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26.湯けむりで目隠し 3
車は軽快に目的地に向かって走っている。
渋滞もなくこのまま順調に行けば2時間くらいで目的地である温泉地に着くだろう。
「なぁ、千秋。行ったら温泉まんじゅうと温泉たまごは食べるだろ?」
「食いもんばっかだな」
「だって食いもんが旅の醍醐味じゃん」
航が楽しそうに話していると、運転しながら東海林がおもむろにガイドブックを差し出してきた。
「温泉パンってのもあるらしい」
「何それ!? ジョージくん物知り~」
航がテンション高くガイドブックを受け取ると付箋が貼ってあるページがあって、その部分に温泉パンのことが載っていた。
つか、調べてきたのか? 東海林が? つか、付箋とか貼るって……案外とマメなのか?
そんなことを思いながらちらっと東海林の方を見ると、バックミラー越しに東海林と目が合って睨まれた(気がした)。
まぁ修平の友達だし、悪いやつでは無いのはわかっているけど、やっぱりいつも嘲笑われてるような気がするあの顔は少し苦手だ。
東海林と一番最初に会ったのは、大学1年のゴールデンウィーク明け頃だったと思う。
休講だったから部屋でごろごろしてたら、修平から急に家に置いてきた資料が必要になったと電話があり、修平の大学までそれを届けることになったんだけど。
そのときに修平と一緒に居たのが、東海林だった。
『へぇ、君が千秋? 千秋とかいうからてっきり女かと思った』
そう言いながらまるで値踏みするかのように頭から足の先まで見られたような気がして、なんとなく第一印象は最悪だった。
なんだか小馬鹿にされた気がして突っかかりそうになったが、あの睨みが怖くて何も言えなかったんだっけ。あの頃から東海林の顔は怖い。切れ長で一重に見える奥二重の三白眼に睨まれてみろ、やっぱり怖い。
でも、何度か顔を合わせていくうちに慣れてきたというか。
あいつの睨みは生まれつきで、性格が意外とさっぱりしたタイプだとわかってからは、前ほどの嫌悪感はなく、修平の友達というポジションで上手く付き合えているんじゃないかと思っている。
でも、そんな東海林に俺はたまにからかわれる。
いや、いつも……か。
東海林の車に乗る時に、いつも俺だけが後部座席に乗せられているのも、そうだと思う。
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