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第1話

 久しぶりの高校だった。  いつもの学校、いつもの教室、いつものクラスメイト。でも、いつも通りじゃなかった。  登校してから突き刺さる視線。  クラスメイト達の視線は俺の首筋に集まっていた。 「来夢(くるむ)、お前まさか……」  隣の席の燈夜が俺を見て口を開くが、同時にチャイムが鳴る。担任が入ってきて教壇に立つと俺の方向を一瞬だけ見て「今日から仙藤が登校再開する」と告げた。 「皆、疑問に思うことは色々あるだろうが変わらず接していこう。仙藤(せんどう)から伝えたいことはあるか?」  俺は首を横に降った。「そうか」と可哀想なものを見つめるような目で告げた担任は連絡事項を伝えると教室から出て行った。  伝えたいことってなんだよ。俺の口から「アルファからオメガに性別が変わりました。それでも変わらずに接して欲しいです」って言わせたかったわけ?  無理だろそんなん。変わらないわけがない。口ではあんなこと言って先生だって俺を見る目が変わっていた。  オメガとはそういう生き物だ。社会の最下層を生き、蔑まれ、産まれた時から可哀想だと哀れまれる。  そうやって育ってきたオメガを俺は知っている。  でも燈夜(とうや)は「オメガは蔑まれるべき対象でも可哀想でもない」という意見に賛同していた。もしかして燈夜なら……  最悪だ。  教科書を忘れた。 「今日の授業は第2の性別(オメガバース)についてです」  まじかよ。最悪すぎる。俺今日の運勢悪すぎない? なんでよりにもよって今日なんだよ。クラスメイト達の視線が痛い。気まず過ぎる。 「皆さんは自分に2種類の性別があることはご存知ですよね? では、出席番号20番の方、あなたの第1の性別を教えてください」 「女です」 「では、10番の方は?」 「男です」  保健の授業を担当する先生が適当に人を当てている間に燈夜に「教科書見せて」と机を寄せた。   「来夢、首のそれプロテクターか?」  燈夜はくっ付いた机の間に教科書を置くと自分の首を指さした。  その質問に俺の心臓は跳ねた。今日学校に登校してきた時点で、首を守っているこの首輪について聞かれることは分かっていた。覚悟してきたつもりだった。  でもたった頷くだけのことがこんなにも怖いなんて思っていなかった。  俺は震える指先を握りしめてゆっくりと頷いた。そして「オメガになっちゃった」と何とか笑って言葉を付け足した。俺は燈夜なら優しく励ましてくれると思った。だから無視もせずに、勇気をだして答えたのだ。でも、帰ってきた返答は「そうか」とたったひとこと。  その返答は勇気を振り絞った俺に対してあまりにも冷たいものだった。 「次は、皆さんの第2の性別について教えてください。では38番、えーっと山隈 燈夜くん」 「アルファです」 「素晴らしい性別ですね。第1の性別、男女とは関係の無いもう1つの性別が第2の性別です。その中でも人口の約2割を占めるアルファという性別はとても優秀で将来地位の高い役職に着くことが多いですね。では次、28番の方お願いします」 「ベータです」 「ベータは人口の約7割占める性別ですね。第2の性別としての特徴が特段ないことが特徴です。では、次16番の方お願いします」 「…………」 「16番の方?」  16番とは俺の番号だった。  よりにもよってッ……! このどうしようもない状況に怒りさえ湧き上がってくる。 「お、俺は……俺はア」ルファだ! と言おうとしたところで「まあ、申し訳ございません。私のしたことが配慮が足りませんでしたね」という先生の声に遮られた。  今更遅いんだよ。視線を放ってくるクラスメイト達は俺の返答に興味津々だ。 「ですが、仙藤 来夢くん」  フルネームで呼ぶな。俺の存在を強調されて嫌だ。 「たとえオメガ堕ちしたからといって自分の性別を恥ずかしがる必要はありません。むしろ恥ずかしがっては他のオメガの人の失礼に当たります。堂々としていてください」  先生はにこりと笑った。  こいつッ! ばらしやがった! 善人の皮をかぶった悪魔が。腹いせのつもりか? この淫乱ナルシスト教師が。本当の善人はな、オメガ堕ちなんて差別用語使わねーんだよ。  俺は昔、この教師に空き教室に連れ込まれたことがある。勿論逃げた。それでもしつこかったから本気で嫌だと告げたら、それが癇に障ったらしい。その頃から俺に対しての態度が悪い。が、ここまでではなかった。  それが俺がオメガになったことでこれ幸いとばかりに陰湿なことをするのは教師としてどうなんだ?  自分の番を大切にする為に一途でいることはそんなに悪いことか? 「ではオメガについても説明をしましょう。人口の約1割いると言われるオメガはまず身体が小柄だったり、あらゆる能力が低かったりする特徴が上げられます。なので劣等種と呼ばれてしまうこともありますが、差別してはいけません。だから自分の性別を受け入れるべきですよ? 仙藤 来夢くん」 「……はい」  こいつッ!!!!!!  さも俺がオメガを差別しているかのようなこと言いやがって! 差別してるのはお前だろうが! 「オメガの1番の特徴といえば個人差はありますが3ヶ月に1度ある発情期ですね。約1週間ほど優秀な子孫を残す為にアルファを誘惑するフェロモンを放ち続けます。そして、そのフェロモンを嗅いだアルファはたちまち理性を失いオメガとセックスすることにだけ夢中になってしまいます。また、オメガ自身の身体も本人の意思関係なく発情状態になります」  オメガが社会で差別される一番の理由がこれだ。いくら本人の能力が高かろうと3ヶ月に1度は確実に1週間休みを取る。そしてそのしわ寄せは誰かにいく。それを迷惑に思った奴が言うのだ。「オメガは使えない」と。そしてまたオメガ蔑視が過激化する。  それに加えオメガは子供を産む為の性別だ。当然妊娠する。これ以上はもう考えたくもない。予想が着くだろう。要するにマタハラ(マタニティハラスメント)だ。 「このオメガの発情期ですが、発情抑制剤を飲むと発情を抑えることもできますね」  簡単に言ってくれるよ。発情抑制剤がいくらすると思ってるんだ。それに薬の効き目は個人差がある。効き目が悪いオメガは大変なんだ。 「次はよく恋愛ドラマの題材にもなっている番という仕組みを説明しましょう。番とはアルファがセックス中にオメガの項を噛むことでできる繋がりのことです。なのでオメガの人にとって項とは繊細な場所。プロテクターと呼ばれるチョーカーのようなもので守っているんです」  「ロマンチックですよね」なんて一丁前に乙女の顔をする先生はまたも俺の方を向いた。なんだ? 「仙藤くん。よろしければ少しクラスの皆さんに見せてあげては貰えませんか?」 「えっ……と、何をですか?」 「プロテクターをです」  は……? は!?  何を言ってんだこいつは? 今自分でオメガにとって項は繊細な場所って言っただろうが!  これ録音して訴えたら勝てねーかな? いや、勝てねーな。これぐらいで勝てたらオメガの暮らしはもっと良くなってるはずだ。 「そういえばこのクラスにはもう1人オメガの生徒がいましたね。えーっと……倉橋さん。あなたでもいいのですが」 ~~~~~ッ! こいつッ! 俺と蓮が仲良いこと知っててやってるな! 「分かりました。僕が見せます」 「待てッ! 蓮が見せる必要はない! 俺に言われたんだから」 「でも来夢くんは嫌なんでしょ? 僕、来夢くんには沢山助けてもらった。だから今度は僕が助ける番」 「イッ……イヤジャナイ」 「片言」 「俺は……アルファだ。項を見せるくらいどうってことない」 「でも……」 「いいから座ってろ」  不安げな顔の蓮に笑いかけて俺は教壇の上に立った。まずは喉元を見せるように顎を上げた。  1週間ほど前に貰ったプロテクターだ。大事な人からの大事な贈り物。これをこんな形で人前に晒すなんて。 「何かここに書いて……」  横から見ていた先生がプロテクターを見て何か文字を見つけたようだった。  俺はそれを聞いてすぐさま手で隠した。大事な……大事な……! 「そんなに必死に隠さなくても……なにかやましいことでもあるんですか?」 「辞めてください」 「なんだか私が悪いことしてるみたいじゃないですか。プロテクターの過剰な装飾は校則で禁止されてます。見せてください」 「辞めてくださいッ」  伸ばされる先生の手を叩き落とすと物凄い目で睨まれた。 「あなたねッ!!! 自分で何をしているのか分かってるの!? 校則を軽視するあなたの態度が問題……」 「先生」  燈夜が呼びかける。その瞬間烈火のごとく激昂していた先生の態度が一気に軟化した。 「なんですかぁ? 燈夜くぅん」  とてつもなくキモイ。先生の今のターゲットって燈夜だったのか。その燈夜は先生の態度など微塵も興味を示さず眠そうな顔をしていた。 「プロテクターに文字刻まれてるだけで過度な装飾は言い過ぎ」  おまっ、その言い方はこの女またキレるって…… 「あら? 言われてみればそうねぇ。燈夜くん賢いっ。ありがとぉー」  意外にも先生は怒らなかった。  その時ちょうど授業終了を示すチャイムが鳴った。先生は挨拶を済ませ、燈夜に目配せすると教室から出て行った。 「燈夜、助けてくれてありがとう」 「別に」  席に戻り礼を言うと、燈夜は素っ気なくそれだけ返して席から立ち上がった。そして教室から出て行った。  あれ俺もしかして……いや、もしかしなくても避けられてない?  

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