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第98話 監獄(3) 包囲

 アレスはレリエルと共に、監獄の暗い廊下を走り抜けた。  窓はなく、ほのかに光る鉱石灯だけが廊下の光源となっている。そこかしこで看守天使が倒れていた。 「これ、全部アレスが一人でやったのか!?」 「ああ」 「すごいな……」  と、突然、爆発音が響き渡った。廊下は大地震のようにぐらぐらと揺れた。 「なんだなんだ!?」  すると頭上、おそらくはこの監獄の外側から、魔具の拡声器を利用しているような大音量が聞こえてきた。 『おっせえーーー!いつまでチチクリあってんだよ、早く出て来いやアレスとレリエルーーーー!』 「ミ、ミカエル様の声!?」 『俺ずーっと待ってんだよ、お前らが出てくんの!でびっくりさせてやろうと思ってたのに、マジでおっせえーーーー!めんどくせえから監獄ごとぶっ壊すことにしたわ、普通に死ねええええ!!!』  そしてまた爆発音と振動。  アレスは揺れる床の上で必死に踏ん張りながら、 「も、もしかしてあいつ、上空から爆発系魔法をぶっ放してんのか!?」  次の瞬間、頭上の天井が爆風と熱風と共に、木っ端微塵に砕け散った。天井にぽっかりと穴が空き、眩しいほどの自然光に晒される。  咄嗟に防御球を展開しようとしたアレスは、しかし、自分の体の変化に気づき、言葉を失った。  体をあらゆる物質が通り抜けていく、という不思議な感覚。  乱れ撃ちされる爆発魔法によって破壊された瓦礫が、四方を飛び散っていたが、全てアレスを素通りしていく。  見ればレリエルが両手で三角の印を結び、霊体化防御(エクトプラズマイド)をかけていた。 「お、俺のことも霊体化してくれたのか!そんなことできんのか、俺人間だけど!?」 「……やってみたら、出来た。そういえば今まで、人間に試したことはなかった」 「ありがたい!」  霊体化状態は、全く奇妙な感覚だった。外部の物に触れることは一切できない。でも自分で自分の体を触ることはできた。右の手と左の手を握れば、しっかりと握った感触がある。  自分だけが実在で、他の全てが夢幻。まるで夢の世界にでも迷い込んだような、現実感のない知覚だった。  肉体がないというのはこういうことか、と思った。    アレスは頭上の穴から空を見上げた。  やはり、ミカエルが空中にいた。左手にラッパのような拡声魔具を持ち、右手でばんばん爆発を撃ち込みまくっている。 『オラオラあ!どこだどこだあー?もうミンチになっちまったかあーーーー?こんな普通に死んでだっせえなああーーーー?』 「ミカエルは強いんだよな?面倒な戦いで命を落としたくはない。なんとか逃げ出したいがデポのスピードじゃ逃げ切れなさそうだ……」 「そういえばアレ、どこにいるんだ?」 「リュックん中」  言ってアレスはちらりとリュックの蓋を開けてみせた。  中で気持ちよさそうに寝ている白鳩がいた。  「身につけているものは自己同一化される」の法則により、リュックやその中身もちゃんと霊体化されていた。 「い、いいよ見せなくてもっ!」  頭上からミカエルの拡声された声が響く。 『あーめんどくせえ、でかいのぶっ放すぞーーーーー!』  次の瞬間、監獄全体を覆う、目を焼くすような巨大な半円状の閃光が出現した。  かろうじて残されていた監獄の構造が、一瞬で粉々になった。  火山の噴煙のごとき煙がもくもくと立ち上る。アレスはそのあまりの威力にゾッとした。  霊体化されていなければ、間違いなく死んでいた。 『うわあ、煙が邪魔だぞなんも見えねえじゃねえかボケがッ!なんだこの煙チクショーーー!』  ミカエルが自分の巻き起こした煙に理不尽な文句をつけている。 「あ、あいつがアホで助かった、とりあえず逃げるぞ!」  二人は煙と飛散する瓦礫の中を駆け抜けた。  全力で走っていたアレスは、だが途中で急停止した。 「待てレリエル!」  煙の向こう側、気配を察したのだ。 「どうした?」 「この煙の向こう側……誰かいる」  煙を透かして目を凝らす。 「天使が……二人?」  ふふっ、という鼻先で笑う声が煙の中から聞こえた。 「あれ、気づいたあ?」  煙に隠されていた人物の姿が、風向きによって所々露わになる。  一人は背が高く、緑髪に緑の羽の美青年。もう一人は、背が低く人形の様な顔をした、青髪に青羽の美少年。二人とも黒い制帽と制服を身につけている。  アレスたちの前に、二人の大天使が立っていた。

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