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1 さよなら。
「佑。ねぇ佑ってば!」
歩きながら物思いに耽っていた彼…江咲佑(えざきゆう)は、視界の右下辺りから聞こえる声に意識を戻された。
声がした方を見下ろせば、ムスッとふくれた顔で見上げている彼女。
今は買い物からの帰りで、2人で歩いて帰宅しようとしていたところだった。
「私の話聞いてた?」
「あ…ごめん、何だっけ」
「今度の休みにデートした後、佑の家に泊まりに行きたいって話!」
泊まり。
その単語に、佑はぴくりと動きを止める。
友達からでいいから1ヶ月お試し期間で付き合って欲しいと言われ、断れないまま付き合い始めてもうすぐ1ヶ月。
いつかそういう話が出てくるだろうとは予想していた。
しかし、佑は答えに困って言い淀む。
「泊まりは…ちょっと」
「えー、じゃあ家に遊びに行くのは?」
「それもちょっと…」
えーっ、それも駄目なの?と、声を上げながら腕にくっ付いてこようとする彼女をふらりと躱して、どう断ったものかと悩む。
駄目、というよりは、無理なのだ。
自分のテリトリーの中に他人が足を踏み入れることを許すのは、相当気を許した相手でなければ難しいのが彼の性格だった。
一方、躱された方の彼女もぎゅっとハンドバッグの紐を握り、言葉を選びながら正面から佑を見上げる。
「ねぇ、ちゃんと、好きなの?もうすぐ1ヶ月経つよね?」
「…それは」
不安げに揺れる瞳に少し躊躇う。
本来なら“お試し期間”はもうすぐ終わりだ。
ちゃんと好きか、この1ヶ月で彼女から何度聞かれただろう。
でも正直言って、その質問に答えるのすらももう面倒になってきていた。
この1ヶ月、キスはおろか、手さえも繋がなかったのだから。
「…ごめん、やっぱり無理みたいだ」
佑の言葉にはっとした表情を浮かべる彼女。
しかし、納得した様子で悲しそうに目を伏せた。
これ以上を求められるのならば応えることは出来ないのだと、お互いに分かり始めていた頃でもあった。
「…さよなら、だね」
「ごめん、俺」
「いいの。1ヶ月間、ありがと。佑はどうか分からないけど…私は楽しかったよ。ばいばい」
目に涙を一杯に溜めた彼女は、めいっぱいの笑顔を作ると、そう言って走り去っていった。
手さえも繋がなかった
…いや、正しくは“繋げなかった”
そうなると解っていて、告白を拒まなかった自分の所為なのだ。
彼女は、こんな自分のどこを見て好きになってくれたというのだろう。
結局は他人を傷付けるだけなら、愛だの恋だの、そんなのいらない。
そう思っていた。
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