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第139話 デポが来た

 予言絵巻公表の数日後。使用人のいない新居に、家事の得意な使い魔が一体、やって来た。  家事ができる使い魔なんて世界中探してもこの一体だけだろう。  世にも珍しい家事使い魔がやってきたきっかけは、一月前の、アレスからヒルデへのこんな相談だった。 「家は小さいけど俺もレリエルも働いてるから、一人だけお手伝いさんが欲しいんだよな。家事ができる使い魔なんて、作れないか?俺ズボラだからついレリエルに家事頼っちゃってなんか悪いし、レリエルの羽の秘密があるから人を雇うわけにはいかないし」  この頃はまだジールの予言絵巻公表の前で、まさか堂々と羽を晒せるようになるとは思っていなかった。トラエスト帝国の宮廷魔術師長は、難しい顔をした。 「走るだけ、飛ぶだけ、情報を伝えるだけ、といった使い魔と違って、家事労働という複雑な作業を行う使い魔の制作は非常に困難なんだが……」 「そうか……」  アレスが諦めかけると、 「だが、やってみよう。祖国を取り戻してくれたお前には何か贈り物でもやりたいと思っていたからな」  と請け負ってくれた。  まさかヒルデが贈り物をくれるつもりだったなんて、とアレスは感激した。  そして予言絵巻公表の数日後、ヒルデが白鳩のデポを腕に止めて、新居に訪問してきた。  レリエルはうっと顔を引きつらせ、アレスは喜びの声を上げる。 「おーデポ!久しぶりじゃないか!」 「喜ベ、アレス!可愛イオレサマが、ぷれぜんとダ!」  デポがアレスの腕に飛び移って、バタバタと羽ばたきながら言う。 「ん!?」  ヒルデはため息をつきながら、 「なんだ『デポ』ってのは、妙な名前をつけおって……。使い魔258は貴様に懐き過ぎてしまった、貴様に会わせろと毎日うるさくて仕方ない。だからこいつを改造することにした。もともと俺の作った使い魔の中でも特に出来のいい一体だから正直惜しくもあるが、まあ貴様はそれだけの仕事をしたからな。掃除も洗濯も料理もとりあえず出来るはずだ、あとは実地訓練してやってくれ」  そう言ってから、デポに命じる。 「人型に変われ、258」 「クルックー!」 「「人型!?」」  アレスとレリエルはまさかの言葉におののきながら、デポの変化を固唾を飲んで見守った。  デポはバタバタと羽ばたきながら形状を変化させ……。  人間……と言うよりは、鳥人間、的な何かに変身した。  アレスがどもりながら言う。 「サ、サーカスのテント前で風船配ってる鳥の着ぐるみ的なやつ!」  全身が白い羽毛で覆われた、頭でっかちのちょっとずんぐりした鳥人間。身長はレリエルより若干小さいくらい。百六十センチメートル前後か。  大きな顔は、鳩である。つぶらな瞳に、とんがるくちばし。胸から腹はぽっこり膨らんでいてふわふわ。先っぽに羽が突き出るお尻は愛嬌たっぷりだ。腕は鳥の翼のようだが、先端には人間のような五本指の手がある。手袋でもはめてるみたいに、真っ白な羽毛だらけの手。足は鳥らしい、前三本、後ろ一本の鉤爪だが、だいぶ太くなった。 「ヨロシクなー!」  人型デポは嬉しそうに言った。  アレスは苦笑いしながら腕を組む。 「うーん。サーカスの着ぐるみだと思えば可愛いが、デポだと思うと非常に違和感があるなぁ。デポの作った料理……。チキン料理とか食べるの、なんかなぁ~」  レリエルは目に涙を溜めて拒絶した。 「冗談じゃない!こんなの絶対にいらないっ!」  ヒルデがごほん、と咳払いをした。  そして場が凍りつきそうなほど冷たい声音で、ボソリと言う。 「……俺はこの一ヶ月、こいつの製作のために、一日三時間しか寝てない」  二人は「うっ」と押し黙った。  アレスは無言で人型デポを、キュッと抱きしめた。  デポが嬉しそうに喉を鳴らした。 「ようこそ我が家へ!よろしくなデポ!ありがとなヒルデ!最高の贈り物だ!」 「はあ!?」  アレスはレリエルの素っ頓狂な声を聞き流し、フードの中でまだ不機嫌そうに口を曲げてふいっと顔を背けているヒルデの肩に腕を回す。 「お前はさすが天才魔術師だ!この恩は一緒忘れないぞ親友!」 「黙れ、もういい、持って帰る」 「ああ、それがいい!持って帰れ!今すぐ帰れ!」  レリエルの声は再び流され、アレスはなだめる口調でヒルデに言う。 「いやいやいやいや!そんなこと言うなって大事にするから!デポは今日から家族の一員だ!なーデポー?」 「クルックー!」  二度も無視されたレリエルは、わなわなと震えながら叫んだ。 「アレスの、馬鹿ぁぁぁぁっ!!」 ※※※  そんな訳で、アレスの家には世界で一体の、家事ができる使い魔がいる。  デポはなかなかの頑張り屋だった。  最初の頃こそ皿を割ったり洗濯物をボロ雑巾のようにしてしまったり、色々やらかしていたが、レリエルにぷりぷりと叱られながら、二週間程でめきめきと家事を上達させている。 「何をどうしたらホワイトシチューが茶色くなるんだよ!」  レリエルに怒られたら、 「肉、焦ゲタ鍋デ、ソノママ作ッタ!駄目カモッテ思ッタケド、ソノママ作ッタ!」 「馬鹿っ!駄目かもって思ったら相談しろよ!」 「デモ、オマエラ、ゴ主人。オレサマ、ケライ。ゴ主人忙シイカラ、聞クノ気ガ引ケル……」 「気が引ける奴は主人を『お前ら』って言わないし自分のこと『俺様』って言わないんだよ!いいからなんでもちゃんと聞け!あ、アレスに聞くなよ、テキトーだからなあいつは」 「分カッタ。オマエ、結構イイヤツダナ」 「ほんとに僕のことご主人って思ってる!?」  と言った具合に、むしろアレスよりレリエルの方がデポの世話を焼いている。  アレスはそんな二人(?)を見て微笑ましそうにニコニコしているのが常だ。  そして今、レリエルが風呂場の方から、眠る白鳩を手に抱っこしてやって来た。 「まったく、変なとこで寝て!」  言いながらレリエルは、余っていた部屋にしつらえた、デポ用のクッションの上にそっとのせてやる。 「風呂場で寝てたのか?」  後ろから覗き込みながらアレスが尋ねる。 「うん、風呂掃除の途中で疲れて鳩形態に戻って寝ちゃったみたいだ。こまめに休憩を取ればいいのに、馬鹿なくせに頑張りすぎる、こいつは」  デポは胸の羽を膨らませて顔を埋めてスヤスヤと寝ている。レリエルはそんなデポの頭を、指で優しく撫でた。 「……触れるようになったんだよなぁ……」  アレスのしみじみとした一言にはっとしたように、レリエルは慌ててデポから身を離す。 「なっ、なんだよっ」  赤くなるレリエルに、アレスはにっと笑った。 「白い鳩、可愛いよな~」 「ちっとも!ただの下等生物だ!」 「よし、犬とか猫とか飼ってみるか?」 「買うわけないだろ!家にバケモノなんて一匹で十分だ!……って、なにニヤニヤしてんだよ!」 「いや、犬や猫と戯れるレリエルを想像したらすげえ可愛い」 「なんだよそれ……」  上目遣いで睨むレリエルの額に、アレスがキスをした。 「う」  レリエルは照れた顔で、キスされた額をおさえる。アレスはそんなレリエルに愛情たっぷりの視線を送りながら、 「もうすぐだな、俺たちの結婚式」  数日後、ジールが手配してくれていた結婚式が行われる。 「うん……。全然どういうものか想像できないんだが、なんか緊張する……」 「大丈夫、きっと最高の日になるさ」  アレスは目を細めて言った。  ささやかでも、二人の思い出に残る、心温まる結婚式になればいいと思った。 ※※※

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