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第3話

「で、なんで俺のこと避けるの?」  俺は今、不機嫌だ。友人に唐突に避けられた挙句「嫌いだ」なんて言われて怒らない奴がいるだろうか?  うん、これが正常な反応だ。俺は何を恐れていたのだろう?  ああ、涙の乾いたところが痒い。 「き、嫌いだ……から?」  なんで疑問形? そして何故顔を逸らす? 俺の目を見て言え。 「そうか。で、本当のところは?」  燈夜の顔を両手で挟み、力づくでこちらを向かせた。俺の腕力は未だ健在らしい。目を無理やり合わせると気まずそうに沈黙した。  どうしても言いたくないらしい。それならーー 「俺はさー、オメガになって初めて登校することを決めた時、凄い怖かった。でも燈夜も蓮もいるし大丈夫だって、勇気を出して行ってみようって思ってさ。だから不登校にならずに来れたんだよね」  作戦を変えた俺は化学室にある机に腰を掛けて話し始めた。  燈夜は良い奴だ。そんな奴が今までの態度に良心の呵責を覚えてないわけがない。 「でもさ、登校初日から燈夜から無視されるし、やっぱりオメガになった俺にクラスメイトの奴ら冷たいし、嫌がらせだってされたし。ねぇ、俺さ。これからどうしたらいいんだろう?」  燈夜は無視するくせに、嫌がらせからは助けてくれたけど。なんなんだよ、本当に意味わからない。 「……須佐美さんは?」  須佐美。須佐美 灯。俺の元番だ。 「ははっ、やっと聞いてくれた。俺、燈夜に会ったらそのことについて話したかったんだよ。知ってたか? オメガ堕ちした番は解消されるって」  知らないだろ? なぁ? まあでも予想はつくか……。  俺の心の荒んでいるところが顔を出してくる。  不幸自慢がしたいんじゃなかったんだ。ただ、燈夜に話を聞いて欲しくて……でもお前、話を聞いてくれないんだもん。 「来夢は俺に何が言いたいんだ?」  あーあ、こういう結論ばかり求める奴はモテないよ? 実際問題、燈夜はモテるけど。顔も良い、頭も良い、家柄も良い。三拍子が揃ってる。  多少性格に難アリでもものにしたいと思ってる奴は多いだろう。昔なら「俺がオメガなら告白するのになー」とか冗談交じりに言っていたものだ。 「無視されて傷ついたなー。理由でも説明されないと納得できないなー」 「そうか」  えっ? それだけ?  と、思ったら燈夜は少し間を開けてボソリと呟いた。 「来夢が死ぬからだ」 「は? 俺が死ぬ?」 「ああ」  燈夜は力なさげに座り込み蹲って話し始めた。話してくれるならなんでもいい。 「俺死ぬ予定とかないけど?」 「オメガ堕ちしたアルファの死亡率が高いという話を聞いたことはあるか?」  プライドが高かったことでオメガになった自分を受け入れられずに自殺してしまう人や、親が自分の子供がオメガになったという事実が邪魔で秘密裏に殺害する最低な奴がいることは知っている。 「ああ、でも俺はオメガになったからと言って自殺まではしないし、親も同情してくるくらいで命の危険はない」 「そうか、でもあれはそういうんじゃないんだ。もちろんそうやって死ぬやつもいるんだろうけど違うんだ」 「ど、どういう意味だよ」  言ってることが抽象的すぎる。 「死亡率が高いんじゃないんだ。高いんじゃなくて100パーセント……いや、親に殺されてしまう奴を除けばオメガ堕ちしたアルファの自死率は100パーセントなんだ」  自死率が100パーセント? つまり、オメガになったアルファは全員自殺したと? 「は? なんだそれ。初めて聞いたけど……嘘言ってる顔ではないな。俺、医者には何も言われなかったけど?」 「そりゃあ、病気じゃないからな。普通の医者は知らないだろう。研究してる人が少な過ぎる」  じゃあなんで燈夜は知っているんだよ。そう聞きたいが、今は話を逸らすべきではないだろう。 「それで? これから俺はいつどこでなんで死ぬわけ?」  そのつもりもないのに自分がこれから自殺するだなんて決めつけられると、ここ1週間のことも相まって結構イライラするものだな。 「発情期だ。初めての発情期で死ぬ」 「発情期? そりゃあアルファが発情期経験するのは精神的にキツいだろうけど、結局は元からオメガだった人と同じ発情期だろ?」 「違う! 違うんだ! 全く違うんだよ!」  燈夜は下を向いていた顔を上げ、立ち上がると、語気を荒げ、訴えるように話し続けた。その顔はかなり辛そうだった。 「来夢の身体はまだ完全にはオメガじゃない。そうだろう?」  たしかにそうだ。アルファだった奴がある日突然「はい、今日から君は心も身体も完全にオメガになりました〜」なんてことにはならない。  俺がオメガだと診断された理由はフェロモンだ。アルファやオメガは普段生活する中、フェロモンを周りに知覚されない程度に抑えて生活している。  そのフェロモンはオメガであればアルファを誘惑する為に、アルファであればは自分が格上だと他のアルファにマウントを取る為に使用されたりする。  俺の場合、そのフェロモンがアルファフェロモンからオメガフェロモンに変わったのだ。 「たしかに、ごく小さい子宮が身体の中に発見された程度だけど……」 「アルファだった奴の身体は発情期がくることで自分がオメガになった事実を自覚する。そしてこの時から、本格的に身体が作り変わるんだ。強烈な痛みと快楽への疼きとともに」  俺は無意識に唾を飲み込んでいた。  あまりにも怖い顔で言ってくるから背筋がゾッとした。  燈夜に肩を掴まれる。 「来夢はそれに耐えられるか?」  耐えられるか……耐えられるか……耐えられるか……  頭の中で言葉が反芻される。 「いや、分からない」 「まあ、そうだよな。あれを見たことない奴に何言ったって無駄だ」 「おいッ、その言い方は……」 「ぐちゃぐちゃになって、叫んで、苦しんで、発狂して……あんなものに人間が耐えられるわけがない」  まるでその現場を見たことがあるような、いや、燈夜は見たことがあるのかもしれない。しかもかなりの近しい間柄の人が苦しんでいるところを。 「今でも聞こえるんだ。苦しい、こわい、助けて、兄ちゃんって。そして、最後には死にたい死にたい死にたい死にたいってそれしか言わなくなって、目を離した一瞬だった」  弟が死んだのは。  燈夜は苦しそうな、後悔にまみれた顔でそう告げた。  

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