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第2話 ティーン相談室
溺れている瀬那の胴に腕を回して、川岸まで泳ぐ。
中学生たちが必死に手を伸ばしていた。しかし、その手を掴んで中学生が川に落ちたら危ない。そう思った陽樹は自力で、瀬那を抱えたまま岸辺に上がる。
「げほっ、ありがと」
「おい、水飲んでないか」
「ねぇ、川が危ないって分かった?」
瀬那は俯いているが声に迫力があり、いじめっ子達は居心地悪そうに俯いている。
「雨の次の日は水かさがいつもより増していて下流に流されるかもしれない。水が少ない日は、川底の岩に頭を打って大けがをするかもしれない。晴れているからって、川に飛び込んで死なないわけじゃないんだよ」
まるで川で家族を亡くしたような迫力だが、そんな事実はないことを陽樹は知っている。
「分かったら大人しく家に帰れ。昼飯に戻らなかったら親が心配するだろ」
ほら帰った、と陽樹が手で払うと、いじめっ子達はリュックを背負っていそいそと帰って行った。いじめられていた中学生は、心配そうに瀬那を覗き込んでいる。
「心配すんな、こいつ溺れたフリだから」
陽樹は瀬那を指さす。泳いで助けに入った時点で、既に瀬那は立ち泳ぎをしながら時々口を水面に付けたりしながら待っていた。小柄な陽樹ひとりで岸辺まで連れて帰れたのも、瀬那が一緒に泳いでいたからだ。
川が危険な状態のときもあるから飛び込んではいけないが、今日は大丈夫な川だったらしい。
「いやぁ、化粧が落ちた」
俯いていたのは、化粧が落ちたのを気にしていたからのようだ。犬みたいに頭を振って肩まで伸びた髪の水を落とそうとする瀬那。中学生が瀬那の顔を見て驚く。
「お姉さん、男の人?」
「うん、普通にお兄さんだね僕は」
寒そうに立ち上がる瀬那。十八歳男性。
「声も高めだから、声が低い女の人と間違われるのは良くあることだよ」
実際は顔が女性的でジェンダーレスなファッションが好きで、しかも美容男子だから間違われるのだと陽樹は思うが、とても似合っているとも思っているのである。
「助けに来てくれてありがとうございました。アプリの人?」
陽樹が作ったアプリ、ティーン相談室のことだ。子供同士が相談をしたり回答したりできて、大人に干渉されることなく、子供目線で悩み解決を促す仕組みのサービスである。しかし命の危険がありそうな場合は、こうやって制作者の陽樹がメッセージを個別に送り、幼なじみ兼ボランティアの瀬那と共に大概の場所には助けに行っている。
「そうだよ、君がいじめられているって聞いて助けに来た」
中学生に微笑みかける瀬那。少し首を傾げながら笑う姿は、聖母のようである。そして化粧が落ちても顔が良い。
「アプリだと困っている人が沢山いるのに、どうして僕のこと、すぐ助けに来てくれたの」
「それは、君の心が悲鳴を上げているのが、俺に伝わってきたからかな」
陽樹は良い感じに表現したが、悩み投稿に含まれているワードから深刻さを数値化、陽樹が住む神奈川県某所からの距離と共に助けに行く順序はアプリのAIが自動で決めてくれるシステムになっている。ただし、機械が決めたから来たと言ったら仕方なしに来たみたいに受け取られかねないから、だいたい陽樹たちはこういう風に答えているのだ。
「そっか。あ、助けてもらったら、お金かかりますか? 今は千円とかしかないけど」
「子供から金取りゃあしないよ」
「千円も持っているの? いいねぇ、大事にとっておいて」
二人は相談人の中学生を家の前まで送り届けると言ったが、他の中学生に見られたら、またいじめられるかもしれないと言って、一人で帰って行った。
「少しでも他の人と違うと、やっぱりイジメられちゃうんだよね」
「瀬那……」
可愛いものが好きな瀬那は、学校で孤立していた。陽樹は帰国子女で、小学校の途中で瀬那と出会った。当時の陽樹に可愛いもの好きという趣味が理解できたわけではないが、向こうで背が低いと不良に絡まれては拳で返していた陽樹には、瀬那の学校での居心地悪さが少し分かったし、話すと他のクラスメイトと全然変わらない、それより人の心に過度に干渉してこない感じが、一緒にいて居心地がよかったのだ。高校から別になったが、親友だし、同じ街に住んでいるから、会う頻度はあまり減らなかった。
「今は気にしてないよ」
「そっか。まだ明るいし、瀬那ん家上がって行っても良い?」
「もちろん!」
橋の手前に止めていた陽樹の愛車で二人の住む街へ帰る。助手席に乗っている瀬那が、陽樹の親友であり、同志であり、片思いの相手である。
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