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第1話 変化【木ノ下と眞那斗】

木ノ下さんは本当に会社を買収した。 というか、俺を拉致した時には買収は殆ど済んでいたのだ。働く算段は既に整っていたらしい。 『準備が出来たら働いてもらう。その時まで家で待機だ』と言われたのが、俺を拉致した先週末。やることもないので、せっせと家事をやる。生活感の全くない住まいを、人の住みやすい環境に整えていくことに生きがいを見出していたため、家事は得意になりつつあった。 季節は春から初夏を迎えようとしている。新緑が太陽に照らされて影を作り、隙間から日差しが降り注ぐ。柔らかい風が頬を撫でた。 俺は日課である買い物へ出かけていた。 (今晩は、ピーマンの肉詰めにしようかな。木ノ下さんは肉詰めならピーマンを食べてくれるから。いいピーマンがあるといいな) 頭の中で、ピーマンを連呼する。駅前のスーパーは野菜が安いから、そこへ行こうと踵を返した時だった。 踏み出した足がふらついたのだ。慌てて体勢を整えたが、転倒してしまった。 「……あ…………痛ってえ…………」 景色がぐわんぐわんと回る。心臓がドキドキと煩く音を立てていた。 (何だろう……この感じ、いつもと何かが違う) 俺に持病は無い。全くもって健康体の狐人間である。 尻もちをついたまま深呼吸を3回しても、動悸は治まる気配が無い。ものすごく身体が重い。そして熱い。 (身体が何かに反応してるのか。はたまた風邪を引いたのかな……) 目眩が酷くて真っ直ぐ歩けない。このままだと買い物を完遂することすら不可能である。暫くじっとしていたものの、埒が明かないので、田口さんへ連絡した。田口さんは物凄く忙しい人だ。迷惑になると承知の上で、頼る人が彼しかいない現状を申し訳なく思う。 『ああ、眞那斗さん、いかがされましたか?貴方が昼間に連絡してくるとは珍しい』 『…………す、すみません。買い物の途中で、ちょっと動けなくなってしまいまして……』 『っ、事故ですか?』 『いえ…………急に胸と頭が…………』 『大丈夫ですか?』 『目眩が酷くて』 『…………至急迎えの者を行かせます。じっとしていてください』 『すみません……』 動けない身体で青空を仰ぎ見る。 雲が呑気にぷかぷかと浮いていた。 風邪でもひいたのかもしれない。また木ノ下さんの手を煩わせてしまう。居候の身は肩身が狭いのだった。

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