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第97話 監獄(2) 再会

 レリエルは自分の目が信じられなかった。 「アレス!?」  トカゲみたいな顔の看守が、レリエルの体を引き寄せた。腕の中にレリエルを拘束しつつ、裾から飛び出してきたナイフを、レリエルの首につきつける。 「人間、貴様は正面で戦っているはずだが?」 「あの拡声音(アナウンス)は情報が古いんだよ!汚ねえ手でレリエルに触んじゃねえ!」  言って、アレスは手を突き出した。 「このナイフが見えないか?下手な真似をしたらレリエルの首を掻っ切ってやろう」  アレスは鼻で笑った。 「やってみろよ、できるもんなら」  チリッという小さな音を立てて、糸のような稲妻が発せられた。 「……?」  トカゲ男はナイフを動かそうとして、動けないことに気付く。  気づけば身体中が痺れて麻痺していた。 「ううっ!?」  その右手からポロリとナイフが落ちる。レリエルを拘束していた腕がふるふると震える。 「逃げろレリエル!」  レリエルは、はっとして身を屈めた。トカゲ男の腕の中から難なく抜け出せた。レリエルは端によって、背中を壁にへばり付けた。  アレスはその様子を見てほっとした顔をする。 「じゃあ、な!」  アレスは(セフィロト)攻撃を打ち込み、トカゲ男はあっという間に事切れた。  アレスは独房内に入ると、トカゲ男のズボンについてる鍵の束を取った。 「ちっ、いっぱいあるな。どれだ?」  アレスは、戸惑った表情で壁に背をもたれているレリエルの足元に屈んだ。そして足錠の鍵穴に、片端から束の鍵を差し込んで行く。 「この鍵か?くそ違う。これか?これもダメか……」 「アレス……僕……」  勝手に出て行ったレリエルをなじりもせず問い質しもしないアレスに、レリエルは困惑していた。 (怒らないの?なんで助けてくれるの?)  そうか、とレリエルは思った。きっと誤解をしているのだ。レリエルが無理矢理、拉致されて神域に連れてこられたと思っているのだろう。  レリエルは自ら裁きを望んでここにいるのに。 「これだっ!!」  カチリ、と音がして、レリエルの足錠が外れた。 「よし、多分手の方も同じ鍵だ!」  アレスはレリエルの手を取り、手錠も外した。レリエルは完全に鎖から解放された。  手錠を放って、アレスはうんと頷く。 「さあ逃げるぞ」  レリエルは、言わねばならないと思った。 「お、お前は勘違いしてる!」 「勘違い?」  優しいアレスの顔を見て、心が裂かれそうなほど痛んだ。いっそ嘘をついてしまいたかった。でも言わねばならない。本当の事を。 「ぼ、僕は、天使に連れて来られたわけじゃない!自分で、自分の意思でここに来たんだ!僕はお前を裏切って、ここにいるんだ!」  言い切ってレリエルはうつむく。呼吸が苦い。息が詰まりそうなほど辛い。  アレスはレリエルの頭を撫でた。   「怖かったな、もう大丈夫だ。待たせて悪かった」 「えっ……」  そんな言葉が返ってくるなんて想像もしていない。  とても優しい声音だった。まるで鼓膜に優しくキスするような。  レリエルは首を振りながら見上げる。胸がきりきりと痛む。 「ち、違うんだってば!これは僕が望んだことなんだよ!僕が裁かれたいって思って!僕は大罪を犯したから、だから裁かれる為に自分でここに……!」 「大罪を……?」  アレスは理解できない顔をしていたが、しばらくして、はっと何かに思い至った顔をした。 「ま、まさか、俺に情報提供したから、天界開闢のことを教えたから……?」  レリエルは頷く。 「僕は神様を裏切ってしまった。その罪を償うために来たんだ。なのに全然駄目だ、アレスの顔を見たらこんなに安心して、嬉しくて……っ」  アレスは拳を握り締めた。 「そんなことで!情報を望んだのは俺だろ、お前は何も!」  レリエルはぶんぶんと首を横に振った。 「僕の罪だ!天界開闢のことを知ったら、お前が神様を殺すだろうって分かってた!分かってたのに教えた!分かってたのに……」  レリエルの目から涙が溢れ出す。肩を震わせながら途切れ途切れの言葉を繋げる。 「アレスの役に……立ちたいって……思ってしまっ……。人間を……みんなを……助けたい、って、思ってしまった……!」 「レリエル……」  アレスは衝撃を受けた様子で固まっている。レリエルは叫ぶ。 「僕はあの時、神様を殺したんだ!だから裁かれないといけないんだ!」  アレスはいきなりレリエルを抱きしめた。 「処刑されるつもりで俺に情報を教えたっていうのか!?駄目だ、レリエルは何も背負うことは無い!全部俺が背負うものだ!分かった、神様は殺さない、約束するから!」  折れそうなほど強く抱きしめられて、レリエルの心臓が早鐘を打つ。 「殺さない……?」 「ああ!だから頼む、一緒に生きてくれ。俺のそばにいてくれ、お前のこと愛してるんだ!」 (アレス、アレス、アレス)  レリエルを包み込むそのぬくもり。その匂い。頬で感じるその鼓動。  レリエルは一瞬で至福に飲み込まれる。その至福はどんな鎖よりも強くレリエルを縛り上げた。  ――この人と離れたくない。  極めてシンプルでしかし強烈な感情が、根底から湧き上がってくる。その強烈な情念はその他の想念を洪水のように押し流した。   レリエルは喘ぐように息をしながら口を開く。  唇から言葉がこぼれた。  その言葉は意図せず、気づいたら、ただこぼれ落ちていた。   「好き……。アレスが、好き、だ……」  器いっぱいに張り詰めた水面が、ついに崩れてあふれ出すように。レリエルは初めて、愛を伝える。  アレスが息を飲む気配がした。  アレスが両手でレリエルの両耳を包み、覗き込むように見つめてくる。  レリエルは微かに震えながら、見つめ返すことしかできない。  アレスは泣き笑いのような表情を浮かべた。 「俺もだ……」 「本当は、死ぬまでずっと、アレスを愛して……、アレスのそばに、いたい……」  伝えられないと思っていた想い。あの時、本当は言いたかった言葉。  アレスはぐっと眉を下げた。涙をこらえるように言う。 「プロポーズの答え、だな?」  レリエルはぐずぐずに泣き崩れながらうなずく。 「どうしよう、どうしよう……!離れたくない、アレスと一緒に生きたい、アレスが好きだ、どうしよう……!」 「じゃあ、一緒に生きよう」  アレスは潤む瞳を閉じると、顔を傾ける。レリエルの心臓が早鐘を打つ。レリエルもぎゅっと瞳を閉じた。  二人の唇がひとつになる。口内を優しく濡らされ、舌で舌を愛撫される。  口づけはレリエルにはっきりと伝えてくる。  アレスの愛を。  アレスは唇を離すと煌く光をたたえる瞳でレリエルを真っ直ぐ見つめて言った。 「行こう、一緒に」  レリエルは涙に濡れながら首を縦に振る。  もう抗えるわけもなく。アレスのとても幸せそうな顔が、ただ眩しかった。 ※※※

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