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第2話

 俺はつい2週間前まではアルファだった。でも、今ではオメガだ。  第1の性別が産まれてから変わることは無いが、第2の性別はごく稀ではあるものの変わることがある。何万人に1人とか何十万人に1人とか、自分が当事者になるなんて思えないくらいには症例が少ない。  そしてアルファからオメガへと変化する場合がその中でも最悪と呼ばれる事例だった。 「はぁぁぁぁぁあ」  昼休みに入り、「さっきは庇ってくれてありがとう」と保健の授業のことを互いに感謝しあったあと、俺と蓮は中庭に来ていた。  ベンチで弁当を広げた途端俺はため息を吐いた。 「来夢くん? 大丈夫?」  蓮は心配そうな顔でこっちを見ていた。  いい子だなぁ。可愛いし、勉強できるし。この学校の特進クラスに唯一オメガで入るくらいに努力家だ。今は俺がいるから唯一ではなくなってしまったけど、そんなことはどうでもいい。 「蓮、どうしよう」 「今にも泣きそうな顔してどーしたの?」 「燈夜に避けられてる」 「えーっ、嘘」 「本当。なんでだろう? 俺がオメガになったから?」 「バカッ、そんなわけないでしょ。来夢くんと一緒にオメガの僕がこのクラスで虐められないように手助けしてくれたの誰だと思ってるの?」  燈夜はオメガを率先して守りに行く俺をよくサポートしてくれていた。  分かっている。俺も燈夜がオメガだからと人を避けるような奴じゃないことくらい。  でも、じゃあなんで……  保健の授業が終わってからだけじゃない。前は休み時間の度にくだらない雑談をしていたはずなのに。  昼食だって普段通りなら燈夜と食べている。蓮は他クラスに一緒に昼食を食べるベータの幼馴染がいるから。  でも今日は、色々と理由が重なって俺と2人で食べている。 「きっと燈夜くんも戸惑ってるんだよ。いきなり学校来なくなっちゃってやっと会えたと思ったら衝撃の事実! みたいな」 「そうかなー?」 「そうだよ。きっと時間を置けばいつも通りに戻ってくれるよ」 「なら、いいんだけど」 「うん」  俺は蓮と話してもう少しだけ様子を見てみることにした。俺に燈夜に理由を聞く勇気がなかったとも言えるが……。  しかし、1週間経っても燈夜の態度が戻ることはなかった。俺から声を掛けるのも辛くなって3日後には話すことすらなくなっていた。  蓮には「きっと理由があるはずだから話し合った方がいいよ」と言われたが燈夜の俺を拒絶する態度を見ると話しかけるのが怖かった。  だって人に拒絶される理由なんて嫌われたとかそんなことしか考えられない。  1番大切だった人を不幸にして、家族の俺への態度は期待から同情に一変し、1番仲良かった友人からは嫌われた。  俺って、俺って……。  放課後、考え事をしながら中庭の花壇の雑草を抜いているとスマホにメッセージが届いた。 『かがくしつたす』  なんだこれは? メッセージは蓮からのものだった。  かがくしつたす……かがくし、つたす……化学室たす……化学室助……けて…… 「蓮!!!!」  蓮からこんな風に連絡が来るのは初めてじゃなかった。オメガで唯一特進クラスにいるんだ。  この学校は元々偏差値が高い。特進クラスに入れなかったアルファだっている。  だから蓮には敵が多い。  俺は化学室に走った。  こういう時、自分の体力が落ちたなと実感する。前までは化学室まで全力疾走したって息切れなんて起こさなかった。  でも今は階段を走って上るのが辛い。呼吸が乱れる。走るってこんなに大変なことだったっけ?  オメガって大変だ。  俺は化学室の扉を開けた。  するとそこには窓から差し込む夕日に照らされた燈夜がいた。俺の方からは影になっていて顔がよく見えないが、確かにそこに居たのは燈夜だった。 「燈夜? なんでここに。って、そんなことは後だ! 蓮を見なかったか?」 「蓮? 蓮はこれから来るはずだが」  すると、スマホからバイブ音がなる。開くと「ごめん、誤送信しちゃった٩(๑>؂<๑) 燈夜とちゃんと話すんだよ」というメッセージが届いていた。  蓮の奴!!! どんだけ心配したと思ってッ! 誤送信は嘘だろ。まあ、いいや。大丈夫なら。  俺は燈夜の方を向いた。見ればスマホを弄っていて、どうやら燈夜も蓮に呼び出されたようだった。俺とは違って穏便に。 「蓮は用事が出来たから帰るらしい」  燈夜はそれだけ言うと化学室から出ていこうとする。  やっぱり俺と話したくないらしい。なんで? 蓮とは普通に話すんだろ? なんで俺は駄目なんだよ。俺のことが嫌いになったから? そうだとしてもそれも理由がわからない。 「ま、待って」 「……何?」  手を掴むと一応止まってはくれたものの、振り向いてはくれなかった。  なんで顔を合わせてすらくれないんだよ。俺のこと顔も見たくないほど嫌いか? 仲良いと思ってたのは俺だけかよ! 「な、なんで……」 「なんで?」  心の中は感情が爆発しているのに言葉は出てこない。聞きたいことが沢山あるはずなのに言葉にするのことができない。 「俺忙しいんだけど? もう行っていい?」  口を開いたり閉じたりしているとぶっきらぼうにそう言われた。返事ができないでいると俺の掴んだ手を解いて歩き出してしまう。  嫌だ嫌だ! 何か、何か言わないと!  俺は急いで口を開いた。 「俺のことッ!」  頬に涙が伝う感触がした。  ああ、怖い。でもーー 「嫌いですか?」  そう聞いた俺の声はとてもみっともなく上ずっていた。  それを聞いた燈夜は勢いよくこちらを振り返ると驚いた顔をしていた。そして、苦虫を噛み潰したような顔をするとこちらに戻ってきた。  燈夜は俺の肩を痛いほど力強く握ると小さい、とても小さい声で「嫌いだ」と言った。そしてまた去ろうとする。 「待って!話がしたい。中に入れ」  俺は今度こそ話をしようと燈夜の手を強引に引っ張る。  さっきまで出なかった言葉は今なら出てきそうだった。だって「嫌いだ」という燈夜の顔がとても面白かったから。  あんな顔で嫌いだなんて言われて真に受ける奴はいないだろう。

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