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最終話 結婚式

「どっ……、どういうことですかこれは!」  絢爛な装飾を施した白い上着に赤いマントという花婿衣装姿のアレスは、ジールに詰め寄った。  馬車で連れてこられた結婚式会場は、想像していた小さなチャペルではなく、なぜか帝都最大の聖堂、キリア大聖堂だった。今、大聖堂前広場を、おめかしして何かへの期待に目を輝かす人々が埋め尽くしている。  アレスがいるのは、広場とは木立で隔たる馬車寄せの一角だ。今しがた、木立向こうの大群集を目の当たりにし驚愕したところである。  馬車に同乗していたジールは晴天をまぶしそうに仰いだ。 「いい天気でよかったですねぇ、結婚式日和!」 「どうしてキリア大聖堂に?ここって結婚式挙げるようなとこじゃないですよね!?」 「先代の皇帝陛下はここで挙式しましたよ?」 「こうていへいか!?」 「あ、ニコリス大司祭の前で永遠の愛を誓ったら、その後、馬車パレードがありますからね。それっぽい感じで観衆の皆さんに爽やかにお手振り願いますよ」 「ぱれーど!?」 「各国の要人もご招待しました。書記官も列席してますので克明に今日の様子を書き記して帝国公文書図書館に保管します」 「はあ!?」 「トラエスト皇帝から授けられた神剣を携えて戦った救世主と、トラエスト帝国が保護した守護天使の人類救出譚のフィナーレですからね。派手派手にいきましょう。で世界中の人々にトラエスト帝国が世界を救ったんだな、って印象を派手に強烈に植え付けます」 「は?トラエスト帝国がなんですか?」 「『トラエスト帝国は人類を救ったすごい国、トラエスト帝国は神に選ばれた正義の国』と世界の皆さんに思ってもらえると、今後の国家運営に非常に好都合なんですよ」  アレスは口をあんぐり開ける。  近々、帝都で大きな結婚式が行われるのは知っていた。だが皇族の結婚式と聞かされていたし、最近やたらと遠方に仕事に行かされていて、帝都内の事はよく把握できていなかった。  それもこれも、アレスにこの想定外の大規模結婚式を隠すためだったのか。 「政治利用する気満々じゃないですか!人の結婚式なんだと思ってんですか!」 「いいじゃないですか、ちょっとくらい私にも旨い汁吸わせてくださいよ」 「『ちょっと』ですかこれ!?あと俺はトラエスト帝国民じゃなくて、カブリア王国民です!『世界を救った』のはカブリア王国の騎士ですからね!?」 「じゃ公文書には注釈で出身地表記を致しましょう」 「出身じゃなくて俺は今も昔もずーっとカブリア王国民で!ていうか注釈!?」 「分かりましたよもう、細かい英雄さんですね。ほらほら、花嫁ご到着ですよ」  馬車寄せにもう一台、四頭立ての立派な馬車がやって来て止まった。御者が降車用のステップを広げて扉を開ける。最初に降りてきたのはシールラだった。シールラはアレスを見ると、興奮気味に振り向いて馬車の中に話しかける。 「アレス様もうついてますよぉ!シールラの見立てたウェディングドレス、見せるの初めてでしょう?ドキドキですねぇ!」  差し出されたシールラの手をとり、レリエルが馬車から出てきた。  純白のウェディングドレスに身を包んだレリエルが、足元を気にしながら降りて来る。  大きく広がる長いスカートはふんだんに重ねられたレース。華奢な肩を大胆に晒し、胸元は真珠と薄紫色の糸で可憐な花模様が描かれている。この薄紫は、レリエルの髪色に合わせたものだろう。  紫がかった金髪は丁寧に結いあげられ、白金のティアラを載せている。その上に、顔を隠すだけの小さめのベール。  背中の小さな羽は陽光に煌めき、その神秘的な存在を堂々と主張している。  まるで妖精の国からやってきた聖なる姫君だ。  口を半開きにして放心したように見つめるアレスの前に、ゆっくりと近づく。  レリエルは照れ臭そうに、こう言った。   「に、人間の服は、華やかでなかなかいいな……」 「う、あ、う……」 「もうしっかりしてくださいよアレス様ぁ!はい、ここから先はアレス様エスコートですよ!」  シールラに檄を飛ばされ、レリエルの手を握らされる。  絹の長い手袋をはめた華奢な手をつかみ、アレスは麗しすぎる花嫁をひたすらに見つめてしまう。   「すごく、綺麗だ……。とても似合ってる……」  レリエルは恥ずかしそうに顔をうつむけ、口元を綻ばせた。 「ア、アレスもかっこいいぞ、その格好……」  ジールがにこにこしながら手を叩く。 「じゃあ大聖堂の中へ!みんな待ちかねてますよ!」 (曲者宰相め……)  心の中で悪態をつきながら、アレスの目はすっかりレリエルに奪われてしまっていた。 (教会なんてどこでもいい、レリエルと結婚するんだ俺は)  アレスは美しい花嫁の手をきゅっと握りしめる。 「行こうか。結婚式、しよう」 「うん……」  レリエルは恥じらいながら、こくんとうなずいた。   ※※※  広大、壮麗な大聖堂の中は、帝国はもちろん世界中から集まった要人で埋め尽くされていた。  聖なる光あふれる魔法のステンドグラスは今、愛の天使ピートーが花嫁と花婿を祝福する古代の婚礼の絵柄に変化していた。  錚々(そうそう)たる要人たちの注目の祭殿の前、大司祭のニコリスが祝福の祈りの後に二人に問いかける。 「病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も、生涯変わらぬ愛を誓いますか?」  頭を垂れたアレスは、強い意志を込めた声で宣言する。 「誓います」  レリエルも、もじもじした様子で宣言する。 「ち、誓います……」 「では、誓いのキスを」  アレスは緊張の面持ちでレリエルのミニベールを持ち上げた。  アレス以上にカチコチになっているレリエルの口に、触れ合うだけのキスをする。  唇を離した瞬間の、幸せそうに微笑むレリエルのあまりの可愛さ。  思わず両手でその細腰をつかみ高く抱き上げてしまった時。  大聖堂に集まった人々から割れんばかりの拍手と歓声が上がった。  持ち上げられたレリエルは顔を真っ赤にする。 「わっ、馬鹿、やめろよ恥ずかしい、降ろせよ!」 「パレードでも何でもやってやる!レリエルが俺の嫁だって世界中に自慢したくなった!」 「な、なんだよそれっ」  アレスはレリエルをお姫様抱っこして、拍手喝采の中、大聖堂の光刺す入り口に向かって歩き出す。  二人の両脇から、祝福の花が雨のように降ってきた。たくさんの列席者の中には見知った顔がいる。  アレスが歩みながら腕の中のレリエルに笑いかける。 「ほら、みんなも俺達を祝ってくれてるぞ」  聴力の高い天使の耳と、天使と同じ聴力を身につけたアレスの耳に、聞き馴染みの声が聞こえてきた。  一番高い皇族席にいるプリンケは、頭に水色のベールをつけてミニウェディングドレスの装いだ。ユウエンに抱かれながら嬉しそうにシャボン玉を吹いている。ちなみにユウエンは何故か男装をさせられている。ピンク色のマントをつけて、花婿衣装のようないでたちだ。 「とっても綺麗じゃぞ、レリエル!余もユウエンと結婚ごっこじゃ!」  その隣に立ち感極まって泣きながらシャボン玉を星形やハート型に変形させる術を施しているのはミークだ。 「俺、こんな超上級の立ち位置で列席しちゃって夢みたいです!勇気出して田舎から出てきて良かったぁ!」  その術を少し離れた場所からハラハラして見ているのはヒルデ。 「術に集中しろ、形が崩れてるぞミーク。各国のお偉方が来てるんだ、下手な演出で陛下に恥をかかせるな」  重臣たちの間でうんうんとうなずきながら拍手しているのはキュディアスだ。 「やっぱいいなぁ、結婚式。俺もそろそろ身を固めようかなぁ。ああでももうちょっと独身謳歌しようか、うーん」  列席者たちの最後方、全てを見回しながら満足げに微笑んでいるのはジール。 「いいですよ、二人とも完璧です!帝国の未来は明るいです!」  聞こえてくる知り合いたちの声にレリエルがぼそりと突っ込みを入れた。 「あれ、祝ってるか?」  アレスは苦笑する。 「う、うーん……」  レリエルは抱っこへの抵抗を諦めた様子で額をアレスの胸に寄せる。  小さな声で囁いた。 「でも、幸せだ……。夢……みたいだ……」  アレスは笑みを浮かべる。 「夢なもんか!」  大聖堂を出て、陽光刺す青空の下に英雄と守護天使はその姿を表す。  大聖堂前を埋め尽くす大群衆が、二人を出迎えた。 「救世主様!」 「守護天使様!」 「世界を救ってくれてありがとう!」 「レリエルさん、アレス様、とおっても素敵ですぅうううう!」 「やっぱりいい男ねぇ!でも悔しいけど天使様には敵わないわ、綺麗すぎるもの」  民衆の声に、外で待ち構えていたシールラとメイド達の声が混じる。  レリエルは真っ赤になってアレスにぎゅっとしがみつく。 「ほ、ほら、やっぱり夢だ……」 「夢じゃねえって」  群衆が割れて馬車への道を作る。花の舞い散る中二人は進む。  アレスにしがみつくレリエルが、しみじみとつぶやいた。 「本物のヨメになるのって、大変なことなんだな……」  とうとう我慢できなくなったアレスは、抱き上げたままその唇を奪った。 「んっ……!」    驚く天使を抱きかかえ、熱い口づけをする救世主。  沸き上がる歓声と口笛。  高く澄み渡る青空の下、大聖堂の鐘が美しく響き渡った。  世界中に平和の訪れを知らせるように。 ——「禍ツ天使の進化論」、完—— 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 物語は以上になります! 長いお話でしたし最後まで読んで下さった人……はあまりいないような気がしていますがw もし万が一、一人でも、この物語を最後まで読んで下さった方いらしたら! 是非是非リアクション、コメント等いただけたら嬉しいです(TT)

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