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抱擁、溢れて
視界にきらりと光るナイフを見て、俺は思わず彼の名前を呼んだ。
こんなにも、汚く何の価値もない俺に、優秀で周りから大きな信頼を寄せられている彼が、その人生を台無しにするようなことはあってはならない。
そしてやっぱり、俺の微かな声を聞き逃すことなく彼は俺の元へと駆け寄ってきた。
もう何を映しているのかだなんて分からない俺の視界に、彼の悲しげな表情だけが、まるで映画のワンシーンかのようにくっきりと映り込んできた。
ダメだね、こんなにも優しい人を、俺はこんなにも巻き込んで、そして傷つけた。
手放したくない温もりを確かに感じる。ああ、抱きしめられているのか、と思った。
「あのね、ごめんね…」
震える声に応えるように、きつく抱きしめられた。
なんでだろう?番じゃないのに本能的な嫌悪感が全く湧かない。
それどころか、とても居心地が良い……
まるで、抱擁、溢れて。
でも、俺はそれに応えることはできないのだ。
だってきっと、これからも彼の心を傷つけてしまうから。
(第二章 終わり)
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