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第20話 俺の求めるもの
「手伝うって……いくらヤンさんが元軍経験者でも……」
守衛は困惑したように言った。それはそうだ、軍にいた経験があるとはいえ今は一般人だ。
流石に無理かと思ったその時、数人の男達が通りかかった。
「うん?なんだ?何をしている、一般人は入れないぞ」
「た、大佐。い、いえそれが……」
守衛は俺をチラリと見ながら状況を説明する。ついでに俺が元軍人でフィストとバディを組んでいたことがあることも説明した。
どうやら、声をかけて来たのはかなり地位が高い人物だったようだ。服には勲章がいくつもついていた。
「なるほど……それで、手伝いたいと」
「今は一般人なので、避難して下さいとは言ったのですが……」
守衛は俺をチラリと見て申し訳なさそうに言った。
「本来は駄目だが……状況はかなり悪い。人手も足りていない。今は緊急事態だ……」
大佐と呼ばれた人は難しい顔をしてそう言った。
「ブランクはありますが、トレーニングはしてますし魔力もあります。出来ることはなんでもします」
俺はダメ元で言ってみる。
「わかった……来てくれ」
大佐は少し考えたあとそう言って頷いた。
そうして、俺は軍人として一時的復帰することになった。
「具体的に今、どんな状況なんですか?」
案内されて、支給された軍服に着替えながら聞いた。
「今は討伐に向かう兵を再編成しています。討伐に向かった兵の何人かが怪我をしたみたいで、その救出もかねています。ただ、その連絡が途絶えてしまって……」
答えてくれたのは案内してくれた兵だ。疲れた顔をしていて、ピリピリしている。施設の中も同じようにみんなそんな雰囲気だ、その空気だけでも今の状況が相当逼迫していることが分かる。
「そんな状況なのか……」
怪我人を救出をするなら、討伐する事も難しそうだ。詳しく聞くと誰が怪我をしているのかも、どこにいるのかもわからない部隊もあるようだ。
その後、次に行う作戦会議が行われた。俺も参加する。
さっき簡単に状況を聞いたが、フィスト達は連絡が途絶えてからしばらく経ってしまったから、場所も生きているのかさえ分からないようだ。
今回の作戦は救出に向かう隊と討伐に向かう隊を編成するようだ。俺は救出部隊に編成された。
会議が終わると、少し武器を触らせて貰う。体力はそこまで変わっていないと思うが銃にはほとんど触っていないから少し勘を取り戻さないと、大変な事になる。
少し不安だったが、意外にも体が覚えていたようで自然と手が覚えていた。一通りの銃を解体して組みなおし弾を装填する。
一番早かった時よりは遅いがミスもなく出来た。
「ブランクがあるのに、流石ですね」
案内してくれた兵が、それを見て感心したように言った。
「ありがとう。まだ遅いけどな。試させてもらって助かった。とりあえず邪魔にならないように気を付けるよ」
「いえ、そんな……魔王を討伐した事がある方が一緒なのはこちらも心強いです」
そんな会話をした後、急いで準備を整えると早速出発した。
本来はもっと準備が必要だが、今は非常事態だ。そんなに時間はない。
編成は一台怪我人を乗せるためのトラックとその周りに守るためにバイクが並走する事になった。
俺はバイクに乗る。
時間が無くて地図を覚えていなかったり準備はまだ足りないが、とりあえず足を引っ張らないようにしないと頑張らないと。
バイクは昔、フィストと組んだ時に乗っていたバイクと同じタイプのものだ。サイドカーに荷物を乗せられるだけ乗せていざ出発となった。
「フィスト、待ってて下さい……」
**********
「無線機は直りそうか?」
フィストは機械を修理している兵に聞た。しかし、聞かれた相手は渋い顔だ。
「部品と工具があればできるんですが……」
「そうか……」
状況は最悪だった。フィスト達は魔王発見の報告のあった場所に来て、行方不明になった隊員と魔王の所在を探していた。
森に入り捜索すると、すぐに行方不明の隊員は見つけることが出来た。怪我をしていたり数人亡くなっていた。とりあえず怪我人を回収して本部と作戦をたてていた時、突然魔王が現れ襲われた。
しかも二体。
二体もいると思わなくて、兵は混乱した。
なんとか、逃げる事は出来たがさらに怪我人が出て、荷物も失い逃げる途中無線も使えなくなった。
なんとか、逃げ出したと言ってもさらに数人怪我人が出たので動けなくなった。
幸いなのは逃げながらも、なんとか魔王の一体は倒せた事だ。ただ、それで銃の弾が無くなってしまい戦う手段もなくなった。魔王はまだ一匹残っている、早く逃げなくては。
「隊長、怪我人を置いてとりあえず動けるものだけでも逃げては?」
「いや、それはダメだ」
「しかし、魔王がまた出たら全滅は免れませんよ……」
「……」
フィストは難しい顔をして押し黙る。部下のいう通りだからだ。しかし、ここに置いて行けば怪我人は確実に死んでしまう。ほおっては置けない。
魔王はどうしてか人間のいるところが分かるようで、すぐに見つかってしまう。
どちらにしても早く決断しないと、部下が言うように全滅してしまう。
その時、魔物の咆哮がした。魔王だ。
「っしまった!」
まだ猶予があると思ったが甘かったようだ。
「隊長!」
「仕方がない。動けるものは怪我人を連れて逃げろ!俺が引き付ける」
「でも……」
「早くしろ!」
フィストがそう怒鳴ると部下はやっと動いた。フィストは無謀なのは分かっていた。引き付けると言っても乗り物もない、しかも対抗できる武器もないのだ。
それでも今はこうするしかない。
フィストは部下が向かった方向を確認すると、魔王の目の前に飛び出し逆方向に走る。
魔王は上手くフィストの方に気が付き引き付ける事が出来た。
しかし、当然だが魔王の動きの方が早い。なんとか銃を撃つが小さな銃しか無くて何の反応もない。
必死に走るがあっという間に距離が縮まる。怪我人を運んでいる部下達もまだ見えるところにいる。
魔王が大きく腕を振りかぶった。
フィストがもうダメだと思った瞬間、いるはずのないヤンの声が聞こえた。
「フィスト!」
**********
「ヤン!」
フィストが今まさに、魔王に叩き潰されそうになっている。俺は攻撃力の高い銃でありったけの弾丸を打ち込む。流石に痛かったのか魔王は少し怯んだ。
そして、フィストの前にバイクを付ける。
「怪我はありませんか。フィスト」
「ヤン?本当にヤンなのか?なんでこんなところにいるんだ?」
フィストは唖然とした表情で聞いた。
「説明は後です!とりあえず乗って下さい」
魔王は少し怯んだとはいえまだ生きている。むしろそのせいで意識が全てこちらに向かっただろう。
他の兵が怪我人を回収しているはずなのでその方がいいが、急いで逃げないと。
唖然としていたフィストだったが、その言葉で我に返ったのかすぐにバイクのサイドカーに乗った。
俺はとりあえず怪我人を乗せたバイクとは逆の方に走る。フィストがさっきそうしていたように魔王の気を引く。
一緒に来た隊は二手に分かれ、一方は怪我人をトラックに乗せ早速ここから離脱していく。
もう一方は魔王に攻撃を加え、出来るだけダメージを与えていた。
幸いなことに魔王は完全に俺達の方に注意がいっているようで、怪我人を乗せたトラックは順調に魔王から離れていっている。
最初は驚いていたフィストだったが、すぐにバイクに積んであった銃や武器を手に取り魔王に攻撃を加えていく。
他の兵も魔王と距離を取りつつチクチクと攻撃を加える。
「とりあえず、今は逃げる事を優先させましょう。無理をしないで下さい!」
「わかっている。しかし、逃げ切れるか?」
「やってみるしかないです!フィスト、落ちないで下さいよ」
俺はそう言って、ハンドルを大きく切って魔王の動きを翻弄する。何度か真横に魔王の叩きつける攻撃が落ちてきたがなんとかギリギリ避けることができた。
しかし、この森に入ったのは初めてだしどこまで避けられるかわからない。下手な方に逃げて崖や川に出てしまったら逃げ場所も無くなってしまう。
正直、あまり自信はなかったが変な場所に出ないことを祈るしかない。
意識を集中させて攻撃を避ける。
チラリと後ろを向く。
怪我人は完全に魔王から注意がそれ、逃げられたようだ。
一応作戦としては怪我人を引き離せたら、みんなバラバラに動いて魔王から離れ、逃げることになっている。
この状況で、魔王を倒すのは危険だ。下手に怪我でもしたらまた救出に人を裂かなければならなくなる。
もう軍人をやめた俺を入れるくらいなのだから人手が足りないのは自明だ。
「っくそ……なかなか距離が取れないな……」
フィストはボソリと呟く。
そうなのだ、かなりバイクを走らせているし攻撃も加えているが魔王の勢いは衰えない。
周りからの攻撃も効いていないのか、たまに鬱陶しそうにするだけだ。
「やばいですね……」
なにか打開策を講じないと時間がたてばたつほどこちらが不利になる。
「ヤン、この先に両脇に切り立った崖のある道がある。狭い道だからそこに入り込めば逃げられる」
「わかりました。他のみんなに急いで離れるように言って下さい」
そうして、俺たちはその崖に向かう。フィストが上手く攻撃を当てていたので、魔王の注意は完全にこちらに向かっていた。
作戦はなんとか他の隊員に伝えられたので周りにいた兵は散り散りに逃げていった。
「間に合うか……」
崖に挟まれた道に入れればなんとか距離を開けられるが、そこまで逃げ切れるかわからない。
かなりギリギリだ。
「俺が一気に攻撃を加える。ヤンは運転に集中してくれ」
「わかりました」
俺はそう言って、上手くいってくれと祈りながらさらにバイクのアクセルをひねる。
この作戦はギリギリでなんとか上手くいった。本当にギリギリで魔王の叩きつける攻撃がすれすれのところでかすった。
しかし、そのおかげで魔王から距離を空けることができた。魔王は狭い道に挟まれ悔しそうに暴れている。
「よし!上手くいきましたね」
「ああ。しかし、気を抜くな。無事に戻らないと意味がない」
「そうですね。でも、どうにかなって良かった……」
俺はそう言ってホッと一息つく。まだ、魔王は生きているが、立て直しができれば挽回も出来る。
今回の作戦で怪我人も回収できた、人手不足という問題はまだあるだろうが、そんな事は俺が考えても仕方がない。
そう思っていたら、フィストが少し低いトーンで言った。
「なんで、ここに来たんだ?」
「え?」
「何で、こんな危険なところに来たんだ!もう軍を辞めているんだから、家で待っていればいいのに……」
「怒ってます?」
「それはそうだろ!一つ間違ったら大怪我どころじゃ無いんだぞ!」
フィストはそう言って、怒鳴った。こんなに怒っている姿は初めて見た。
「ありがとうございます、心配してくれて。でも俺も心配だったんです」
「だからって……」
「ごめんなさい、どうしても、フィストに会いたくなった」
「っヤン……」
その時、突然轟音がした。
「っ!何だ!」
轟音がした方を見ると、その轟音を起こしたのは魔王だった。どうやらまだしつこく追って来たようだ。
崖を昇り、俺達が崖から抜けたところで飛びかかってきたのだ。
やっと距離を空けられたと思ったのに、振り出しに戻ってしまった。
緩めていたアクセルをひねる。
「フィスト、どうします?なんとかさっきの崖の道に戻りますか?」
あの道の中は魔王は入って来れない。最悪そこに籠りながら攻撃することも出来る。
「いい考えだがぐるりと回って引き返すのはスピードも落ちる。それは流石にリスクがある」
「じゃあ、どうすれば……」
逃げ続けるのも限界がある。まだガソリンは残っているがいつまでももたない。
「……いいアイデアがある」
フィストが難しい顔をしつつそう言った。
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