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第110話 北部プラーナ窟(3) 大蜘蛛

 北部二つ目のプラーナ窟は、森林の中に突如現れた石の塔であった。  場所は傀儡村のほど近くだ。   アレス達は、山間では空を飛び、傀儡村に近づいて空の人通りが多くなってからは、森の中を進んだ。  レリエルの速度増加咒法のおかげで、二つ目の目標までも迅速に到達できた。  石の塔は、高さ二百メートル程に達している。丸い石板を何百枚と積み重ねた塔だ。  レリエルがその細長い塔を見上げて率直な感想を述べた。 「折れそう……」 「それが折れないんだ。そこが神秘なんだな。森の精霊シャンティーの指、と呼ばれている。森の守り神さ。ここの 希石(コア)はどこにあるんだ?」 「多分、この塔のてっぺんだろうな」  アレスは周囲を見回した。 守護傀儡(ガーディアン)の姿は見えない。どこに潜んでいるのか。 「てっぺんにあるなら、飛ぶしかねえな。慎重に行こう」  アレスはデポをダチョウ形態から巨大鳩形態に変化させて、またがった。その手にしっかりと空色の剣を握り。  レリエルと二人、ゆっくりと上昇する。  やがて森の木々の丈を超え、王国北部の広大な緑の森を見下ろす。  森を上から眺めてみると、実に目立つ塔だった。森の中心からニョキリと突き出たその塔は、なるほど「指」と呼ぶに相応しい。  慎重に、塔の半分くらいの高さまで上昇したところで。 「!?」  アレスの頭に、何か粘ついた糸のようなものが引っかかった。 「うわ、なんだこれ!」  レリエルも不快そうに頭を払っている。  どうやらこのあたりに、見えない糸が張られていたようだ。  と、突然。地上の、塔の前面の土が盛り上がった。  地中から、二匹の巨大蜘蛛が飛び出して来た。  羽の生えた蜘蛛二匹が、アレスとレリエルの目の前に躍り出た。  蝿のように飛ぶ蜘蛛。誠におぞましかった。  頭部と腹部、二つに分かれた黒い体。赤い目が八つあり、足は八本、羽が二枚。  空飛ぶ二匹の蜘蛛は、その大きな尻の先端をこちらに向けた。先端から白い糸が放出される。  アレスは剣でその糸を断ち切り、レリエルは咒法を放った。 「火輪の咒(アグニ・マーラ)!」  丸い火炎輪が糸を消し炭にした。 「いい火炎魔法持ってんじゃないか、レリエル!」  言いながらアレスはデポの上に立ち上がる。  そしてためらいもせず、蜘蛛に向かって飛び掛った。なお地上百メートルの高度である。 「 斬魂剣(ザン・セフィロト)!」  虹の光彩を帯びた空色の剣を振り下ろし、一匹の蜘蛛を両断した。続いてレリエルが追撃をする。 「 大破魂(メガ・クリファ・セフィラ)!」  一匹の巨蜘蛛が、白い砂となって風と共に森に散布されていった。 「よしっ!」  と言いながら、万有引力の法則通りに加速落下していくアレス。その口から情けない悲鳴が発せられる。 「でっぽおおおおおおおおお~~~~~!」  ひゅん、と地上すれすれで、デポがアレスの体をさらった。  デポにしがみつきながら、 「ふう、助かった!」 「オレ頼ミダッタノカヨ!」 「そりゃそうだ、空の脚はデポだけだ。信じてたぜ!」 「ソウナラ、ソウト、言ッテオケ!何カ 策ガアルノカト思ッタゾ!」  デポはぶんと舞い上がり、レリエルのいる石塔の中心部あたりにまで上昇した。  レリエルが火炎輪で、もう一匹の蜘蛛の尻から次々放出される糸を燃やしていた。だが蜘蛛の糸の量と勢いが大きく、防戦に追いやられている様子だ。  アレスはまたデポの背中に立ち上がりながら、 「んじゃ、もう一回跳ぶから、頼むなデポ!」 「オイ!」  足でデポの背を蹴って、レリエルと対峙する大蜘蛛に向かって跳躍。  今度は宙で横になぎ、剣は大蜘蛛の頭部と腹部の間のつなぎ目を、見事に切断した。  一太刀で大蜘蛛は砂と化して飛散していった。  だがアレスは、跳躍の勢いがおさまらない。  目の前に、シャンティーの指と呼ばれる石の塔が迫っていた。 「やべ、ぶつかるっ!」  石の塔に直撃すると思った直前、ヒュンと飛んで来た影に、その体を (さら)われた。  腰のあたりに何かがしっかり巻きついて、アレスの体を支えてくれている。  見れば、レリエルであった。  アレスはレリエルに抱っこされて飛んでいる。 「力持ち……!」  レリエルは怒った口調で、 「何が力持ちだ!心臓が止まるかと思った!お前は羽生えてないんだから、無茶するな」  レリエルは飛んで来たデポの背中に、アレスの体を置いた。 「ははは、悪い悪い」 「なんで剣を使うんだ、 (セフィロト)攻撃魔法を撃てばいいのに」 「いやだって神剣がパワーアップしたんだぜ!?斬れ味を試さないとだろ!」 「そんな理由かよ!?」 「すっげえよ、あっという間に倒せたよ、天使材料の死霊傀儡を!神剣ウルメキア、これいいなあ。ほんといいもん、貸してもらった!」 「お前の為に二千三百年受け継がれてきた剣なんだろ」 「おっ……。おいおい、やめてくれよ、レリエルまでそんなこと……」  アレスが照れたように鼻を触る。デポが首をかたむけた。 「マンザラデモ、ナサソウダナ?」 「い、行くぞ、てっぺん!」  アレスとレリエルは、塔の先端に到達した。  確かに塔のてっぺんに、銀色の玉をのせた黒い箱が置かれていた。  アレスはまた、デポの上にすくと立ち上がる。落っこちないように集中しながら、 希石(コア)に斬り付けた。   希石(コア)は半分に割れ、黒ずむ。 「ふうー……。この高度で小さい (まと)切るのこええ……。さっき蜘蛛切った時より緊張したぜ……」  アレスはへなへなと腰を落として、デポにしがみついた。 「やったな。ただそろそろ、天使も気づき出す頃だと思う」 「……やっぱそうか?急ぐしかねえな!王国北側の 希石(コア)は二つとも始末した。次はこっから南下だ。南西部、行こう!」

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