「さ、さんきゅーレリエル、また霊体化してくれて」
「間に合ってよかった……」
ともだちにシェアしよう!