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第16話

「何?」 あれから付き合って居るんだと思うんだけど…、距離は下僕の時とあまり変わらない。 本を読む創さんを見つめていると、相変わらず冷たく嫌そうな顔で俺を見た。 「いや…」 ジリジリと隣に座ろうと近付くと 「ちょっと…何?」 今度は近付いた分、身体を避けられてしまう。 「はぁ…」 溜め息を吐くと、創さんは本を閉じて 「なんなの?何か言いたい事あるなら、言ってもらわないとわからないんだけど」 目を座らせて言われて、俺はすごすごと元の位置に戻る。 距離にして1メートルくらいだけど、その1メートルが遠い。 テレビドラマみたいに 「好き」 とか 「愛してる」 とかを囁き合いたいわけじゃ無いけど…。 正直、不安になる。 俺がしょんぼりと座っていると、創さんは溜め息を吐いて 「あのさ、言いたい事とか飲み込んでそんなに落ち込むなら、言ってもらいたんだけど」 真っ直ぐに見つめられて言われると、俺は俯いてしまう。 恋愛初心者の俺には、傷付いたまま大人になって、必死に鎧を纏って立っている人にどう接して良いのかが分からない。 同じ時間を過ごす時間を作ってくれているって事は、憎からずには思ってくれているんだろうとは思う。 人間とは欲張りで、そばに居られれば良いと思っていたのに、そばにいられるようになったら「確信」が欲しくなる。 すると創さんは突然立ち上がり、俺の隣に座って 「これで良いのか?」 と訊いて来た。 「え?」 驚いて創さんの顔を見ると 「違うなら良いけど」 って、真っ赤になって立ち上がった。 俺が慌てて創さんの腕を掴むと 「きみも初めてかもしれないけど、僕だって誰かとこんな風に付き合うのは初めてなんだ…。その辺を…理解してもらいたい」 そう呟いた。 どうしよう! むちゃくちゃ可愛くて、好きが止まらない! ギュッって抱き締めたいけど、創さんの細い身体を抱き締めたら折れそうで出来ない。 そぉ〜っと、隣のクッションに手を伸ばして、創さんの代わりにギュッと抱き締めた。 すると創さんは怪訝な目で俺を見ると 「前も思ったけど…、きみはそのクッションが大好きだな」 と呟いた。 …言えない。 初めは元気なはじめ君を隠す為で、今は創さんを抱き締めたくて仕方ないなんて言えない。 心の中で涙を流していると、するりと俺の腕からクッションを奪い、創さんが真似して抱き締めている。 「?これの何が良いんだ?」 不思議そうに見上げた創さんの身体をそっと抱き締めて 「あなたの代わりに抱き締めてました」 そう囁いた。 すると創さんの身体がカチーンと硬くなり、「あれ?」って顔を覗き込むと、真っ赤な顔で俯いて 「そ……、そうか」 って呟いた。 神様。俺は今、全身の穴という穴から血が吹き出して、全身真っ赤になって出血多量で死にそうです。 不器用で可愛い恋人の可愛らしさに感激していると 「あの…お願いがあるんだが」 抱き締めて幸せを噛み締めていた俺に、創さんが戸惑った顔で呟いた。 「はい」 そっと創さんの身体を離して顔を見ると 「その…、兄達が怖くて…安心して眠れないんだ。良かったら、一緒に暮らしてくれないか?」 真っ赤な顔をして言われて、俺は一瞬、頭が真っ白になる。 これはあれか? 初めて来た日に見た夢落ちってヤツか? そうか?そうなのか? 信じられない申し出に、俺は自分の頬を思い切りツネって見た。 「いってぇ!」 叫んだ俺に、創さんが驚いた顔で俺を見上げた。 「え?何?どうした?」 漆黒の瞳が、俺を心配そうに見上げる。 「あ…いや、夢みたいで…」 そう呟くと、創さんは耳まで真っ赤にしてクッションに顔を埋めると 「ガードマンを雇うより安いからな!」 って叫んだ。 ガードマンでもなんでも構わない。 俺が居るだけで、創さんが安眠出来るなら。 そう思ってみたものの…。 ん?ちょっと待てよ。 一緒に暮らすと言う事は、創さんのあんな姿とかこんな姿とか見ちゃうわけだよな。 で、だ。 一緒に暮らすとだな、一人で慰めるなんて事も出来なくなる訳で…。 はじめちゃんは大丈夫でも、はじめ君が大丈夫だろうか?と心配になる。 そんな事を考えていると、創さんがクッションから目だけを俺に向けて 「やっぱり…迷惑だよね」 なんて呟いた。 俺、熊谷一。 修行僧より辛い修行の日々を送る決心を決めた。

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