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第5話
俺は走る、走る、走る。
自慢の脚力はまた最近一段と衰えて、後ろから追ってくる奴らを引き離すには至らない。
おそらく体力は向こうの方が上。
このままではジリ貧だった。
どこかに隠れて、やり過ごすなり体力を回復させるなりしなければいけない。
次の角を曲がって適当な空き教室に入るッ!
俺がそう決めて入ったのは今はもう使われていない第2音楽室だった。教室2個分の広さがあり、雑多に机や椅子、ホワイトボードなどが置かれている。
俺は窓側には目もくれず壁沿いに走って準備室の扉を見つける。ドアノブを回せば鍵は着いておらず、押せば開いたので電気をつけて入る。
そこに置かれた備品たちをとりあえず扉の前において人の入室を防げるようにした。
「はぁーー、俺が助けたオメガの子達ってこんな思いしてたのか。もっと親身になってあげればよかったなぁ」
そんなこと今更後悔しても遅い。それに、今考えても仕方の無いことだった。
だって、今のこの状況にはもっと別の原因があるのだから。
1週間前にあったテストの返却日が今日だった。この学校は学年順位の張り出しが上位50人まではある。
そして、アルファは総じてプライドが高い。燈夜のような例外はいるけれど。自分より上の順位にオメガが居てはならないのだ。
だからこの時期は特に蓮は大変なのだが、これからは他人事でなくなってしまったらしい。いや、今までも他人事だなんて思ってなかったけどね!
だから今日だって「燈夜は蓮についていてあげろ」って言ったわけだし。
「はぁ、まさか、1位取ってるとは思わないじゃん?」
今回のテスト、俺の順位は燈夜と同率で1位だった。
俺は自分がオメガになったけどアルファの時のままの記憶力があるだなんて奢ってはいなかった。いなかったからこそ今までにないほど一生懸命勉強した。アルファだった頃は想像もつかなかったほどに。
だって、来年も燈夜と蓮と一緒のクラスに居たかったから。
でもだからって、1位を取るつもりじゃなかった。いつもは1位を取り続ける燈夜を横目に2~10位の間をさ迷っていた。だから、オメガになった今は蓮と同じくらいの20位辺りを取るつもりで勉強していたんだ。
俺、思ったよりも頭良かったんだな。
まあ、それで同学年のアルファ全員のプライドに傷をつけてしまったってわけだけど。
特にトップ10に入るくらいのアルファは能力が特段高いか、結構努力をしているかの2択に分かれる。分かれるが、どちらも特に刺激してはいけないタイプだった。
俺はポケットに手を入れてスマホを探すものの教室に置いてきたようでなかった。
「最悪だーーッ」
窓を見れば叩きつけられる雨水が滴り落ちている。どんよりとした雨雲を見ると不安が押し寄せてくる。
俺、今年越せるかなー。色んな意味で。
3学期制のこの学校は10月上旬にテストがある。そしてその返却は10月中旬。つまり今から年末まであと2ヶ月半はある。
きっとその前に発情期はくるだろうし、それ以外にも現在のようなトラブルがあるはずだ。
「もう、無理。嫌だ」
そんなことを呟いていると複数の足音が聞こえた。隣の第2音楽室を探し回っているようだ。
俺は身を固くした。
前までの自分だったら追いかけ回される前に立ち向かっていたけど、今じゃもうそんなことは考えられない。怖い。
ついに追手はここのドアを見つけたようでドアノブを回す音がする。
ドアの前に置いたバリケード的なものを抑えるものの、追手はドアが壊れることも構わず力ずくで開けようとする。
ドアへと体当たりを繰り返す音と、雨音、そして自分の呼吸音だけが耳に届く。
覚悟を決めるしかないみたいだ。俺は深呼吸をして息を整える。
そして、ドアが壊されると同時にバリケードを乗り越え、先頭にいた男の顔面目掛けて拳を振るった。その拳はクリーンヒットし、男が掛けていた眼鏡を割った。
「俺のメガネがーーッ!」
燈夜はよく俺を見て、化け物運動神経と言っていた。褒めてるのか貶しているのかよく分からなかったが、5人くらいなら1度に相手しても負けない自信はあった。
そして今、相対してるのが3人。さっきの追いかけっこで体力尽きて脱落した奴が1人か2人いたけど、戻ってきてはいないようだった。
先頭の奴が眼鏡を割られたことで、ドアのあった場所で立ち往生をしている。その為、後ろの2人、辻坂と眞庭は入って来れないようだ。
俺はそのまま眼鏡の心配をしている先頭の男の腹目掛けて拳を振り上げた。
するとメガネは「メガネ……」とだけ言ってその場で倒れ伏した。
しかし、残り2人はそんなメガネを「使えねぇ」とだけ言って踏み越えてくる。
「仙藤ー、お前随分調子乗ってるみたいじゃねーかー」
辻坂はあまりやる気のなさそうな声で話しかけてくる。2人は素早く部屋に入ると俺を警戒しつつ今度は、眞庭が話し始める。
「オメガになったんだから大人しくしていればいいものを何で俺らのメンツ潰すようなことするのかねー。馬鹿なの?」
「んな〜。お前が空気読んでくれていれば、俺らもこんなことせずに済んだのにな〜。お前ならわかるだろ?」
男達の下卑た笑い声が聞こえる。
こいつらは校内でアルファの実力をランキングにすればトップ10には入る実力者だ。名前は辻坂 蕜 と眞庭 耶人 。どちらもそれなりに血筋も良く、きっと家からの圧力もかかっているのだろう。
だからといって俺を恨むなよ。俺は悪くない。ただ少し頑張り過ぎただけなんだ。
「すみませんでした」
俺はとりあえず謝ることにした。
俺とこいつらの仲は元から悪い。俺は別に嫌いなわけじゃなかったんだけど、2人は俺のことを何故か嫌っていた。
だから、謝ったところで無意味なのかもしれない。
でも、これでこの状況を切り抜けられる可能性が1パーセントでもあるのならやってみよう。俺にはもう守らなければいけないプライドや面子なんてものは無いのだから。
それでも俺は生きていかなければいけないのだから。
俺は顔を上げると2人は目を丸くしていた。
「は?」
「え……? なんで謝ってんの?」
「ちょっ、こわっ」
「別に仙藤悪くないよね?」
「雪でも降るんじゃね?」
「ちょっと、蕜黙って」
「あ、はい」
は? お前らの反応こそどういうことだよ?
さっぱり意味が分からなかった。
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