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第106話 旅の宿(4) 出発
朝の光が差し込む。眠りから覚めたアレスは、腕の中にすっぽりおさまる、柔らかく芳しい何かの存在に気づく。
レリエルだ。アレスの腕を枕に、仰向けですやすやと寝ている。
レリエルはアレスの身じろぎと陽光に眠りを妨げられ、「ん……」と呻き声をあげた。
かと思えば、目をつむったままアレスのほうに体を向けて、甘えるように肩口に頬を摺り寄せる。安心したように微笑みながら。
アレスはこみ上げる幸福感と愛しさのままに、その額に口付けをした。
立派なベッドの上、レリエルを抱きながら眠った。ベッドは二つあったが、当然のごとく離れがたかった。
そういえば初めて共に寝た。行為はしていたのに一緒に寝たのはこれが初めて。
興奮して朝まで抱き潰す、ということにはならなかった。
(もう俺は大丈夫だ)
アレスは決意をこめてつぶやいた。
「引っ越す」
「ん!?アレス……?」
今度こそレリエルが目覚めた。寝ぼけ眼でアレスを見る。
「何か言った?」
「ダブルベッドを置ける家に、俺は引っ越す。夫婦は寝室を共にすべきだと今悟った」
「は?」
「俺だっていつまでも下半身コントロールができない童貞じゃないってことだ」
レリエルはよく分からない、という風に眉をひそめると、上体を起こして言った。
「朝か。この家にいるって一晩ばれなくて良かった。ペンダントも反応してないな、天使は近くにいないようだ」
「真面目か!」
「お前がのん気過ぎるんだ!」
アレスは元気よくベッドから起き上がって伸びをして首を回した。
「あーすげえよく寝られた。貴族御用達のでかいベッドは本当に快適だな、いくらくらいするんだろう、これ。俺の給料でも買えるかな」
「だから、何の話をしてるんだよ!のん気にも程があるだろ!」
「よーしやるか、破壊工作!とりあえず朝ごはんな」
レリエルが呆れたように笑う。
「ほんとにもう、アレスは大物だよ」
簡単な食事を済ませて、二人は借り宿とした屋敷の玄関を出る。
「さあ、目的は、天空宮殿への転送門を開けることだ!その為に、転送門の動力源となっている、プラーナ窟の希石 を破壊しよう!」
※※※
王国北部には二つプラーナ窟があった。一つは北東部、一つは北西部だ。アレスたちはまず北東部を目指した。
借りた邸宅を後にした二人は、プラーナ窟方面への道を阻む山の麓にいた。山を見上げながら、アレスは呟くように言う。
「できれば今日中に王国中を回って全箇所破壊したいが……。広いよなあ、相当。なあ、一つ聞くが、光速移動 って……」
「すごく疲れるし一日に一回しか使えない」
「だったよな、すみません。山越えは飛ぶしかないな、頼むぞデポ」
「クルックー!」
一鳴きしてデポは巨大化する。アレスはよっとデポに飛び乗った。
「あっ、でも」
とレリエルが何かを思い出した顔をした。
「なんだ?」
「そういえば、速度増加咒法があった」
言ってレリエルはデポに手を差し伸べ、ためらうように顔をしかめる。デポは、
「ナンダ?ナデナデ シテ クレル ノカ?ヤット俺サマノ 可愛イサニ 気付イタカ?」
「ううっ……」
強い葛藤を滲ませながら、意を決したようにレリエルはデポの羽に触れた。そして術名を唱える。
「音速の咒 !」
デポの羽が、白い光を発した。デポが頭をひねって自分の羽を見る。
「ポポポ??」
「おお、かっこいいぞデポ!」
「ソ、ソウカ?」
「……これで、僕と同じくらい速く飛べるようになったはずだ。僕は無色天使の中で一番速く飛べる」
「助かる!ほんと色々出来るんだなお前って」
「まあ、得意なほうだ、咒法は」
「いやいや、逆に苦手なものってなんだよ!?あるのか!?お前のどこが出来損ないなのか全然わからねぇ、むしろ上級の天使なんじゃないのか?」
レリエルは照れた顔をして目をそらす。
「へ、変なこと言うな。そんなわけないだろ」
「うーん、まいいや。よし、行くか!」
※※※
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