101 / 140
第101話 監獄(6) ルシフェル
ラファエルが顔を両手で挟んで口をおの字にした。
「ミカちゃんのバカああああああ!何言ってんの何言っちゃってんのクレイジーなの!?すみませんルシフェル様、こいつ頭おかしいんですご存知だと思いますけどっ!!」
「どけよ、邪魔すんな。てめえごとやってやってもいいんだぜ?」
「聞いてるミカちゃん!?」
ミカエルの暴言にも動じず、ルシフェルは毅然とした態度で言う。
「この者たちは私に預けてもらおう。そなた達は城に戻れ」
ガブリエルが眉根を寄せた。
「ルシフェル様……?」
ミカエルが目を剥いた。
「は!?何言ってやがる、俺の獲物だ!」
「下がれ、と言っているのだ。これは熾天使の命令だ」
ルシフェルの口調が厳しさを増す。比例するようにミカエルもヒートアップした。
「納得できねえ!天界開闢の成就まで、一切の政 は俺たち大天使に一任されてる!てめえら熾天使は宮殿で神のお世話してりゃいいんだよ!」
「ミカちゃんちょっとーー!」
「天使の原則を忘れたか?いついかなる時も、熾天使の命令は絶対だ」
「じゃあせめて理由言えや!なんで止めるんだよ!」
「誰が質問を許可した?何度も言わせるな、今すぐ立ち去れ!」
有無を言わせぬ威厳でもって、圧するように言い放つルシフェル。
「クソジジイが……!」
輝く黄金髪のルシフェルと、獅子の如き赤髪のミカエルは、火花を散らす勢いで睨み合った。
ラファエルが鎮火にかかる。
「かしこまりましたルシフェル様!今すぐ退散いたします!」
言ってラファエルはミカエルのそばに駆け寄って、その腕に自分の腕を絡めた。甘えるように耳に唇を寄せ、可愛い声音で言う。
「ほうら、行こうよミカちゃん♪」
ミカエルはなおもルシフェルを睨みつけていたが、やがて、
「くそったれ!」
吐き捨てると、アレスとレリエルに一瞥をくれ、ラファエルの腕を振り払った。そしてブンと羽を広げ、飛び立っていく。
振り払われたラファエルが頬を膨らませる。
「ちょっと、冷たーい!俺、泣いちゃうよー!」
と上空に叫んだが、その後でふうとため息をついて冷や汗を拭った。ガブリエルに目配せをする。ガブリエルも頷く。
二人はルシフェルに深々と頭を下げた。
「私たちも失礼致します、ルシフェル様。ミカエルの馬鹿には後でよくよく言って聞かせますので!」
「感謝する、大天使ラファエル、ガブリエル」
ラファエルとガブリエルも、羽を広げ飛び立っていった。
後に残されたのは、すっかり置いてけぼりを食らっていた、アレスとレリエルである。
ルシフェルはアレスに振り向くと、その顔をまじまじと見つめた。目にしかと焼き付けようとしているかの如き熱視線である。
「そなたが、アレス……」
アレスはその妙な視線にやや気おされながらも、剣を構える。
「な、なんだあんたは!やんのか!?」
ルシフェルは美しい瞳を細め、美しい唇の端を上げた。神々しさすら感じる微笑みだった。
「逃げよ」
「は!?」
まさかの言葉にアレスの声が裏返る。
「ああ、せっかくだから」
ルシフェルは手のひらをアレスたちに向けた。
びくりとするが、その手から二人に向かって発せられたのは、暖かい温熱の塊だった。
気づけばびしょ濡れだったのが、すっかり乾いている。
「風邪などひかぬようにな」
「ええっ……」
なぜか乾かしてくれた。ポカポカして気持ちが良いくらいの状態になっている。
(な、なんなんだこの大サービス!)
「さあ、他の天使が来る前に、早く行け」
アレスとレリエルは困惑顔で目を見合わせる。
まったく意味が分からない。
だが。
「なんだか分からんが……そうさせてもらう!行こうレリエル!」
「あ、ああ!」
アレスはリュックの中で寝ているデポをつかんで揺する。
「ほら起きろって!飛ぶぞ!」
デポは寝ぼけまなこを開いてレリエルを見ると、
「オー、れりえる!見ツカッタノカ!」
「うっ……。ひ、久しぶり、だな……」
レリエルは顔を引きつらせながらも挨拶する。
アレスは巨大化したデポの背中に乗った。そしてレリエルと共に飛び立ち、廃墟となったルヴァーナ監獄を、後にした。
※※※
小さい羽の天使と巨大鳩の飛行を見送ったルシフェルは、深い感慨を込めて呟いた。
「レリエルが神域から離れたこと、これも導きかもしれぬと思いずっと黙認していたが……。ああやはり導きだったのだ。これぞ奇跡、レリエルは既に、私に命じられるまでもなく使命を果たそうとしている!全ては天界開闢の摂理通り……!」
巨大な穴の底、廃墟となった監獄のかたわらで、その謎めいた囁きを聞く者は、どこにもいなかった。
※※※
ともだちにシェアしよう!