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第25話 番外編2
「久しぶり」
俺は病院のドアを開けそう言った。病室のベッドにはリリアスが座っている。
「フィスト、久しぶり。来てくれて嬉しいわ」
今日、俺は病院に来ている。リリアスの腕には赤ん坊が抱っこされていた。リリアスの子供だ。
リリアスは微笑んでいる。とても幸せそうな笑顔でホッとする。
「俺はここに来て良かったのか?」
無事に生まれた事は知っていたが、元夫という微妙な関係性だったから直接会いに行くのは遠慮していたのだ。
しかし、リリアスは気にしないから良かったら来てくれと言ったので。お祝いを持ってやってきた。
「当たり前よ。私達、親友でしょ?」
リリアスは明るく答える。その笑顔にこちらもつられて微笑む。
「ああ、そうだな」
別れた当時はこんな笑顔は見れなかったし、再婚したと報告をくれた時もここまで明るい笑顔じゃなかった。
こんな風に会話できるようになったのも最近だ。魔王討伐の騒動の後、ヤンを好きだと自覚してから、たまに連絡をとるようになった。
友達のように話しているうちに、結婚する前と同じくらいに関係は戻れた。
「良かったら、挨拶もして」
そう言って、リリアスは抱っこしていた生まれたばかりの赤ん坊を見せてくれた。赤ん坊はまだシワシワで目も開いてない。
「初めまして……。すごい……小さいな」
赤ん坊は、俺の片手にすっぽり収まりそうなくらい、小さかった。眠いのかお腹
空いているのかわからないが、口を動かしてモゾモゾ動いている。
こんなに、小さいのにちゃんと動いていて不思議な気持ちになった。
「これでも標準的な大きさなのよ。っていうかあなたが大きすぎるのよ」
リリアスはクスクス笑いながらそう言った。確かに、俺は平均より背が高いしがたいはいい方だ。
それにしても、これで標準的な大きさなのかと感心する。
「それにしても小さいよ。ちょっと触っても大丈夫か?」
俺はそう言って、小さい手をちょんっと指で触る。その小さい手はそれに反応したようにパッと開いて俺の指を掴む。
その手は小さすぎて指が回っていない。
「当たり前なんだが、ちゃんと生きてるな。女の子だったっけ?名前は?」
「そう、女の子よ。名前はセリナよ」
「よろしく、セリナ」
握手をするように指を振ってそう言った。セリナは本当に小さい。
それでもその指は力強く、しっかり俺の指を掴んでいる。
「良かったら抱っこして」
「え?だ、大丈夫か?」
リリアスがそう言って赤ん坊を差し出す。
慌てて抱っこしてみたがどうすればいいかわからず、思わず腰が引ける。小さいから両手で持てるが、小さいしまだ首も座ってないのでぐにゃぐにゃで下手なことをしたら壊れてしまいそうだ。
持ち方が悪いのか、赤ん坊がジタバタ腕や足を動かす。
「大丈夫よ。ほら、こうやって腕に首のところを置いて……そう、そんな感じ」
リリアスの指示通りに抱っこすると、なんとか形になった。赤ん坊も落ち着いた。
「小さいし、軽いな」
軽すぎて持っている感覚もあまりない。なんとか抱っこはできたがやっぱり緊張する。
「慣れたら大丈夫よ。まあ、私もわからないことばっかりだから、これから頑張らないと」
リリアスは張り切って言った。
「もし、俺に出来ることがあったら、言ってくれ。リリアスには借りばかりだから」
「ふふ、じゃあ何かあったら、頼むわ」
リリアスは嬉しそうに言う。
「そう言えば、旦那は大丈夫か?リリアスが気にしなくても、あっちは気にするんじゃないか?」
元旦那という立場で生まれた子供を抱っこしているこの状況も、今の旦那から見たら、あまり面白くないのではなか。
「大丈夫よ。私達の関係のことは付き合う前から言ってあるし、そのことも含めて寛大な人なのよ」
リリアスはあっさりと言う。
「そうならいいが……もし、だめならいつでも言ってくれ」
「わかったわ。そいうあなたの方はどうなの?ヤンとは仲良くしてる?」
リリアスが首を傾げて聞いた。
「ああ、なんとかまだ、見捨てられずにいるよ」
「仲良くしてるみたいで良かった。それにしても、彼との馴れ初めを聞いて驚いたわよ。彼も、寛大というか心が広いわよね」
リリアスは少し呆れたように言った。そうなのだ、魔王討伐が終わり落ち着いたあたりで、ヤンと何があったかを話したのだ。流石にその時は呆れられて怒られた。ヤンが許してくれたのを聞いてなんとか許してくれたがそれがなかったら警察に連絡するとまで言われた。
「本当にヤンのお陰で俺は救われたし、こんな風にリリアスと話せるのもヤンのおかげだ。リリアスはヤンに何かあったら許さないって言ってくれたみたいだが、俺が何かして見捨てられる方が早そうだ」
「そうなったら、また言い訳を聞いてあげるわ」
「その時は頼むよ」
からかうようにリリアスが言うので、俺は苦笑しながら答えた。
そんな風にしばらく話した後、今度はそちらの家に遊びに行くよと言って病院を出た。
「もうそろそろ、ヤンも店を閉める時間だな。少し寄ろうか」
俺はそう呟いて、家に帰る前にヤンの店に寄ることにした。
ヤンの店はマンションや住宅が多い街の片隅にある。こじんまりとしているが色々な商品があって眺めているだけでも楽しい。よく見ると珍しいものもある。
「今日はいつも通り帰れるかな」
ヤンが店を始めた当初は忙しかったようで、夜遅くまで働いていた。最近は暗くなった辺りの時間で終わらせて帰って来るようになった。
店は順調のようで、来やすく親しみ安いヤンの性格のお陰か近所の人達とも仲良くなっているらしい。
店の近くで車をとめ、店に入る。
「ヤン、ちょっと寄ったんだが……ん?」
店に入って声をかけようとして、何か異変に気が付いた。
ヤンはいつも通りカウンターの中にいて、お客さんの対応をしているがその客がヤンに銃を突き付けていたのだ。
俺は反射的にその客に素早く近づき、相手が気付く前に片腕で首を絞め銃を掴んで外側にひねる。
「うわ!!」
そうすると客は突然のことに驚き痛みで銃から手を放した。
「わ、フィスト」
俺は銃を取り上げ、相手の首根っこを掴み持ち上げた。相手はジタバタ暴れる。
「は、離せ!」
「こら、大人しくしろ!」
「!あれ、あんた、フィスト・グロス?なんでこんなとこに」
相手が俺の顔を見てすぐに名前を言った。
「ん?俺のことを知っているのか?」
しかし、それどころじゃない。なんせ強盗だ。
「そうだ、ヤンは大丈夫だったか?」
「俺は大丈夫だけど……」
「それにしても、なんだ?よく見たら子供じゃないか?とりあえず警察に連絡するか?」
よく見ると掴んだ相手はまだ子供だった。見た目は10代くらいだろうか。
やけに汚い恰好をしていて、片手で掴んで持ち上げられるくらい軽い。
「わわ、フィストちょっと待って」
「うん?どうしたんだ?」
店で銃を突き付けていたのだ、たとえこの銃が偽物でも捕まるし本物なら完全に犯罪だ。
子供でも関係ない。
「いや、ちょっと気になることがあってさ……」
ヤンは銃を突き付けられたところだというのに、落ち着いた表情で言った。
「気になる事?……ん?」
すぐ近くで、ぐぐーという音が聞こえてきた。何だと思ったら、捕まえた相手のお腹の音のようだ。
ヤンは驚いた顔をした後、苦笑しながらその子供に言った。
「お腹すいてるのか?じゃあ、うちで何か食べるか?」
ヤンはすぐに店を閉めて、その子を家に連れて帰った。
捕まえた相手は体のでかい俺に観念したのか大人しくしていた。
家に帰ると、ヤンが早速夕食を作り始める。いつもより量が多めだった。
幸いにも、この間買い出しに行ったので材料は沢山ある。
分厚いステーキにボウル一杯のサラダとマッシュポテト、具材が沢山入ったキッシュも置かれた。
「じゃあ、召し上がれ」
ずらりと料理を並べて、ヤンが言った。とても美味しそうだ。捕まえた子供は最初、警戒していたのか食べる事を躊躇していたが、恐々とだが一口食べると相当お腹が空いていたのか、勢いよく食べ始めた。
「あんまり口に詰め込むと、喉に詰まるよ」
ヤンがそう言って水を出す。子供は無言で水を受け取り一気に水を飲むと、また食べ始めた。
「俺達も食べるか」
見ていたら俺もお腹が空いてきた。なんでこんな事になっているのか分からないが、そう言って食べ始める。
「ほら、こぼれてるぞ」
ヤンがそう言って、クスクス笑う。さっきまで強盗かと緊迫した状況かと思ったが一気に穏やかな雰囲気になってしまった。
目の前の食事がほとんどなくなると、流石にお腹が一杯になったようだ。
手が止まった。
「もう、お腹一杯?」
ヤンがそう聞くと、その子はコクンと頷く。
「良かった。そういえば名前は?」
ヤンが続けて聞いた。
「…………マイロ……」
子供は少し迷った後そう言った。
「マイロか、よろしくね」
ヤンはニコリと笑って言った。
「そういえば、マイロはいくつなの?大分若く見えるけど」
「…………18」
ボソッと言った。思わず呆れる。どう見てもマイロは10歳くらいだ、高く見積もっても12歳と言った。ところだ。
「18歳ね……」
流石にヤンも呆れたように言う。しかし、深くは突っ込みはしないようだ。ヤンはさらに質問をする。
「じゃあ、他も聞いていい?何で強盗なんてしようと思ったんだ?」
「…………」
マイロは何も答えない。
「家はどこ?親は?」
「…………」
そう聞くと、マイロは暗い顔で俯いてしまった。
「答えたくないか……」
ヤンは困った顔でそう言った。まあ、こんな状況なら仕方がないかもしれない。ヤンはしつこく聞くのを諦めたのか、気を取り直すように明るい顔に変わる。
「服も随分汚れてるし、体も洗ったらどう?少し大きいけど服も貸すよ」
そう言ってヤンがバスルームに促すと、少し迷ったようだったがマイロはコクリと頷いた。
ヤンはタオルや服を準備して、マイロをバスルームに案内した。
俺はその間に、食べ終わった食器を洗う。
「どうだった?」
「素直にシャワー浴びてくれてるみたい。服も今洗ってる」
「そうか……びっくりしたぞ、いきなり連れて帰るとは思わなかった」
「うーん、まあ、子供だし警察は可哀想だし、後からでもいいですし。それに、ちょっと気になることもあったから……」
ヤンは考えるように言った。
「そういえばさっきもそんな事を言っていたな。何なんだ?」
「うん、最初はこの辺にいる不良かギャングなのかと思ったんですけど……」
「ああ、俺もそう思った。違うのか?」
「やけに若いし。多分遠くおそらく隣の州か、街から来たんじゃないかって……」
「どうして分かるんだ?」
「あの子、俺の事は知らなかったけど、フィストの事は知ってたでしょ?俺の店の近所では俺が元軍人で魔王と戦ったこともあるって知られてるから。うちの店は安全だって評判なんだ」
なるほどと思った。確かに店の店主が元軍人なら心強いし、そうなるとそう簡単に強盗なんて入ろうと思わないだろう。ギャングもわざわざそんな店を選んだりしない。
「なるほど。しかし、そんな遠くから何で?親も何をしているんだ?」
「何か目的がある訳じゃないかも……」
「じゃあ、なんだ?」
「もしかしたら、どこからか逃げて来たのかも……」
ヤンは少し暗い顔をして言った。
「逃げてきた?」
「もしかしてと思って、さっきシャワー室で脱いだところを覗いてみたら、体に酷い痣があった」
「まさか……」
「あんな、親の保護が必要な年齢で、そんな痣があるなんてよっぽどだと思う。普通なら警察に行くか親に助けを求めるはずです……でも、それをしてないって事は、助けを求められなかったって事じゃないかと」
俺は思わず顔をしかめた。ヤンはさらに続ける。
「店で見た時も、強盗にしては弱々しかったし、何かあるんじゃないかと思ったんです……だから警察に連絡するにしても話を聞いてからと思って……」
「なるほど……」
そんな事気付きもしなかった。確かに服も汚れていたしやたらと痩せていて軽かった。親に何かされて逃げてきて、金もなくなって思い余ってあんな事したのなら納得が行く。
「だから、とりあえず様子を見ようと思って。すいません勝手に家に入れてしまって」
ヤンは申し訳なさそうに言った。
「何言ってるんだ。かまわないよ。というかここはヤンの家でもあるんだ。むしろ気が付いてくれて良かったよ。もし違ってもその時はその時だしな」
落ち着けば、もっと詳しい話を聞けるかもしれない。そうでなくてもマイロは子供だ。実害なんてそうそうない。
何か分かれば適切な団体に知らせて、あの子を助けられるかもしれない。
「ありがとうございます。本当に何もなくて、ただの家出とかならいいんですけどね」
ヤンは肩を竦めて言った。確かにその可能性もある。年齢的にもあり得る話だ。
「ヤンは本当に優しいな」
そう言うと、ヤンは少し驚いた顔をする。
「そうですか?」
「それはそうだろ、自分が撃たれたかもしれない状況でそこまで気が付くなんて優しくないと出来ないよ」
「ありがとうございます。でも、これはフィストが助けてくれたおかげですよ」
ヤンは謙遜するように言って肩を竦めた。本当にヤンは寛大で心が広い。そんなヤンがいたから俺は救われたのだ。
俺は、ヤンの頬を撫で思わずキスをする。
その時ガタンと音がした。見ると、シャワーが終わったらしきマイロが驚いた顔でこちらを見ていた。
キスをしたところを見られたようだ。
「あー見られたか。えーっとマイロあの……」
「う、うわ!こ、来ないで!」
慌てて何か言い訳をしようとしたら、マイロは過剰なほど怯え、廊下の端でうずくまってしまった。
俺達は何が起こったのかわからず顔を見合わせる。
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