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第138話 予言の書(2)

「道楽って言わないでください、宝物庫をしらみつぶしに探してようやく見つけたそれっぽい一枚なんですから。全てはレリエル君とお風呂に入りたいという陛下の望みを叶えるためです。これでレリエル君の素性も整いました」 「レリエルの素性?」 「魔界からやってきた偽天使どもを滅するために、神々は人間の元に本物の天使を一人、遣わしたもうたのです。それが、救世主アレス君の前に現れた小さい羽の天使、レリエル君です。帝国は、小さい羽を持つレリエル君を予言された天使の降臨とみなし、極秘裏に保護しました。レリエル君は、救世主アレス君の守護天使です」 「しゅごてんし……」  アレスは呆気にとられてつぶやき、プリンケは興奮した様子で拳を握りしめる。 「かあっこいいのう、レリエル~!」  レリエルは顔を赤くする。 「や、やだよ、大嘘じゃないか!何が予言された天使の降臨だ、僕のこと捕虜扱いしてたくせに!拷問とか実験とか言ってたじゃないか!」 「今、レリエル君は人間のふりをしていますが、この設定なら堂々と天使ですって言えますよ。人間と言っている今のほうが嘘つきです。あなたは天使なんですから、ちゃんと天使って名乗っちゃえばいいんです」 「う、うう?」  ジールの言葉に困惑し、煙に巻かれたような顔をするレリエル。アレスは笑いながら、 「まあいいんじゃないか?俺は嘘だとは思わないぞ。実際にレリエルは、レリエルだけは、本物の天使だ。俺にとってはもちろん、人間みんなにとっても。今だって俺と一緒に魔獣やっつけて人間を助けてくれているじゃないか」 「それはただ仕事でやってるだけで……、助けてるつもりなんてないけど……」  レリエルがうろたえた様子で顔をそむけて結んだ後ろ髪をきゅっとつかむ。だが照れた表情と言葉の端に、嬉しそうな様子がにじみ出ていた。 「さすが守護天使じゃのう、きっと沢山の民がそなたに感謝しておるぞ!」  プリンケがにやにやしてレリエルの顔を覗き込む。 「だ、だからそんなんじゃないってば!」  ジールは広げた絵画をくるくると巻きながら言った。 「じゃあそんな感じの設定で、明日にはこの予言絵巻を公にしてレリエル君が実は天使だってことを皆さんにお伝えしますので」 「明日なのか!?まだ心の準備が出来てない」  文句を言うレリエルにジールは笑顔で返す。 「まあ、あまり気にせず、今後もいつもどおりお仕事に励んで下さいな。あ、そうだお二人の結婚式の手配もしておきましょう。アレス君そういう段取り不得意そうですし」  アレスは恐縮して頭をかく。 「い、いいんですか?何から何までありがとうございます。質素な結婚式でいいんです、ただ気持ちとしてレリエルと正式に結婚したいだけなので……」  ジールは笑みを浮かべてうなずいた。 「分かりました。お二人らしい、素敵な結婚式にしましょうね」 ※※※  ジールが「予言絵巻」と共に「本物の天使・レリエルの降臨」を世に公表したことで、世間のお祭りムードはますます過熱した。  アレスは、世間はともかくレリエルの身近な人間関係への影響が心配だったが、城の人々は拍子抜けするほどすんなりと受け止めてくれた。  公表の翌日は、お昼の食堂で皆に気軽に話しかけられた。  食堂の長いテーブルで、並んで座るアレスとレリエルの対面、ミークは興奮気味に捲し立てる。 「やっぱり生えてましたよね羽!あの伝説の決戦の日、正直『レリエルさん、羽、生えてるなぁ』って思ってたんですよ!でも陛下もヒルデ様も誰もツッコミ入れないし、なんかそういうオシャレなのかなぁって、帝都で流行ってるアクセサリーなのかなぁって思ってたんですが、本物の羽だったんだ!俺、無茶苦茶、感動です!あの伝説の瞬間に立ち会えた俺、ついてるなぁ」 「ああ、そ、そう……」  レリエルは家で皮を剥いてきたオレンジを頬張りながら、先ほどから困惑と安堵の入り混じったような顔をしている。  ミークの隣に腰掛けている第四騎士団の先輩騎士は、 「男のくせにそんな顔してるのはおかしいと思ってたけど、天使ってなら納得だな」 「どんな顔だよ……」  レリエルは小声でつぶやき、アレスは尋ねる。 「驚かないんですか?」 「悪魔がいたからには、天使だっているだろう」 「な、なるほど」  ジールの「予言絵巻」公表により、カブリア王国を襲った「天使」たちの正体は、「魔界からやって来た偽天使の悪魔たち」というのが公式見解となった。人々は皆、この説明に納得した。おそらく「宇宙からやってきた異星人」と言っても誰も信じはしないし一笑に付されるだろうが。 「つーか、アレスが単身、死の霧の中に乗り込んで、悪魔一万人を全滅させて帰ってきた話に比べたら、全然驚かねえな」 「えー、そうですか?さすが帝都民ですね、柔軟だなぁ。でもよかった、これからもみんな、レリエルのこと人間じゃないからって距離を置いたりしないでやって欲しいです」 「いやむしろお前に引いてるっていうか、お前の方がよっぽどだぞ?」  そこに姦しい女性達の声が割って入る。 「聞いたわよ、あなた天使なんですって?羽見せてよ羽」  メイド達数人のグループがわらわらと近づいてきてレリエルを囲んだ。 「ちょっとリノちゃん、悪いですよお、食事中なんですからぁ」  グループの中にいるシールラがたしなめる。 「シールラ見せてもらったんでしょ、ずるいわよ」 「だってシールラはお友達ですしぃ」  アレスはむすっとして眉をひそめる。 「そういうのやめてくれませんか?レリエルは見せものじゃないんで!」  レリエルは肩をすくめる。 「まあ別に見せるくらいいいけど」 「えっ」  レリエルは椅子から立ち上がる。しゅるりと首筋の紐をほどき、魔術師用ローブを脱いだ。 「おお……!」  食堂の注目が一気に集まり、皆が感嘆の声を上げた。 「キャー、リボンみたい、可愛いじゃない!」  女性達は羽を見て黄色い声をあげ、男性達は口笛を吹いた。 「見ろよあのケツ!太もも!」 「アレス羨ましい奴め!」  アレスは青ざめて口をパクパクさせる。脱ぎ捨てられたローブを慌てて拾い、レリエルをくるりと包んだ。レリエルを抱きしめて叫ぶ。 「超短丈脚衣(ホットパンツ)紐吊るしの肌着(キャミソール)じゃないかぁー!ダメダメ、絶対にダメだ!羽は見せても、その格好は誰にも見せちゃダメなんだ!」  アレスの必死の形相に、皆が笑い出す。アレスの腕の中にすっぽり収まるレリエルは、きょとんとして目を瞬いていた。 ※※※  この日の夕方、早速レリエルはプリンケと大浴場に入った。アレスも付き添った。  プリンケは上機嫌で、レリエルも楽しそうにしていた。  アレスはというと、レリエルに悪い虫がつかないように周囲に睨みをきかせてばかりで、ちゃんと風呂を楽しめ、と皇帝に呆れられてしまったが。 ※※※

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