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第105話 旅の宿(3) お風呂 (※)

 二人は窓際のテーブルと椅子に座り、味気ないが心の和む食事をとった。  (ここが、僕の居場所だ……)  ヒルデの見繕ってくれたドライフルーツを頬張りながら、その実感がレリエルの心に染み入る。  自分の居場所は人間の側、アレスの隣。  天使社会で過ごした時間のほうが遥かに長いのに、アレスと共に人間サイドにいるだけでこんなに安心する。  「戻って来た」と。  食事を終えると、アレスは風呂を借りようと言い出した。 「こんな豪邸なんだ、風呂場もきっと広いぞ。憧れるよな、広い湯殿。それに多分、温泉が出るはずだ」 「お、お前ちょっと楽しみすぎじゃないか?この状況でよくそんな……」 「まぁまぁ、明日への英気を養おうぜ」  探すと風呂場も南面、ミリアーナ湖を望む箇所にあった。  アレスの言ったとおり広く、模様入りのタイル張りの壁がおしゃれだ。大きな窓ガラスのそばに、猫脚のついた陶磁器製の白い浴槽が置かれていた。  浴槽脇の壁には蛇口があった。ひねると最初は錆びた匂いのする赤い水がふきだしたが、しばらくすると乳白色の温水に変わった。アレスが歓声をあげた。 「やっぱり温泉を引いてる!ここら辺は温泉地帯だからな。さすが貴族の別荘!」  アレスは嬉々として浴槽に温水を溜め始めた。 「もう、敵地で潜伏中なんだぞ僕たちは」  レリエルは呆れながら、窓ガラスを見て言った。 「これ、こちらからは外が見えるが、外からは室内が見えない窓だな」 「よく知ってんじゃないか、魔法硝子(マジックミラー)だ」 「天使も似たような硝子を使うことがあるからな」  窓からは満月を映し出す湖が見えた。それに重なるように、オレンジ色の鉱石灯に仄かに照らされた浴室が映し出されている。  自然光と人工光が交じり合う不思議な鏡像は、なるほど「ロマンチック」かもしれないな、とレリエルは思った。  が、窓に映るアレスの状態に気づき、驚いて振り向いた。  ほぼ全裸のアレスが、足首から脚衣を外しているところだった。 「もう脱いだのか!?まだ湯はたまってないぞ?」 「俺は湯を溜めながら入るタイプだ。だんだんお湯が溜まってく感じが楽しいだろ。ほらレリエルも脱げって」 「えっ」  アレスがレリエルの白い外套の右肩についている小さなボタンを押した。一瞬で外套の真ん中が割れて、下穿きのシャツと脚衣が晒された。  レリエルは驚いた。 「よく知ってるな、天使の兵服の脱ぎ方!人間の服と全然違うのに」 「ほら初めて会った日、ぶっ倒れたレリエルを家に連れ帰って介抱したろ?あん時見つけたんだよ。最初、脱がし方全然わかんなくて大変だったぜ」 「そ、そうか……。というかなぜ僕も脱ぐんだ?お前が先に入るんだろ、僕は向こうで待ってる……」 「せっかく広い浴槽なんだから一緒に入ろうぜ」 「えっ」  戸惑ってる間に、手際よくアレスに全て脱がされてしまう。  アレスは裸のレリエルを抱き上げて、半分ほど湯が溜まった浴槽の中に腰を落とした。  乳白色の湯は二人の下半身を朧に隠す。   「ほら半身だけでもあったかいだろ結構」  言いながら、左腕に抱えたレリエルの体に、右手ですくった湯をかけた。普通の湯より少しぬめりけのある温水が、レリエルの素肌を濡らしていく。  レリエルは恥ずかしくてたまらなかった。  同時に、とても嬉しかった。 (初めてだ、誰かと一緒に風呂に入るの……)  天界や神域ではずっと、公衆浴場から追い出されていたのだから。  醜い矮小羽、穢れがうつる、などと言われて、決して中には入れてもらえなかった。  とても惨めな気持ちで、一人ぼっちで入浴していた。 「……いつも……」 「ん?」 「いつも、ずっと、一人だった……。入れてもらえなくて、悲しかった……。やっと、一人じゃなくなった……」  レリエルはそうつぶやいて、アレスの分厚い胸板に甘えるように額を寄せた。半身を浸す湯の温度と、アレスの体温がとても心地よかった。とぽとぽと蛇口から注がれる湯の音も心地良い。  ぎゅっ、と、レリエルを抱くアレスの腕に力が込められる。 「そうだったな、レリエルは浴場に入れてもらえなかったんだよな……」  レリエルは驚いてアレスを見上げる。 「覚えてたのか、その話」 「覚えてるさ。……ごめんな、もっと早く一緒に風呂に入ってればよかった」  そう言って優しく微笑むアレスに、レリエルは吹き出す。 「どうやって入るんだよ、アレスんちの風呂、すごい狭いぞ絶対無理だ」 「なんとか入れるんじゃないか?」 「無理だよ、お湯が全部なくなる」  想像したらおかしくて、レリエルはクスクス笑い続ける。不意に顎を、アレスの右手に掬い上げられた。熱い瞳でじっと見つめられる。 「ダメだ、可愛い過ぎて我慢できない……」 「我慢?」  前も同じことを言われたな、と思い出す間も無く唇を塞がれた。 「んっ……」  アレスの右手は、顎から首筋を伝い、すでに胸元まで溜まった乳白色の水面に見え隠れるする乳首をつまむ。甘い刺激が背中をぞわりと駆け上がった。  レリエルの腰のあたり、むくりと立ち上がったアレスの固いものがごつりと当たる。  唇を解放されてレリエルは、下がり眉でアレスを見上げる。 「あう……。こ、ここは下界じゃないから遺伝子注入は必要な……」 「俺は一度も遺伝子注入だなんて思ったことない」  そう言ってまた口づける。アレスの爪が乳首の先端をくすぐるように掻く。レリエルの下腹部の奥が悩ましい熱を孕み始めた。  レリエルは口づけの合間に息をつきながら聞く。 「じゃあ、何のために……」  もう分かっていたが、聞いてしまう。 「天使の恋人同士もするんだろ」  アレスは答えてはまた、唇を重ねる。レリエルのぷくりとした下唇を濡らしながら口を離す。 「んんっ……。僕とアレスは恋人同士?」 「夫婦」  短く答えて、次のキス。今度は歯列を舌で大きくひと撫でされた。 「フ、フーフって……」 「一生の恋人」  そう言って、いたずらっぽく笑う。耳まで真っ赤になったところを、思い切り深く口づけられた。舌を絡め取られ、口の端から唾液が溢れる。  レリエルは熱に浮かされるようにぼーっとした頭の隅で思う。 (「えっち」……だ……。遺伝子注入じゃなくて、「えっち」……)  今まで何度もした行為なのに、そう思うだけで身体中が沸騰するほど熱くなった。  まだ触れられてないレリエルの内部、蜜がとろりと分泌されるのが自分で分かった。  下界にいなくても、体はこんな反応をしてしまうなんて。  散々ずっとこねられた乳首は赤く腫れ、その痛痒いような気持ちよさは性感となってレリエルの淫らな心を喚起する。  ずっとレリエルの背中を包むように添えられていたアレスの左腕が動いた。  左手はレリエルの背中の羽をつまむ。そして指をこすり合わせるように動かされた。  強い刺激にレリエルは目をつむる。 「ひゃうっ……!」 「声も可愛いな、レリエル……」  甘く囁くアレスの右手は、乳白色の下に隠された、レリエルの小さな性器へと伸びる。それはしっかりと芯が入り、勃ち上がっていた。 「はうっ……」 「ツンと尖ってる……。体が見えないのもいいな、悪いことをしてる気分になる」  そんなことを言いながら、湯の中で立ち上がるそれを扱き出す。親指と人差し指と中指三本が小さな竿を優しく扱き、同時に薬指と小指とが下の袋をクニクニとくすぐった。レリエルの小さな性器は、アレスの大きな手一つでたやすく弄ばれてしまう。 「んん……っ、あっ、はあ……っ」  アレスの右手は性器を解放し、その下へと差し込まれる。尻の狭間をするりと撫で、具合を確かめるように蕾をいじった。 「あっ……」 「もう柔らかい、ヌルヌルしてる」  アレスがからかうように言いながら、後孔の浅いところを弄ぶ。蕾の入り口で、遊ぶように指先だけを出入りさせる。 「う、お、お湯の中だから……」 「ほんとか?」 「ほ、ほんと」 「じゃあ確かめる」  顔を赤くしているレリエルの中、指がぬぷりと侵入してくる。くいと指関節を曲げて、一番感じるところを押された。快感が身体を走る。 「やあんっ!あっ、はあ……っ」 「やっぱりトロトロだ」  嬉しそうに言いながら、アレスは指を二本、三本と増やす。レリエルの身体を知り尽くした動きは、レリエルを早くも溺れさせる。    心身共に癒されるような温水の中で、アレスにじっくりと愛撫される。  温水の心地よさと、アレスに愛される気持ち良さで、全身が蕩けそうだった。 「あう……っ。あん……っ、はあっ……、あっ、あぁぁっっ!」  全身をビクビクさせて、射精なき絶頂を迎えてしまった。  そんなレリエルに、アレスは愛おしそうに目を細める。  レリエルは蕩けた顔でアレスを見上げ、内側から湧き上がってくる言葉を素直にこぼした。 「アレス、好き……。アレスが大好き……」 「っ……、レリエル……っ」  アレスはぐっと唾を飲み込むと、レリエルの体を抱えて浴槽の中にいきなり立たせた。 「えっ」  アレスはレリエルの手を窓に押し付ける。  レリエルは窓に手をついてアレスに背を向け、腰を突き出した形にさせられる。足が湯に浸った状態で。  窓ガラスに映る自分とアレスの姿にレリエルはどきりとする。  今、絶頂を迎えたばかりでその余韻の中にいる自分の顔。 「う、これ、恥ずかしい、僕、こんな顔……」  行為中の自分の姿を初めて見た。なんてだらしなく緩んだ――淫らな――顔をしてるんだろう。    夜の闇と月の光と浴槽の灯り、そして裸の二人が窓の平面に重なる。    ひどくいやらしいものに思えた。  レリエルは羞恥に泣きそうな顔になる。  アレスはそんなレリエルの背中に折り重なるように抱きつき、耳朶を食む。 「可愛いだろ?コレを入れたら、レリエルはもっと可愛く乱れるんだ……」  言いながら、猛り切った雄をレリエルの尻の谷間に押し付ける。 「あっ……」  固く質量を持ったそれが、ゆっくりと押し入ってくる。  レリエルの、淫らに悦ぶ心がガラスにそのまま映っていた。  張り詰めたものが、レリエルの中にずぶずぶと沈められる。  条件反射でそれを締め上げ、快楽に溺れる卑猥な姿。  それらを視覚に突きつけられる。  あまりの恥ずかしさレリエルは嫌々と首を振る。 「やっ、こ、これやぁ……」  つと、耳元に囁かれた。 「愛してる」 「っ……」  とくん、と胸が鳴った。  愛を囁くアレスの、夢見るように伏せた長い睫毛、愛しげにレリエルを抱きすくめる姿。  その全てがガラスに映し出されていた。  心が熱いもので満たされていく。  レリエルは、はくはくと息をする。 (アレスはいつも、こんな風に) (僕はいつも、こんな風に)  愛されていた。  いつも、ずっと。 (この行為は………………………………愛なんだ)  アレスの腰が波打つように動き出した。  寄せては返すその途中に快感の巣をこすられて、甘美な痺れが脳を蕩けさせる。   「あっ、あっ、あっ、あっ」  もうどろどろに濡れそぼる肉壷の内部を味わいつくすように、アレスはレリエルの肉体を貪る。  硬い根のようにレリエルの背中を抱きこみ、首筋に唇を押し付け、激しく腰を打ちつける。  その瞳には狂おしいほど熱が宿る。 「レリエル、レリエル、レリエル……っ!」  レリエルは自分を貪るアレスの激情を見せつけられながら、悦楽に身を委ねる。 「あんっ、あんっ、あっ、あああああああ……っっ……っ!」  嬌声をあげ二度目の絶頂を向かえ、その絶頂の最中も揺さぶられた。腹の中、アレスの温かい精が注ぎ込まれる。  アレスの遺伝子が身体中に染み渡る。レリエルの全ての細胞がアレスで満たされていく。  羽が震える。淡く光る。  闇と光の交錯に重なる二人の鏡像。  羽だけではなく、レリエルもアレスもその全身が光り輝いているように見えた。  二人はひとつの光になって、夜空に舞い上がり、煌く星屑のひとつになる。  静かな夜の片隅で、二人ほのかな星になる。  レリエルはそんなロマンチックな夢想に、陶然としていた。 ※※※

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