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第19話 不安の元凶

先に寝ておいてくれとフィストは言っていたが、その通り夜になっても帰って来なかった。 しかも、フィストはその翌日も帰って来なかった。 こんなに長時間、帰ってこないなんて今まで無かった。軍で何かあったのだろうか。 少し心配になってきたところでフィストから電話が来た。 「え?魔王が?」 何でも、フィストが勤めている軍施設が管轄する地域に魔王が出現したらしい。 『そうなんだ。しかもかなり大きいようだ。しばらく、これの対処にかかりっきりになりそうなんだ』 「分かりました、気を付けて下さい」 そう言って電話を切った。 「魔王か……」 思ったよりも大事になっているようだ。フィストが帰っても来れないと言う事は、もしかしたら討伐に出ていた部隊が壊滅でもしたのかもしれない。 テレビを付けてみると、ちょうどこのことが速報として報道されていた。 「大変だな……下手したら街にまで来ることも考えられるから、そりゃフィストも帰ってこれないな」 キャスターは危険なのであまり外には出ないようにと山には絶対入らない事。それから、避難勧告も出るかもしれないから準備をしろと言っている。 状況はかなり逼迫しているようだ。 とは言え、魔王は全国的にも年に一度は出現している。その度に対処は出来ているが、その都度犠牲者は出るのだ。 軍を辞めてしまった俺はもう関わる事は出来ないが、心配になる。 「大人しく待つしかないな……」 俺は、心配だったがそう言ってなんとか自分の気持ちを落ち着ける。 それから数日が経ったが、やはりフィストは帰ってこなかった。状況はあまり良くなっていないようだ。魔王に関する報道はどんどん増えていて、危機感も高くなってきた。 ********** 静かな家に、電話の音が響いた。 フィストかと思って急いで出ると、相手はフィストの元奥さんリリアスだった。 どうやら、ニュースを見てフィストの事を心配して電話をしてきたようだ。 「すいません。俺もフィストが今どうしているか分からなくて……一応、悪い知らせもないので大丈夫だと思いますが……」 魔王のニュースは連日報道されている。しかし、軍が何をしているのか今、どういった状況なのかは詳しくは分からない。機密なのだから当然だが、知り合いなら心配するのは当然だ。 『いいのよ。なにか分かればと思って電話しただけだから。教えてくれてありがとう。ヤンは大丈夫なの?避難なんて話も出ているみたいじゃない?』 「俺は大丈夫ですよ。身軽ですし、一応元軍人ですから。いざとなればすぐに逃げます」 『それならいいんだけど……』 「もし、なにか分かればご連絡いたしますよ」 『ありがとう。ヤンも私に出来ることがあったら言ってね』 リリアスがそう言った。あれから話すのは二度目だが、こんなに気を使ってくれて本当に優しくて親切な人だと思った。 「ありがとう、あなたも気を付けて。じゃあ」 『ええ、また…………あの』 電話を切ろうとしたところで、リリアスがそう言った。 「うん?なんですか?」 『あなたと、フィストは恋人同士なの?』 「っえ?……えっと……」 突然言われて、頭が真っ白になる。声が詰まって明らかに動揺してしまった。これではバレバレだ。 『やっぱり、もしかしてと思ったけど……』 「い、いや。正確に言うと違うんですけど……」 一応、そうは言ったものの言い訳にしか聞こえない。 不倫をした訳ではないが、物凄く気まずい気持ちになる。 『いいのよ、私の事は気にしなくて。フィストとは別れているし』 「どうして……その……」 『なんで分かったかってこと?』 「え、ええ。その、俺と会ったのは一度だけですし……」 『フィストとは長い付き合いだもの。それに、何となくフィストは男の方が好きなんじゃないかって思ってたの』 「それは……」 それを聞いてやはりと思う。本人はゲイじゃないと言っていたが、近しい人にはわかるのだろう。俺も、確信はなかったがそうじゃないかと思っていた。 『もしかしてと思ったのは結婚してしばらくしてからだったわ。フィストはとても優しいし、私の事を大事にしてくれてたんだけど、その態度は本当に子供の頃から変わってなかった。私は恋人でも妻でもなくてただの友達と変わらなかった』 リリアスは淡々と話す。 『思い返せば、思春期の頃も異性になにか関心があるように見えなかった。あのくらいの年で興味がないなんていまから考えるとおかしい。でもフィストは誠実で真面目だったから、おかしいとは思わなかったの』 「なるほど……」 『多分、フィストは自分がそうだって事も気が付いてなかったんじゃないかな。まあ、気が付いていて。知らないふりをしていたのかもしれないけど』 「フィストはそんな器用なことは出来ないと思う……」 そう言うと、リリアスはクスリと笑う。 『確かにその通りね』 「でも、どうして俺と恋人だと思ったんですか?」 『家に荷物を取りに行った時の事を覚えているでしょう?』 「ええ、初めて会ったときですね」 『そう、それでフィストが帰って来た時。あの時の顔を見て分かった』 「それだけ?」 『ええ、一目でわかったわ。フィストがあなたを見た時の顔』 「顔?」 『そう、あんな甘ったるい顔したフィストは初めて見たわ。それに、私の事も視界に入っていたはずなの、にあなたばかり見ていて私に気が付きもしなかったじゃない』 リリアスは思い出したようにクスクス笑って言った。 「そうでしたか?」 『そうよ、あの顔を見て、フィストがゲイなんだって確信を持てたんだもの』 自分では分からないが、付き合いが長いとそうなのだろうか。 「あの……怒ってますか?」 『うーん、フィストと離婚した時は何でこんな事にって思ったし。腹もたったけど。今は仕方が無かったと思ってる。それに、私は今幸せだしね』 「あ、そうだ。ご結婚されるんですよね。おめでとうございます」 リリアスが帰った後、フィストにそんな話しをきいた。 『ありがとう。フィストのことお願いね。フィストとは夫婦にはなれなかったけど、親友なのはかわらないから。泣かせたら怒るわよ』 リリアスは少し笑いながらも、真剣な声で言った。俺は苦笑しつつもそれに答える。 「気を付けます」 そんな会話をしたあと、俺は電話を切った。 「流石、女の人は勘が鋭いな。分かるんだな……」 しかし、フィストとは幼馴染で付き合いも長いと言っていたしそんなものかもしれない。 「フィストは今何をしてるのかな……」 フィストの事を思い出す。家の中がやけに静かに感じた。 最近フィストの同級生や元奥さんからフィストの事をやたらと聞く気がする。そこで聞くフィストは誠実で真面目で優しく、理想的な人間だ。 でも俺が知ってるフィストは嘘をつくし、突然軟禁するしそのくせ不器用で生活能力もない。 自分の気持ちにも気が付かず、好きだって言ったら真っ赤になって狼狽えて俺より体もでかいのに怖がって逃げたりする。 でも、作った料理を美味しそうに食べてくれたり、俺の顔を見ただけで満面の笑顔になったりする。 近づくと赤くなる癖に、ベッドで一緒に寝ると朝までずっと抱きしめたまま離さない。 体も大きくて男らしい姿なのに、誰よりも可愛いと思う。 猛烈にフィストに会いたくなった。 そういえばフィストとは再会してからこんなに会わないのは初めてだ。 静けさに耐えられずテレビを付ける。丁度ニュースがやっていた。キャスターが深刻そうな顔で言った。 『……に緊急事態宣言が出されました。住民はすぐに避難してください。繰り返します……』 どうやら、とうとう最悪な事態になったようだ。 最前線にはフィストがいる。途端に胸が苦しくなってきた。 俺は考えるより先に車の鍵を手に取ると車に乗った。そして、フィストのいる軍基地に向かった。 「ヤンさん?どうしたんですか?避難勧告が出てますよ。早く逃げて下さい」 施設に着くと守衛に止められた。この間案内してくれた奴だ。 「今、どんな状況なんだ?」 「……実は魔王が出たのはご存知だと思うんですが、それが同時に二体出現したんです」 「二体!!」 「そうなんです。最初に見つけた部隊はなんとか逃げられて知ることが出来たんですが、その後討伐に向かった部隊はことごとく消息不明になってまして……どんどん街に近づいているんです。しかも、その部隊にはフィスト教官もいるんです」 俺は唖然とする。思った以上に状況は悪いようだ。 「……なにか俺に出来ることはないか?手伝いたいんだ」

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