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第1話 飛び込み禁止
一時期、土曜日の半日授業が廃止になった。俗にこれをゆとり教育というらしいが、陽樹が授業を受ける年頃には、残念ながら、その制度は復活していた。
関東某所、中学校から一部の集落へ向かう途中に川が流れており、5メートルほど上に橋が架かっている。
川と言えば、今は遊泳禁止が当たり前だが、親や先生から話しを聞くと、昔は当たり前に泳いで遊んでいたらしい。危険性が問題視されるようになって、いつしか遊泳禁止の看板が立てられるようになった。
近年でいうと、橋や岩場から、川へ飛び込む度胸試しをして学生が溺れたというニュースがあった。五月はまだ寒いが、これから暑くなってくると、またこのようなニュースを聞くことになるかもしれない。
中学校の半日授業が終わる昼頃、数名のガタイが良い学ランを着た学生たちが、一人の小柄な学ランを着た学生を取り囲んでいる。
「お前、ここから飛び込めよ」
橋の下を指すいじめっ子、どうやら川へ飛び込ませようとしているらしい。橋の手前に錆びた『飛び降り禁止』の看板があり、溺れている子供の絵が描かれているから、おそらくここは危険な遊び場になっているのだろう。
「早く飛び降りないと、お前のビビリは治らないぞ」
「俺らはお前のためを思って、言ってるんだからな」
この国のイジメはモラルハラスメントに近い。海外のイジメは暴力で物理的に傷つけようとするパターンが多いとアメリカにいた陽樹は経験から思うのだが、この国のイジメは精神を傷つけるものが多い。目に見えないところを殴る悪い文化が更に悪化して、傷ついていても他の人からは分からない、精神を攻撃するのだ。これも陽樹の経験だ。
通学路を見張っていた陽樹は、慌てて愛車から飛び出して、間に割って入る。
「やめろ、お前ら!」
陽樹は逃げるいじめっ子の詰め襟を掴んでやる。大学生の陽樹より背が大きい中学生だ。おそらく運動部で、日に焼けていて筋肉で体格も良い。そして意地の悪い顔をしている。
「離せよ」
肩を強く押された陽樹だが、アメリカのストリートで鍛えた体は、そう簡単に弾き飛ばされはしない。つま先で踏ん張り、暴れる二人をつかまえる。三人いたはずだが、もう一人は橋を渡りきって逃げていこうとする。
しかし、その先には陽樹の連れ、瀬那がいる。
「瀬那ぁ!」
その瀬那は、自分の横を通り過ぎて行くいじめっ子を躱して、いじめられていた中学生に駆け寄った。
「大丈夫、君。もう安心だよ」
「お前ら、学校に電話するから学生手帳出せ」
いじめっ子の襟首を揺さぶる陽樹。反省している様子はない。
「俺ら遊んでただけなんだけど」
「コイツのビビリを治してやってたんだぜ」
何ともふてぶてしい奴だと、陽樹は眉間に皺を寄せた。
「川に飛び込んだらどれだけ危ないか、君たち分かってないね」
瀬那が橋の欄干に手を掛けた。
「良く見ていて」
「おい瀬那」
いじめっ子の詰め襟を掴んでいた陽樹は、咄嗟に彼らから両手を離して、欄干から川に飛び込んでいく瀬那に手を伸ばすが、瀬那の肩まで伸ばした髪が重力に逆らってふわりと浮かび、陽樹の伸ばした手の爪を掠めた。
川に瀬那が落ちた音。
「がはっ、助け、助けて、ごぽぽ……」
橋の下に向かって走る陽樹。後ろから中学生たちも着いてくる。川の流れは強くないから、瀬那はちょうど橋の下で必死にもがいていた。陽樹は後ろを振り向く。いじめっ子二人と、いじめられっ子が慌てふためいている。
「お前達はそこで待ってろ。瀬那! 今助ける」
陽樹は上着を脱いで川に飛び込んだ。
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