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第26話 番外編3
「ど、どうしたんだ?」
「マイロ?どうしたの?大丈夫だよ」
マイロの反応にヤンは不思議そうに聞く。
いくら何でも変だ。俺はヤンと顔を見合わせる。
男同士でキスしていたのを見て驚いたのだとしても、おかしい反応だ。
ヤンは手を上げ何もしないとアピールしながら、話しかける。
「マイロ?少し近づいていい?」
そう言ってゆっくりと一歩だけ近づいた。しかし、マイロはビクッと震えてさらに縮こまってしまった。
ヤンは動きを止めて困った顔をする。俺も何かしたかったが、何をしても怖がられそうで動けない。
ヤンはゆっくり跪いてマイロと目線を合わせる。手は上げたままだ。
俺もそれに習って手を上げて動かないようにする。
ヤンは何も言わずに少し待つ。
すると、マイロは少し落ち着いたのか力を抜いた。それでもまだうずくまってこちらを警戒している。
「マイロ、どうしたんだ?何が怖いの?」
「……」
ヤンがそう聞いたがやはりマイロは何も答えない。よく見ると小刻みに震えている。
怖いようだ。
「あ、そうだ……ちょっと待ってて」
ヤンが思い出したように言って、ゆっくりとマイロから距離を取りながら動き、どこかに行った。
そして、戻って来ると、手には昔かけた手錠を持っていた。しかも予備のも合わせて二つ。
そうしてヤンは俺の手に手錠をかけ、さらに自分にも手錠をかけた。
「マイロ、ほらこれで俺達は何も出来ないよ」
ヤンはそう言って、次に手錠の鍵を取り出す。
「これは手錠の鍵だよ。マイロが持ってて」
ヤンはそう言って、マイロの方に鍵を滑らせた。
マイロはそれを見て不思議そうな顔をして、恐々とだがその鍵を手に取った。
「ほら、大丈夫だろ?」
そう言って、ヤンは改めて手錠がかかっている手を見せる。ヤンのやりたい事が分かったので、俺もきちんと手錠がかかっていることを見せる。
マイロはしゃがみこんだ状態ではあるがしばらくそれをじっと見つめた。目が少し赤い。
それでも、体の震えは止まっている。
ヤンは改めて、マイロと視線を合わせるようにしゃがむ。
「これで、少しは信用してくれた?」
「……ん」
マイロは鍵をギュッと握り締めて、短くだがそう言った。
「良かった。じゃあ、少し質問していい?」
「……」
マイロは何も言わなかったが、さっきより嫌がってはいなさそうだ。
「言いたくなかったら、答えなくていいからね」
ヤンは優しく言ったあと、色々聞いていく。
「マイロは何が怖いの?」
「……」
「答えたくないか……じゃあ、マイロの家はどこ?もしかして、親御さんに何かされた?」
「……」
「あ、そうだ。強盗しちゃった事は未遂だから警察に言ったりしないよ。だから、安心して」
ヤンは安心させるように言う。
本当はダメなんだろうが、マイロはどう見ても未成年だし店主が被害届をださないなら、どちらにせよ罪にはならない。
しばらく待っていたら、マイロがおずおずと口を開いた。
「……親はいない」
「ん?どういうこと?」
「俺は孤児院に捨てられたんだ」
「……そうか。じゃあ、孤児院で何かあってこの街に来たの?」
親がいないとはそういう意味か。じゃあ、ヤンが見た痣は何だったのか。誰にやられたのか。
「違う……」
マイロは短くそう答えたあと、暗い顔をする。
「違うの?そっか……もしよかったら、孤児院の名前言える?マイロがした事は黙っているよ」
そう言ったが、マイロは首を横に振る。
「そっか……」
そこで、会話は止まってしまった。ある程度意思疎通ができたが、最初の状態とあまり変わらない。
またしばらくすると、マイロが口を開いた。
「……孤児院には帰れない……」
「帰れないの?どうして?」
「俺がダメな子供だから……」
マイロは悲しそうな顔で言った。
「ダメ?何がダメだったの?」
「言われたことが出来なかった……」
「それで、孤児院で怒られて帰れないの?」
ヤンがそう聞くと、マイロは泣きそうな顔になってしまう。
もしかして、孤児院で虐待めいたことが行われたのではと最悪の想像をしてしまう。
しかし、少し考えたあとマイロはゆっくりと話し出した。
「……俺の里親になってくれるって人がいたんだ……」
「里親?」
「もらわれて行くのは小さい子ばかりだから、かなり大きくなった俺を引き取ってくれる人は滅多にいない。だから、俺はいい子にしていようと頑張ったんだ」
マイロは話す。詳しい事は分からないが、どうやらマイロには里親がいて、その人に引き取られたようだ。そして、そこで何か起こった。
「そうか……それで?」
マイロはゆっくりと話す、その顔は段々と青ざめてきた。
「最初は二人とも優しかったんだ。でもある日、新しい父さんが夜遅くに……ベッドに来て……」
「……」
「それで、嫌だったのに変なところ触られて……」
マイロは思い出したのか、膝をギュッと抱きしめる。
「それで?どうしたんだ?」
「怖くて、新しい母さんに相談したんだ。そうしたら、そんなわけないって怒られて……」
マイロの声は震えている、顔はよく見えないがもしかしたら泣いているのかもしれない。
かなり酷い目に遭ったようだ。それでもマイロは話す。
「男同士なんだから、そんな事するわけないって……でもその後も何回も来るんだ……い、痛いこともされて、嫌だって言ったら殴られて、お前が悪いんだって……」
「そんな事を……」
「お前が、誘ったんだって言われた……だから……」
そこで、マイロは声を詰まらせてしまった。
「それでも、嫌だから逃げたんだね?」
ヤンが引き継ぐように言うと、マイロはコクンと頷いた。
俺は思わず顔をしかめた。
俺達がキスをしているのを見てあんなに怖がった理由がわかった。また同じ事をされると思ったのかもしれない。それに、孤児院の名前を言えないのも当然だ。孤児院に戻されたら、またその里親の家に知らされて戻らされるかもしれないのだ。
マイロは自分を守るように体を縮めている。
なんて声をかけていいか分からない。ヤンも珍しく厳しい表情だ。
「マイロ。マイロは何も悪くないよ」
ヤンがゆっくりと言い聞かせるように言った。
そして、さらに一歩近づいて言う。
「もう、大人を信用出来ないかもしれない。でも、最後に一度だけ、俺達の事を信じてくれないか?マイロを助けたいんだ」
マイロがその言葉にゆっくりと顔を上げた。
「助ける?」
「そう、マイロの里親は酷い事をしてる。こんな事は許されない。だから、俺達がもうそんな事させないようにする」
「本当?でも……」
マイロはまだ不安そうな顔だ。しかし、ヤンは明るい表情になって言った。
「大丈夫だよ。それに、マイロも知ってるだろ?ここにいる、フィストは魔王と戦って勝った男だよ。悪い奴はみんなやっつけるんだ。ね?」
ヤンは振り返って俺を見ながら言った。
「ああ、当然だ。俺は市民を守るのが仕事だ。困っている人を助けるのは当たり前だ」
そう言うと、マイロの表情が少しだけ明るくなった。
そうして、少し考えた後おずおずと立ち上がると、手に持っていた手錠の鍵を返してくれた。
「ありがとう、マイロ」
ヤンがそう言うと、マイロは何も言わず頷いた。まだ態度は硬いし、距離を取りつつだがとりあえず、少しは信用してくれたみたいだ。
とりあえず、もう夜も遅くなっているので、何かするにももう遅い。
マイロには家に泊まって貰うことにした。
「良かったら、ここで寝て」
ヤンがそう言って半地下の部屋を指して言った。その部屋はベッドは置いてあるが、今は誰も使っていない。
ヤンは俺と二人で寝室で寝ているからだ。
「この部屋は内側からしか鍵がかけられないんだ。だから、マイロが鍵をかけたら誰も入れない」
ヤンはマイロにそう説明する。夜寝る時が一番怖いだろうと思ってのことだ。
一応マイロが信用してくれたとはいえ、まだ一定の距離を取っている。
マイロは鍵を見て、ヤンを見て頷く。
「電気は付けたままでいいよ。あ、あと。これマイロの服とお金。もし、やっぱり俺達の事が信じられないと思ったら、いつでも逃げていいから」
ヤンはそう言ってマイロにマイロが着ていた服と数枚の紙幣を置いて渡した。服はシャワーを浴びている時に洗った。
それを聞いてマイロは少し驚いた顔をしたが、素直に服とお金を受け取った。
「おやすみ」
「……おやすみ」
ヤンがそう言うと、マイロはおずおずとそう言って部屋に入ってドアを閉めた。
俺達は素直に寝てくれたことにホッとして、キッチンに戻った。
「フィスト、手錠かけたり色々勝手に進めてすいませんでした」
ヤンはそう言ってコーヒーをテーブルに置いた。
「ああ、そんなの全然かまわないよ。俺はあんなこと咄嗟に思い付けなかったし、説得も出来なかったとおもうよ。むしろ俺がお礼を言わないと」
「そんなのいいですよ。マイロが最後信じてくれたのはフィストの存在があったおかげですし」
ヤンは謙遜しつつそう言った。
「それにしても、マイロがあんな目にあっていたなんて……」
「そうですね。どうにか助けたいですけど……」
「俺もそう思う。本人は孤児院に知られたくないみたいだが、そういう訳にもいかないよな。それに、このまま未成年を家に泊めておくと俺らが犯罪者になってしまうからな」
「とりあえず、何をするにも慎重に動いた方がいいですね」
「そうだな。知り合いにこういった事に詳しい奴がいるから、聞いてみる。孤児院もこんな話を聞いて無視はしないだろ」
「俺も、何かできないか調べてみますよ」
ヤンは真剣な顔をして言った。マイロの話を聞いて少し怒っているのかもしれない。
「大丈夫だよ。何かあったら俺が前に出るよ。顔はそこそこ広いし、使える権力は使っていくよ」
俺は励ますように言った。
「ありがとうございます」
ヤンはそう言うと微笑む。俺は可愛いその顔を撫でキスをした。そのぬくもりに心も暖かい気持ちになる。俺も、少し腹が立っていたのかもしれない。
本当にヤンがいてくれて良かったと思った。ヤンがいなかったら、どうしていいかもわからなくてオロオロしていただろう。
翌日、俺達はマイロを救うべく動いた。
幸いな事にマイロは俺達を信用してくれたようで、逃げることもなかったし孤児院の名前もおずおずとだが教えてくれた。
俺はそれを元に色々手を尽くしてマイロの里親がした証拠を集めて、マイロが危険な目に合わないように手配した。
幸いな事に、マイロがいた孤児院はしっかりしていて、直ぐに適切に動いてくれた。
マイロの体にもいくつか証拠が残っていたのでそれも決め手になった。
それに最初、疑っていた者もいたが俺が出ていくと顔色を変える奴もいたので、俺も少しは役に立てた。
マイロの里親は捕まり、マイロの安全は確保された。
そうしてマイロの問題は解決したのだった。
「なんとか、解決出来て良かったね」
ヤンがそう言ってマイロに暖かい飲み物を出す。今は家で、一息ついているところだ。
マイロはまだ、俺の家に預かっている。問題がデリケートなのと、マイロが怖がって孤児院には戻りたがらなかったからだ。
どうやら、随分俺達の事を信用してくれているようだ。
「ありがとう……ヤン、フィスト」
マイロは飲み物を受け取ると、そう言ってホッとしたように微笑む。
しばらく一緒にいたこともあって、俺達は随分仲良くなった。色々話してくれるようになったし、こんな風に表情を緩めて笑ってくれるようになった。
話してみるとマイロはとても素直で優しい子だった。少し、意地っ張りなところはあるがこれくらいの年齢の子供なら普通だ。
それに頭も良いようで、とても利発な子だった。こんな事がなかったら、きっともっと明るくて、元気な子供だっただろう。
今も時々里親にされた事を思い出してうなされているようだ。
「良かったな、マイロ」
俺はそう言って、頭を撫でてやる。
マイロは嬉しそうな顔をした、最近はこんな風に触れる事も出来るようになった。
夜も遅くなったので、おやすみの挨拶をすると、マイロは寝るために寝室に行った。
「可愛いね。それに本当にいい子だ」
寝室にマイロを見送るとヤンがそう言った。
「そうだな」
俺も同意する。なんであんないい子があんな酷い目に会わなくてはいけないのか、改めて腹が立ってくる。
すると、ヤンがテーブルに座ると少し真面目な顔をした。
「フィスト、少し考えてたんですけど」
「うん?なんだ?」
「……マイロを引き取れないかなって……」
「引き取る?」
驚いてそう聞くとヤンは頷く。
「親代わりになれないかなって……凄く信用してしてくれてるし、マイロはとてもいい子だ。それに、こうなったのも何かの縁だし」
「確かにな……」
最初は驚いたが、いい提案だ。問題は解決したが、マイロの人生はまだ続く。
それに、里親が捕まってしまったので孤児院に戻らないといけない。今後また新しい里親で出来る可能性は低いだろう。
環境が頻繁に変わってしまうのもあまりいい事だとは思えない。
「フィストも賛成してくれますか?」
「ああ、いい考えだと思う。この家は二人じゃ広いからな」
「本当にいいんですか?」
ヤンは何故か心配そうに言った。
「何だ?何か気になる事でもあるのか?」
「だって……マイロを引き取ったら、この先普通の結婚とか普通の生活に戻れなくなりますよ」
ヤンは暗い顔でそう答える。
その答えに、俺は一瞬言葉を失った。そんな事をヤンが心配しているとは思わなかった。
「ヤン……俺はこの先、誰かと結婚なんてしないぞ」
「っそんなこと分からないですよ。フィストは色々な事が出来る人だし人望もある、俺といるより違う道に行ったほうが幸せになれる」
「ヤン!何を言ってるんだ」
「でも……」
ヤンはそう言って悲しそうな顔をする。俺は立ち上がりヤンを抱きしめる。
「ヤン、もしお前を不安にさせているならすまなかった。でも、マイロの事がなくたってヤンと離れるなんてありえないよ」
「フィスト……」
「むしろ、俺の方がヤンに捨てられる可能性が高いだろ」
「そんな事……」
「いや、だってヤンこそ、元々男が好きな訳じゃないだろ?可愛い女性と結婚して、子供を産むことだってできる」
ヤンは俺から見ると考えが自由で柔軟だ、俺の固定概念を簡単に覆して壊してしまう。マイロを救えたのも、俺が変われたのもヤンのおかげだ。
でも、ヤンが自由で柔軟であるという事はその分、ふとしたきっかけでいなくなってしまっても可笑しくない。
ある日突然、ヤンが現れた時のように突然いなくなっても、きっと俺は何も出来ない。
「そんな事……」
ヤンはそんなこと考えもしなかったような顔をした。
「言っただろ?俺は女性に性欲は持てない。そんなに俺の事が信用出来ないのか?」
俺はそう言ってヤンの顔を真っすぐ見つめる。ヤンは首を横に振った。
もう一度俺はヤンを力いっぱい抱きしめる。
「フィスト……苦しい……」
今も時々ヤンに手錠をかけて家に軟禁してしまいたいと思うことがある。そんな事をしたら今度こそ嫌われてしまうし簡単に逃げられてしまうだろう。
「愛してる。ヤン、それは信じてくれ」
そう言うとヤンも抱きしめ返してくれた。
「フィスト、ごめんなさい」
「おれの方こそすまなかった……」
そう言って腕の力を抜いて、ヤンと向き合う。
きっとこの先もこんな事があるだろう。ずっと同じ関係でいられるのかも分からない。
それでも、俺はこの先もずっと一緒にいられればと思う。
そうしてその後、俺達は無事にマイロを引き取ることが出来た。
マイロはとても喜んでくれ、たしどんどん笑顔も増えていった。
こうして俺達に新しい家族が出来た。
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番外編はこれで終わりです。読んでいただきありがとうございました。
また何か書きましたら、読んでやって下さい~('ω')ノ
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