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第101話 監獄(6) ルシフェル

 ラファエルが顔を両手で挟んで口をおの字にした。 「ミカちゃんのバカああああああ!何言ってんの何言っちゃってんのクレイジーなの!?すみませんルシフェル様、こいつ頭おかしいんですご存知だと思いますけどっ!!」 「どけよ、邪魔すんな。てめえごとやってやってもいいんだぜ?」 「聞いてるミカちゃん!?」  ミカエルの暴言にも動じず、ルシフェルは毅然とした態度で言う。 「この者たちは私に預けてもらおう。そなた達は城に戻れ」  ガブリエルが眉根を寄せた。 「ルシフェル様……?」  ミカエルが目を剥いた。 「は!?何言ってやがる、俺の獲物だ!」 「下がれ、と言っているのだ。これは熾天使の命令だ」  ルシフェルの口調が厳しさを増す。比例するようにミカエルもヒートアップした。 「納得できねえ!天界開闢の成就まで、一切の(まつりごと)は俺たち大天使に一任されてる!てめえら熾天使は宮殿で神のお世話してりゃいいんだよ!」 「ミカちゃんちょっとーー!」 「天使の原則を忘れたか?いついかなる時も、熾天使の命令は絶対だ」 「じゃあせめて理由言えや!なんで止めるんだよ!」 「誰が質問を許可した?何度も言わせるな、今すぐ立ち去れ!」  有無を言わせぬ威厳でもって、圧するように言い放つルシフェル。 「クソジジイが……!」  輝く黄金髪のルシフェルと、獅子の如き赤髪のミカエルは、火花を散らす勢いで睨み合った。  ラファエルが鎮火にかかる。 「かしこまりましたルシフェル様!今すぐ退散いたします!」  言ってラファエルはミカエルのそばに駆け寄って、その腕に自分の腕を絡めた。甘えるように耳に唇を寄せ、可愛い声音で言う。 「ほうら、行こうよミカちゃん♪」  ミカエルはなおもルシフェルを睨みつけていたが、やがて、 「くそったれ!」  吐き捨てると、アレスとレリエルに一瞥をくれ、ラファエルの腕を振り払った。そしてブンと羽を広げ、飛び立っていく。  振り払われたラファエルが頬を膨らませる。 「ちょっと、冷たーい!俺、泣いちゃうよー!」  と上空に叫んだが、その後でふうとため息をついて冷や汗を拭った。ガブリエルに目配せをする。ガブリエルも頷く。  二人はルシフェルに深々と頭を下げた。 「私たちも失礼致します、ルシフェル様。ミカエルの馬鹿には後でよくよく言って聞かせますので!」 「感謝する、大天使ラファエル、ガブリエル」  ラファエルとガブリエルも、羽を広げ飛び立っていった。  後に残されたのは、すっかり置いてけぼりを食らっていた、アレスとレリエルである。  ルシフェルはアレスに振り向くと、その顔をまじまじと見つめた。目にしかと焼き付けようとしているかの如き熱視線である。 「そなたが、アレス……」  アレスはその妙な視線にやや気おされながらも、剣を構える。 「な、なんだあんたは!やんのか!?」  ルシフェルは美しい瞳を細め、美しい唇の端を上げた。神々しさすら感じる微笑みだった。 「逃げよ」 「は!?」  まさかの言葉にアレスの声が裏返る。 「ああ、せっかくだから」  ルシフェルは手のひらをアレスたちに向けた。  びくりとするが、その手から二人に向かって発せられたのは、暖かい温熱の塊だった。  気づけばびしょ濡れだったのが、すっかり乾いている。 「風邪などひかぬようにな」 「ええっ……」  なぜか乾かしてくれた。ポカポカして気持ちが良いくらいの状態になっている。 (な、なんなんだこの大サービス!) 「さあ、他の天使が来る前に、早く行け」  アレスとレリエルは困惑顔で目を見合わせる。  まったく意味が分からない。  だが。 「なんだか分からんが……そうさせてもらう!行こうレリエル!」 「あ、ああ!」  アレスはリュックの中で寝ているデポをつかんで揺する。 「ほら起きろって!飛ぶぞ!」  デポは寝ぼけまなこを開いてレリエルを見ると、 「オー、れりえる!見ツカッタノカ!」 「うっ……。ひ、久しぶり、だな……」  レリエルは顔を引きつらせながらも挨拶する。  アレスは巨大化したデポの背中に乗った。そしてレリエルと共に飛び立ち、廃墟となったルヴァーナ監獄を、後にした。 ※※※  小さい羽の天使と巨大鳩の飛行を見送ったルシフェルは、深い感慨を込めて呟いた。 「レリエルが神域から離れたこと、これも導きかもしれぬと思いずっと黙認していたが……。ああやはり導きだったのだ。これぞ奇跡、レリエルは既に、私に命じられるまでもなく使命を果たそうとしている!全ては天界開闢の摂理通り……!」  巨大な穴の底、廃墟となった監獄のかたわらで、その謎めいた囁きを聞く者は、どこにもいなかった。 ※※※

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