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1 執事と主人

ここは大楠家の屋敷内にある、理人(リヒト)様の自室。 「シュウ、今日の予定はどうなってたっけ?」 綺麗にアイロンの掛けられたワイシャツに腕を通しながら、理人様がお尋ねになる。 俺は襟とネクタイの曲がりを直し理人様の黒の革靴を磨きながら、予め頭の中に叩き込んでおいたスケジュールを確認する。 「本日は会社へご出勤の後、午前中に新しく提携を結びたいという会社の代表取締役との商談を2件、午後は昼食後、15時から本社にて会議でございます」 「分かった、ありがとう。そろそろ行こうか。今日も安全運転で頼むな」 「畏まりました」 俺はスーツのジャケットをお渡しし、仕事用の鞄を持つと部屋の扉を開けた。 大広間に1歩足を踏み入れると、使用人たちが並んで主人の出勤を見送りに出て来ていた。 「「行ってらっしゃいませ」」 「ありがとう、行ってきます」 予め玄関の前には移動用の車を停めてある。 穏やかに、そして丁寧に挨拶を返される理人様の後ろから着いて行き、先回りして玄関と車の扉を開けた。 「扉をお閉めします。お気を付け下さい」 「あぁ、ありがとう」 1つ1つの所作に、この方は毎回感謝の言葉を伝えて下さる。 大財閥の大楠家の長男で若くして社長となったが、偉ぶったところもなく、礼儀正しく謙虚な主人。 この人の為なら何でも頑張ろうと思える、そんな人だ。 「…シュウ」 「はい、何でしょう」 ゆっくりと屋敷を出た車の中、運転席からちらりと視線を向ければ、名前を呼んだまま口を開かない理人様と目が合う。 あぁ、連日の会談で疲れていらっしゃるのだと、一目見て分かった。 「本日の昼食は如何なさいますか?」 「…え?」 「ここのところ連日会食でお疲れでしょう?本社での会議の開始は15時ですから、今日はゆっくりとお好きなものを召し上がれるようご準備致しますよ」 驚いて見開かれた理人様の瞳が、ふっと穏やかに細められる。 理人様は和食がお好きな方だ。 ここ数日は会談からそのまま接待で商談相手と昼食になることが多く、フレンチやイタリアン続きだった。 「それなら、今日は和食がいいな。魚が入っている弁当がいい。」 予想通り、理人様のリクエストは和食で、魚料理が食べたいとのことだった。 「あ、それと」 「はい、何でしょう」 「食後は君が煎れた珈琲が飲みたい。最近インスタントばかりだったから」 「畏まりました。しっかりとお寛ぎ頂けるよう、社長室にご準備致しますね」 車は会社の駐車場へと入ろうとしているところだ。 これから執事としてではなく、社長秘書としての仕事が始まる。 俺は車を停めると気を引き締め、理人様と共に会社の玄関をくぐった。

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