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第22話 家に帰る
「凄いな……」
俺は、病室にあるテレビを見ながら呟いた。今は、身の回りの物を整理してバックに片付けている。
まだ松葉杖を使っているが、一人である程度生活できそうなくらい治ったので退院出来ることになった。
全治は一か月、あとは家で安静にしながら通院して治す予定だ。
テレビでは、今回の魔王出現の事がニュースが流れている。
魔王は討伐出来たので避難勧告は解除され、街には日常が戻った。森には魔王にやられて戻って来ない兵がいるので、その捜索を続けている。
おそらく、生きている確率は低いが、それが終わればこの魔王討伐は完全に終了だ。
「あ、フィストだ」
テレビにフィストが映った。
フィストは真面目な顔で、インタビューを受けている。フィストは今回の事で有名人になった。
なんせ、魔王を二体も倒したのだ。勿論一人ではないし他の隊員の力もあるのだが、過去に倒した実績もあり、実質隊長として指揮していたので目立つ結果になった。
元々地元では優秀な人間として有名だったこともあり、英雄のような存在として持ち上げられている。
全国的にも魔王二体が出現するなんて滅多にない事なので、有名なニュース番組に呼ばれたりしていた。
そのせいで、テレビでフィストの顔を見ない日はない。
「ヤン、今いいか?」
ドアがノックされフィストが顔を出した。
「フィスト!なんだか久しぶりですね」
「すまない、色々忙しくて来れなかったんだ」
フィストは申し訳なさそうに言う。
「テレビで見てましたよ。人気者ですね」
「まさか、こんなことに大騒ぎになるとは思わなかったよ」
フィストは本当に困ったように言って、ベッドの横に置いてある椅子に座った。
「フィスト、何だか疲れてないですか?体は大丈夫ですか?」
よく見ると、フィストの顔には疲れが現れている。フィストは幸いなことに大きな怪我もなかった。
だから、少し治療と検査のために休んだ後はインタビューや仕事に駆り出されてしまった。
俺も何度かインタビューを受けたが、あまり目立ちたくないし疲れるとフィストにこぼしたら変わりに盾になってくれたようだ。
俺に来たインタビューは、全部フィストが代わりに受けてくれた。
「ああ、少し疲れてはいるが大丈夫だ」
「本当ですか?まあ、フィストは体力ありますもんね。魔王を直接殴ったりするし……本当になんで大丈夫だったんですか?」
俺は心配しつつも呆れて言う。
あれは本当に謎だった。素手で魔王を殴ったのだ。あんな事をしたら怪我どころじゃないはずだ。
それなのにフィストはかすり傷程度しか負ってなかった。
「俺も、よくわかって無いんだが……」
そう言ってフィストが話してくれた。
それによるとフィストはあの時、無意識に強力な魔法を使ったらしい。
「え?そんな事があるんですか?」
人間の一部には魔力がある、俺やフィストもその中の一人だ。魔力のある人間は大体左利きの人間と比率は同じくらい、そして魔力の量は人によって多少違う。
しかし、どんなに魔力が高くても生身で魔力を直接使う事は出来ない。できたとしても、体に付いたディアボルスの穢れた皮膚を取るくらいだ。皮膚の量が多いと逆に取ろうとした方が爛れてしまう。
それだけ、全体的に魔力の量が低いのだ。
魔力を有効に使おうと思ったら道具が必要になる。例えば銃を媒介し、銀の弾を撃つ事でやっと効果を発揮する。
「昔はこういった事が出来る人間がいたらしい」
「そうなんですか?」
「ああ、剣や特別な呪文を唱えることでそこに強力な魔力を纏わせて生身でもディアボルスと戦えたそうだ」
「そうだったんですね……」
「今はそんな技術も無くなってしまったが……」
「フィストはそれをやったってことですか?」
そんな過去の魔法をフィストが使ったのだろうか。
「どちらかというと、火事場の馬鹿力が近いみたいだ。再現しようとしたが出来なかったし、呪文も俺は知らないしな。助けなきゃって気持ちが強くでて。実力以上の力が出たんじゃないかと言われた」
「そんなことが……」
「まあ、同じ状況にでもならない意識的に同じことをするのは無理だろうな」
「あんな状況二度とごめんですけどね」
「でも、俺はあんな状況になったら同じことができる自信がある」
自信満々に言うフィストに俺は呆れる。
「だからって同じことはしないで下さいよ。上手くいくとは限らないんですから」
「ヤンが危険に晒されたら、命に代えても助けるよ」
フィストは真面目な顔をして、甘いセリフを吐いた。不意打ちに来た真っすぐな言葉に顔が赤くなってしまう。
「フィスト、自覚したからってそんな大げさに言わなくても……」
「大げさなんかじゃないよ。本気で思っているよ」
「でも……」
「むしろいままで言わな過ぎた。本当なら毎日でも愛してるって言いたいくらいだよ」
「やめて下さい。ここは一人部屋ですけど、誰が入ってくるかわからないんですから」
「分かってるよ。でも、早く二人っきりになりたいな。今日家に帰れるんだろ?」
フィストは少しソワソワしながら言った。俺はまだ車を運転出来ないので、今日は迎えにきて貰っていたのだ。
「はい、もう少しで準備が終わります。すいません、忙しいのに迎えに来て貰って」
「俺は、早く会いたかったし当然だよ。それにヤンの頼みならなんでも嬉しい」
「また、そんなことを言って……」
俺は顔が赤くなるのを自覚しながら言った。ついこの間まで、こっちが押していたのに形勢が逆転してしまった。
「車まで抱いて運ぼうか?」
フィストが冗談めかして言った。
「やめて下さい。その代わり荷物運んで下さい」
俺は押し付けるようにそう言って荷物を渡す。なんとか私物を纏め終わったので、俺達は病院を出た。
静かに退院したかったが、途中で職員に呼び止められて花を渡されたり、数人の記者がインタビューしに近寄ってきたりもした。
フィストがそれを全て引き受けたり避けてくれたので、なんとか車に乗ることが出来た。
「本当に、なんだか人気者にでもなったようですね」
「まあ、時間が経てばそのうち治まるだろう。それまでの我慢だな」
フィストは苦笑しながら言った。
「そういえば家はどんな状況ですか?ちゃんと掃除はしてますか?」
「あーまあ、一応努力はしたんだが……」
フィストは気まずそうに言う。
「まあ、あまり期待してなかったからいいですけど。俺は怪我が治りきってないのでなかなか出来ませんよ」
「まさか、帰ってすぐに掃除しろなんて言わないよ。指示してくれたら俺がやるから」
「街の英雄を顎でこき使うなんて出来ませんよ」
俺はからかうように言う。
「なに言ってるんだ。俺はヤンのためなら召使でもなんでもなるよ」
フィストはまた臭いセリフを言ってさらにはおでこにキスをする。
「っちょ、誰かに見られたらどうするんですか」
いくら車の中だからって大胆過ぎる。
「ごめん、ヤンがあんまり可愛いから我慢出来なくて……」
「もう……」
家に帰る前にこんな事では先が思いやられる。赤い頬を隠すつもりで窓の外を眺める振りをする。
以前フィストに無自覚な感じで似たようなことを言われたが、ここまで真っすぐに言われると今度は少し恥ずかしい。
しばらくして家に着いた。そこまで長く住んでいたわけではないが、やけに懐かしく感じた。
「思ってたより片付いている……かな?」
家に入って部屋を見まわす。部屋は多少物が散らかっているが、なんとか元の状態を維持しようとした形跡が残っていた。フィストなりに頑張ってくれていたようだ。
「ヤン……」
「フィスト、どうし……」
部屋に入った途端フィストに抱きしめられ、キスされた。
「ごめん、我慢出来なくて……しばらくこうさせてくれ……」
「ん……」
フィストは切羽詰まったように言って、さらに強く俺を抱きしめた。ざらりと舌が入ってきて一気に心臓が高鳴る。いきなりで驚いたがすぐに腕を回して抱きしめ返す。求めてくれた事が嬉しいし抱きしめあったことでフィストの体温を感じられて、やっと帰って来れたと実感した。
首を傾け、舌を絡ませあって相手の存在を確認するように何度も
どれくらい時間がたったか分からない。気が付いたら唇が痺れていた。
流石に呼吸が苦しくなって離れると、唾液でベタベタになっている。
家に入ったばかりで何をしているんだと可笑しくなって、思わず笑う。フィストもつられるように笑う。
「本当にごめん、怪我がまだ治りきってないのに……」
フィストはそう言いながらも、愛おしそうに俺の頬を撫でる。その指の感触だけでゾクゾクしたものが体を走った。もっとこうして触れて欲しいと思う。
「大丈夫ですよ」
そう言って手を重ねて軽く指を噛む。ゴツゴツした大きな手、思わず手で中を掻きまわされることを想像してしまった。
「ヤン……これでも我慢してるんだから止めてくれ……」
そう言ったフィストの声は擦れている。熱の籠った視線に、俺の方が我慢が出来なくなる。
「フィスト、我慢なんてしないで下さい」
「でも……」
フィストは困ったような顔をしながらも、俺を抱きしめる腕はそのままだ。
「お願い。ベッドまで運んで下さい……」
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