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第111話 ミカエルの追憶

 カブリア城には四本の円筒状の塔があるが、その一つ。一番高い監視塔のてっぺんに、ミカエルはいた。  狭いその場所で、片足を曲げ片足を投げ出し、うずくまるように座っている。  獅子のような派手な赤髪は、紐で一本に縛られていた。  監視用の小さな窓から入る光が、ミカエルのふさぎこんだ表情を照らす。 ——じゃあせめて理由言えや!なんで止めるんだよ! ——誰が質問を許可した?  昨日のルシフェルとのやり取りを思い出し、自らの頭にガリと手の爪を立てた。 「クソっ……!あのジジイ、あの時と同じことを……!」  ミカエルの脳裏に、忌まわしい記憶が呼び覚まされていた。 ——なんでウリエルを処刑した?せめて理由を言え! ——誰が質問を許可した?そなた達が全てを知る必要などない。  かつて天界の三大天使は、ミカエル、ラファエル、そして「ウリエル」の三人だった。  ウリエルが処刑され、その穴を埋めるように新たな大天使ガブリエルが誕生するまでは。  茶色と金色がまだらに入り混じる髪を長く伸ばした、細身で優しげな青年。その見た目どおりの、物静かな人格。背中には黄色の羽が生えていた。  ミカエルの記憶の中のウリエルは、いつも穏やかに微笑んでいた。  ウリエルの処刑は全ての天使を驚かせた。非の打ち所のない大天使だったから。  粗野で問題行動ばかり起こすミカエルとは正反対の人物だった。いつも落ち着いていて、理知的で、激昂することも驕ることもない、下層の天使にも優しい男。  それがある日突然、熾天使に処刑された。  理由はいまだに明かされていない。  ミカエルとウリエルは幼馴染だった。大天使として生まれた三人は、幼い頃から一緒に第二宮殿と呼ばれる天使の城で育てられた。第一宮殿はあくまで神の住まう聖なる場所であり、城と言うより神殿に近いものだった。政治の中枢、城としての機能は第二宮殿に集約されていた。  第二宮殿で暮らしていた子供の頃の、ウリエルとの会話がふいに蘇った。 『また無色天使と喧嘩したのかい、ミカエル?君は大天使なんだから、もっと心に余裕を持たないと』  第二宮殿内には多くの天使がいた。色づいた羽を持つ上級天使だけでなく、そこで働くその他大勢の無色天使も。普通、上級天使の子供は下々の天使とはあまり関わらないが、ミカエルは無色天使の子供たちとよく交わり、喧嘩もした。 『羽の色だけじゃ駄目なんだよ。力も俺が上だって分からせて、本当に頂点になれるんだ。上級天使なんて羽に色がついてるだけ、って舐められるのはごめんだからな』 『へえ、そんなこと考えてたのか。なるほど、だから喧嘩の時に咒法は使わないんだね君は』 『咒法使ったら上級天使が無色天使に勝てて当然だろ』  ウリエルはふふと笑う。 『君は案外、真面目なんだな』 『は?何がだ?』  顔をしかめるミカエルに、ウリエルは優しげに微笑みかける。 『僕ら三人の大天使のリーダーは君で決定だ』  ミカエルはその一言であっさりと気を良くした。 『お!?いいのか!?』 『うん、君はかっこいいもの。君にならみんなついていくよ』 『で、でも俺結構、嫌われてるかもしんねえけど』 『じゃあ僕が補佐役になろう。君が暴走を始めたら、僕が止めてあげる』 『ちっ、んだよそれ、偉そうに。まあいいや、やらせてやるよ。ちゃんと俺について来いよ!』  不遜に言うミカエルを、ウリエルはどこか眩しそうな目で見つめていた。ミカエルはいつもその視線がくすぐったっく、同時にとても心地よかった。  たわいも無い会話が、昨日のことのように思い出される。  ずっと隣にいるのが当たり前だと思っていた、友。 「クソったれ……!」  吐き捨てた時、下から螺旋階段を登ってくる足音が聞こえた。 「ミカちゃーん?ここにいるんでしょー?」  ラファエルの声が大きな円筒の中で反響する。 「ちっ……」  階段を登りきったラファエルが、ひょいと顔をのぞかせた。 「やっぱりいたー!もー、そろそろご機嫌直してよぉ。舎弟として困るんだけど?」 「……」  仏頂面でふいと顔をそむけるミカエルに、ラファエルはふうとため息をつく。 「ミカちゃんいっつも、熾天使様達に噛み付きすぎだって」  ミカエルは無視する。  ラファエルは躊躇いがちにつぶやく。 「ミカちゃんまだ……ウリエルのこと……」 「ああん!?」 「あは、ごめん!なんでもないよ」  凄むミカエルに、ラファエルは切なそうな笑みを浮かべた。  その時、塔内の灯がふつり、と消えた。 「あれ、また!?プラーナ灯消えちゃった。なんでだろう、さっきもプラーナ動力の空調設備が止まっちゃったし」  ミカエルの顔色がつと、変わった。  鋭い眼光を宿し、結んでいた髪をばさりとほどく。 「さてはあいつら……!希石(コア)だ!希石(コア)を調べさせろ!」 「あっ……。わ、わかった!」 ※※※  情報はすぐにもたらされた。  玉座の間に飛び込んできた兵士が伝える。 「お伝えします!神域北部のプラーナ窟が二箇所、何者かの襲撃を受けました!希石(コア)が破壊されており、もう使い物になりません!」 「ざっけやがって!」  ミカエルはどんと玉座の膝掛けを拳で叩いた。 「ははっ、やるねえ、あの二人♪まさか本気で二人で俺たちと戦争する気なの?」 「正直困りますね、エネルギーを絶たれるのは」  と、ラファエルとガブリエル。  ミカエルが苛だたしげに髪を掻きむしった。 「だからあの時殺しておきたかったんだ!」   「一体なぜ、ルシフェル様はあの二人を逃したのでしょう」  ガブリエルが首を傾げ、ラファエルもうーんと唸る。 「それ、謎だよねえ」 「知るかっ!どうでもいい!人間とレリエル、許せねえ……!絶対ぶっ殺してやる!おいお前っ」 「はっ!」 「勅令だ!全天使に指令を出す!どんな手段を使ってもいい、人間とレリエルを見つけ次第殺せ!生け捕りじゃない、殺すんだ!」 「勅令……!了解いたしました、皆のものに伝えます!」  兵士は敬礼と共にきびきびと去っていく。 「えーっ!?勝手に勅令とかちょっとー!いいのミカちゃん?ルシフェル様にまたなんか言われるよ?」 「関係ねえ!俺はなあ、嫌いな奴は絶対に殺すんだ!」  拳を固めて言い切ったミカエルに、ラファエルは指で額を抑えた。 「いやなに、そのポリシー……」

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