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第17話 昔の話
あれから数日が経った。
フィストは相変わらず変わりはない。ただ、俺との関係は少し変化があった。フィストが真っ赤になって逃げることが減った。最近は戸惑いはあるものの最初よりましになって顔を赤くさせる程度になった。それに、毎晩セックスはしっかりしている。
ある朝。
フィストが仕事に行った後に、俺はある事に気が付いた。
「あれ?フィストランチを持って行くの忘れたのかな」
最近、ランチ作りが習慣になっていて、今日も勿論フィストに渡した。
しかし、それが玄関の棚に置きっぱなしだった。
「今日、少し遅刻しそうだったからな……」
昨日、少し寝るのが遅くて二人して寝坊したのだ。慌てて出て行ったので忘れたのだろう。
「まあ、今まで自分でどうにかしてたんだから一日くらい大丈夫だろう」
勿体ないから、今日の自分の昼食にしてしまえばいいそう思った。
「あ、でも今日は出かける用事があったんだっけ。ついでに届けにいくか……」
今日は不動産屋と数件物件を回る予定だ。予定は午後からだから、早めに出て約束の時間の前に向かえばフィストに渡せる。
早速俺は出かける準備をして、家を出た。車に乗り、フィストの勤める軍施設まで向かう。
施設に辿り着くと、門の守衛に話しかけた。
「失礼、フィスト・グロスに用事があるんだが、入れてもらえないか?」
「あー、すいません。一般人はここには入れませんよ」
守衛は俺の姿を見るとそう言った。
「やっぱりか、じゃあ。フィストにこれ、渡しておいてくれないか?」
「えっと……あなたは?」
「俺はヤンだ。フィストに伝えて貰えばわかるよ」
「分かりました。えーっとヤン……あれ?もしかしてヤン・カーリズですか?」
守衛が何かに気が付いたようにそう言った。
「うん?何で俺の名前を知ってるんだ?」
「それは知ってますよ。有名人ですから。グロス教官とバディで魔王を討伐したもう一人でしょ?ここでは知らない人はいませんよ」
頷いたとたん、守衛は目を輝かせてそう言った。
「ええっと……」
まさか、こんな事を言われると思わなくて驚く。
「あ、ヤンさんなら中に入ってもらっていいですよ。良ければご案内します」
守衛はいきなり丁寧な喋り方になり、張り切った感じで守衛室から出てきて案内しようとする。
仕方なく俺は案内されるまま車を止めたあと施設に入った。
「そういえば、グロス教官にどういった用事が?軍は辞められたんですよね?それとも戻られるんですか?」
「いや、まさかそんな事ないよ。今、色々あってフィストの家に世話になってるんだ。で、今日は忘れものがあったから届けに来たんだ。正直こんな風に案内してもらうほどのこともないんだが」
俺は苦笑しながら言った。
「そうだったんですね。案内の事はお気になさらないでください。むしろ光栄です」
相変わらず守衛は目をキラキラさせて言う。
「それならいいけど。でも、俺はそんなに凄くないだろ。魔王を倒した時もほとんどフィストの実力だからな」
「そんなことないですよ。魔王と戦うのに一人では無理ですよ。バディのサポートは必須ですから。それにグロス教官もあの時はヤンじゃなかったら倒すことは出来なかったっておっしゃってましたから」
「え?そんな話してたのか?」
そんな風に言われて、思わず顔が赤くなる。守衛はそれを聞いて嬉しそうに頷く。
「っていうか、フィストはここでは随分尊敬されているんだな」
「ええ、それはそうですよ。グロス教官は大学出のエリートですけど、他の学歴だけよくて口だけの教官とは違って実践での実力がありますし、なによりあの魔王を二人だけで倒したんですよ凄いことです」
守衛はまるで自分のことのように嬉しそうに語ってくれる。
「まあ、確かにフィストは学歴もあってあれだからな……」
ディアボルスの討伐は体力と実践が物を言う。その分学歴しかない軍人は嫌われる。そのくせ、学歴があると簡単に地位が上がって上司になったりするものだがら。たたき上げで軍人になった人間にはそれも面白くない。
軍時代もフィストが入った時は、一部の奴には嫉妬交じりに学歴だけの使えないエリートが来たと揶揄されていた。
それでも、一度目の討伐で魔王を討伐して帰った時は明らかにみんなの見る目が変わったていた。
「あ、あれ見て下さい」
守衛がそう言った先にあったのは大きめのパネルに貼ってある写真だった。何枚か貼ってあってその中に俺とフィストが倒した魔王の骸骨の前で記念撮影している写真がある。
「うわ、懐かしいな。こんなところにも飾っているのか」
その写真にはちょっと気の抜けた笑顔で映っている俺と硬い表情で立っているフィストが映っている。
魔王が出現する事は珍しく、それを倒せるとそれだけで階級が一つ上がったりする。褒賞金も高額で、そのお陰で俺は店を出せる金が出来た。
昔いた軍施設には飾られていたが、ここでも飾られているとは思わなかった。
ここで、名前を知られていた理由はこれか。
「本当に凄いですよ。俺だったら一目散に逃げてますよ」
「いや、俺も逃げたかったんだけどな。逃げる余裕もなくて戦うしか無かったんだよな」
そう言うと守衛はまた目を輝かせる。
「良かったら、その時のお話聞かせて下さい」
「あれ?もしかしてヤン・カーリズ?」
その時、通りかかった集団の一人が気が付いて声をかけてきた。その声に、他の人も気が付いてわらわら集まってきた。
「え?ヤン?本当だ」「凄い、なんでここに?」「俺も話聞かせて下さい」
「ええと……」
一気に色々質問されて、困って頭を掻く。
フィストにランチを届けに来ただけなのに、なんだか大事になってしまった。時間はあるからいいのだが、どう対応するべきなのか迷う。
「おい、なにをしてるんだ?ん?ヤンか?」
その時、いつもの聞きなれた声が聞こえた。
「フィスト」
「あ、教官。ヤンさんがご用で来られてます」
フィストは状況をぐるりと見て、大体何があったのか察したようだ。
「ヤンさん良ければ昼食を一緒にしませんか。色々お聞きしたいです」
「あ、俺も一緒していいですか?」
「俺も俺も」
周りに集まった軍人たちが口々にそう言い始める。
「えっと……」
一気に言われて戸惑う。
その時フィストがちょっと怒ったような顔で間に入った。
「そんな事より仕事はどうしたんだ?早く仕事に戻れ」
フィストはそう言って追い払う。周りに詰め寄ってきていた者たちはフィストが怒っているのに気が付いて、慌てた顔になる。
「ヤンも来い。邪魔をするな」
そう言って、フィストは俺の腕を掴んで連れていく。
「お、おい、フィスト……」
連れられた場所はオフィスだった。おそらくフィストが使っている部屋なのだろう、一人用で大きな机がおいてあり、書類が山積みになっている。
「ヤン、一体なんの用だ?」
フィストは相変わらず怒ったような顔で言った。
「ランチを忘れたでしょ?」
俺はそう言って持って来たランチを持ち上げて見せる。
「あ、ああ。そうだったな……」
「出るついでがあったから持ってきました。俺もまさかあんなに人に囲まれるとは思わなかったですよ。通りかかってくれて助かりました……っていうかフィスト、なんか怒ってます?」
フィストは部屋に入っても相変わらずムスッとした表情のままだ。
「む、別に怒ってはいない」
さらに眉間にしわを寄せフィストは言った。
「明らかに怒ってるじゃないですか」
俺は苦笑しながら言う。
「本当に怒ってない……でも、あんな風に他の奴と喋っているのを見ると……」
「見ると?」
「胸が苦しい……何でだろう。こんな事言う資格もないのに……」
「喋ってただけで?」
「笑いかけるのも止めてほしい、ヤンは誰にでも優しすぎる」
フィストは思い出したのか、またムスッとした顔になる。
「なんだか、嫉妬してるみたいですよ」
苦笑しながら言うと、フィストは途端に困惑した顔になる。
「俺は嫉妬してるのか?」
「違うんですか?」
「……分からない」
「フィストは、今まで嫉妬もしたことがないんですか?」
以前は恋とか好きとかも分からないと言っていたが、これもよくわかっていなかったようだ。
「もし、これが嫉妬ならないな……物凄く嫌な気持ちだ……」
フィストは悲しそうな辛そうな顔をして俯く。
「でも、俺は嬉しいけどね」
俺はそう言って机に手をついて身を屈めると、俯いているフィストにキスをする。
最初は軽く触れるだけ。次に驚いて顔を上げたフィストの膝の上に座り、さらに深くキスをする。
舌を入れ唇を軽く噛む。
「っん……ヤ、ヤンやめろ、ここは仕事場だぞ」
フィストは顔を真っ赤にさせ、俺を押し離す。
「大丈夫ですよ、部屋に入って来ない限り見つかりませんよ。それに、ちょっと興奮しませんか?」
「な、何を言って……」
「みんな想像もしてないだろうな。フィストが家で俺とぐちゃぐちゃになるまでセックスしてるなんて」
そう言うとフィストはオロオロしながら、さらに顔を真っ赤にさせる。
「そ、そんなこと……」
フィストはもう言葉も出ないようで口をパクパクさせだ。流石に可哀想なので軽くキスをしたあと離れる。
「じゃあ、続きは家でしましょう。ランチも届けたしもう帰りますね」
立ち上がりそう言うと、フィストは疲れたように机に肘を付く。
「まったく……」
「ん?どうしたんですか?」
「いや、これならディアボルスと戦っていた方が方が楽だなと思って……」
フィストは心底疲れたように言った。
俺はそれを苦笑しつつ尻目にオフィスから出た。
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