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第3話 部屋でふたり
好きな子の家に行くのは何歳になってもドキドキする。それが同性の男子であっても。
特に陽樹は幼なじみの瀬那に片思いしてからというもの、他の子といい仲になったりしたことは一度も無い。
愛車の助手席は瀬那の特等席だ。外の景色を見ていればいいのに、瀬那は陽樹の顔を見てくるのだ。信号待ちの間にちょっと隣を見たら、バッチリ目が合った。
「陽樹、今横断歩道にいた女の子、見てたでしょ。ああいう子がタイプなの?」
瀬那が悪戯な笑みを浮かべている。
「髪型と化粧がタイプだった」
系統が瀬那と似ていたから、つい見てしまったのだ。
「ふーん。ちょっと僕に似てるかな」
瀬那は信号待ちしていた女の子が瀬那自身に雰囲気が似ていることに気づいたようだ。
陽樹は、自分の恋心が瀬那に気づかれてしまうかと心配したことは一度も無い。だいたい、瀬那は化粧をしたり女の子の服を着るのが好きなだけで、基本的に性別は男だし、好きな子は女の子だろう。こうやって一緒に恋バナをしているのだから、脈無しなんだろうと、陽樹は過度に期待していない。
ようやく神奈川に帰ってきた。
神奈川とは言っても海に面していない、都会から離れた方にある人情味に溢れた街だ。陽樹が瀬那と出会った街で有り、瀬那が生まれ育った街である。
2階建てのアパートは古くて、二階へ向かって錆びた外階段が伸びている。目の前の駐車場、住民が借りていないスペースに陽樹はいつも、瀬那の家に来るときは勝手にここに停めている。
このアパートは一つの階に四部屋ある。一階のB号室。角部屋でない、丁度外階段があって玄関前が昼間でも陰っているこの部屋は、家出中に瀬那を身ごもり父親が分からない瀬那の母が、ようやく借りることのできた部屋なのだそうだ。
瀬那は過去の大ごとをあっけらかんと喋る。今まで喋ってなかったっけ? といった調子だ。
今朝、瀬那を迎えに来たときに一度部屋に上がった陽樹だったが、そのときに換気したはずなのに既に化粧品の匂いが充満している。
「また換気するぞ」
「あ、ちょっと窓は絶対開けないでね。花粉が入ってくるから」
「了解。換気扇つけるだけ」
瀬那は花粉症らしく、この次期は花粉と戦っている。瀬那いわく、目が腫れてアイメイクを控えないといけなくなるらしい。だから花粉を遮断していると言うわけだ。瀬那の部屋の窓からは、裏の家の青々と茂った庭木がそよいでいるのが見える。そうとう花粉が飛んでいるだろう。
「陽樹も花粉症になーれ」
「やめろ呪いをかけるな」
「えー非科学的なことは信じないんじゃなかった?」
「言葉の綾だ」
陽樹は溜息をついた。
「そうだ瀬那。お母さん帰ってきたか」
瀬那の母親は、つい去年、瀬那が18歳になったのを見届けて蒸発した。陽樹の母と比べて凄く若くて美人だが、このアパートに恋人を連れてきているところは見たことがない。
だからこそ、瀬那の母が出ていったと瀬那から聞いたときは驚いたのだ。瀬那と一緒に可愛いものを探してきては部屋に飾る、息子が可愛くて仕方ないって感じを前面に出していた人だったから。
「ううん、まだ帰ってきてない。もう少し、やりたいことがあるんだよ」
折りたたみテーブルの前にぺたんと座っていた瀬那。笑っているのに、悲しそうな声だ。
陽樹は窓の側から離れて、瀬那を後ろから抱きしめる。
「瀬那の母さんが帰ってくるまで、俺は絶対にこの街から離れない」
「僕が働ける年になったから、お母さんはやっと自分の人生を生きられるようになったのかな。僕が負担になってたのかなぁ」
陽樹はそうやって瀬那の中で落としどころが見つかっているのであればいいが、瀬那の母が瀬那を育てることを苦痛に感じていたとは、瀬那には思って欲しくなかった。ただ、どんなに親友でも家庭の事情に口を挟むわけにはいかない。陽樹にできるのは、瀬那がひとりで生活できているか、こうやってたまに確認することだけだ。
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