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202×.5.12 (3h+1) 何故書き始めたか。そして彼について
これを書くようにコフマン先生が勧めた。気が進まない。俺は精神がおかしい訳じゃないと言ったら、「日記を書くのはシッペイ者(綴りが分からない)ばかりとは限らない」と彼女は怒っていた。彼女自身も日記をつけているのかも知れない、だとしたら悪いことをした。
先生によると、気持ちを整理するには頭の中に留めておくだけじゃなく、実際に手を動かして書き出すことが大事らしい。確かにここのところ、考えがうまくまとまっていないのは事実だ。別に提出の必要はないとのことだし、どうせ今週末の外出許可は下りないだろうから、暇つぶしにちょうどいいかもしれない。
自分に語りかけるように、思ったことを書くのがコツだとか。馬鹿らしい。
それで……水曜日のことだが、21号線沿いのバス停で下車したのは11時頃。そのまま5分ほど歩いてマクドナルドを見かけたから入った。3時間近くグレイハウンドで揺られている間に腹ごしらえは済ませたから、注文したのはLサイズのコーラだけだった。窓際のテーブルに座った。
13時頃に店を出るまで、ずっとマーロンとセックスすることを考えていた。
彼とは一ヶ月以上やっていなかった。予備役に降りて以来こんな長い間会わないのは久しぶりだったし、声すら一週間以上聞いていないとなると、本当に稀な事態だ。通話してもどうせ楽しい会話にならないことは分かっていたからと、敢えて連絡を取らなかったことを、すごく後悔していた。
彼とはセックスの相性がいい。彼に抱かれて、ペニスをはめられるのが好きだ。
もちろんそれ以外の要因もあって惹かれている訳だけれど、例えば備蓄食糧のサバと鰯の缶詰の割合についての稟議書で誤字を見つけて訂正しているときとか、年に数週間しか戻ってこないくせ『愛と青春の旅立ち』のリチャード・ギアを気取っている太った弁護士の操縦テクニックをチェックしたりとか、どうしようもなく腐っているとき、ご褒美としてまず彼のことを考えてしまう。
彼も他の誰かと寝ていないなら(その可能性が0とは言い切れない)相当溜まっているはずだから、かなり激しい行為になるだろう。
きっと後ろからやるはずだ。ベッドに両手両膝を突かされたら、乱暴に肩を掴まれて、胸の皮膚が裂けそうなほどに上半身の反り返りを強いられる。普段しない体勢で、腹筋に負荷がかかって内臓が収縮するのはもとより、背中から尻にかけても異様な緊張の仕方をするから、アナルががちがちに固くなる。そこを無理矢理突き通されるのがいい。痛いくらいであんまり良くないとマーロンは言うが、きっと口先だけだ。彼が腰を振るのを止めたことはない。
キスをするのはそのタイミングで強引に顎を掴まれてか、それとも服を脱ぐ時に戯れながらか。そう言些細なことを考えるだけですら、わくわくする。
彼の唇が恋しい。女みたいに柔らかいけど、女よりもずっと熱くなる厚ぼったい唇。投げやりだったり、よほど切羽詰まっていない限り、彼は少女へするみたいなキスをする。その優しさが、彼本来の性質なんだろうと思う。ジバンシィらしい中性的な優しさ。あんなフレグランスをつけてる男なんか文字通り鼻持ちならない気取り屋ばかりだと思っていたが、彼のおかげで洋梨の匂いを嗅いだら興奮するようになった、酷過ぎる。
まだはめられていないのに、腹の中でペニスが暴れ回り、唇を濡らされたような気がして落ち着かなかった。心なしか、触れられる予定の場所に疼痛も覚える。ずっと散漫だった。一度考え出すと、そのことばかりで頭の中が一杯になってしまう。25年間生きてきて、自分はこんなにも性欲が強いのだと、俺は半年前に初めて知った。
俺が求めるのと同じくらい、彼も俺を求めてくれれば良いのにと思う。
きっと彼も努力はしてくれているのだろう。その心がけが嬉しい。だから寂しがってはいけないし、本当はこんなことをしてはいけないと言うのも分かっている。
あらかじめ計画していた訳じゃない。我慢する努力はした。でもやはり昨日になって、居てもたってもいられなくなってしまった。
一度挫けてしまうと、心は更なる誘惑へ、階段を転がり落ちるかのように呆気なく屈する。2時間近く待っても彼が来ないから、結局タクシーを呼んで墓地へと向かった。
よく考えたら、そもそも彼に連絡していないのだから、会いに来るはずもないのだが、もしもと淡い期待を抱いた。いや、これは言い訳だ。俺は自分を試した。指で弾いたコインを手の甲へ叩きつけてから、表になるよう祈るように。けれど実際は、もう受け止めた時点で勝敗は決まっている。
だが例え負けるにしても、綺麗に負けたかった。俺は馬鹿だ。
入れ違いになっていたらどうしようかと思ったけど、マーロンのレクサスはまだ駐車場に停まっていた。そのまま待っていようかと思った。でも既にここまで来てしまったんだ、えいままよと門を潜った。
墓地はわりあい広く、過密ではなかった。新しい墓の建つ区画は特に空き地が目立つし、芝も手入れされて見通しがいい。
だから敷地の中心辺りにある、真新しい真鍮プレートの前で、マーロンを見つけるのは容易かった。
居並ぶ参列者の中で、彼だけが小麦色の肌をしていたから、遠目にも楽に判別がつく。5月の抜けるような晴天の中で、ひどく寒そうな顔をしていた。はためくトレンチコートへ顎を埋めるようにして肩を竦め、じっとプレートを見つめている。間近で見たら星を一つ埋め込んだような黒目がちの瞳は、きっと途轍もなく虚ろなんだろう。
今すぐ駆け寄ってその腕を取りたかったけど、俺は玉砂利へブーツの爪先を食い込ませたまま、側道で立ち竦んでいた。最悪の一歩手前で踏みとどまっていた。けど、それがどうだって言うんだ。悪い状況なことには変わりがない。
導師の説教が終わるまでの30分ほど、マーロンは一度もこちらを振り返らなかった。知らないふりしているのだと思ったが、本気で気付いていなかったようだ。そうじゃなきゃ、立ち去る参列者の最後尾に紛れてこちらへやってきた時、あそこまで顔色を変えた説明がつかない。
彼は俺を無視してすれ違おうとした。心臓が痛いほど縮み上がって、体が凍り付いたが、俺は何とか足を動かした。
行く手を立ち塞がれて、マーロンは押し殺した、けれど決然とした口調で、「失せろ」と吐き捨てた。
「マーロン」
「何でここにいるんだ」
「休暇を取った」
俺の言葉が嘘だと気付いても気付いていなくても、彼の怒りは収まらなかっただろうし、正直どうでも良かっただろう。
「その、あんたには慰めが必要だと思って」
「結構だ」
持ち上げられた顔で、青い炎が燃えているかのように見えた。しばらくの間、彼の唇は固く引き結ばれたまま、今にも震え出しそうなのを辛うじて堪えていた。そのとき俺は、1時間前まで膨らませていた妄想が、一瞬で萎むのを感じた。願っていたことが、もう何一つ成就しないのだと理解するのは、別に難しくない。ただ認めるのは、すごく辛かった。
俺はよほど酷いツラをしていたんだろう。やがてマーロンは、諦めきった風に肩を落とした。俺の目つき、ちらちらと投げかけられる周囲の視線、何もかもが突き刺さって針刺しのようになりながら、放たれる声は柔らかく、抑揚に欠けていた。
「頼むよ、エディ。今日は勘弁して欲しい……彼女の命日なんだ」
まさかここまで押し掛けてきた俺が知らないのだと思っている訳でもないだろうに、噛んで含めるよう言い聞かせた。本当に苦しそうな表情だった。俺も胸が痛んだ。けれど同時に、彼の薬指に光る指輪を引っこ抜いて、遠くへ投げつけてしまいたくてたまらなかった。丸一年暗い顔をして喪に服したんだ。きっと彼女だって許してくれる。
いや、許してくれなくてもいい。まるで友人のように(つまり、彼が俺にそうあって欲しいと望んでいるように)マーロンの肩へ触れたとき、俺は口の中がからからに干上がる程の強烈な欲情に襲われた。彼女の幽霊から凄まじい憎悪を浴び、末代まで呪われるほど、この場でめちゃくちゃに抱かれたかった。
俺は狂ってる。彼のせいでおかしくなって、毎日ジェットコースターへ乗せられているみたいな気分で生きている。それなのに当の本人は人生を打ち捨てていた。35年でリタイアだなんて、幾らなんでも早過ぎる。
確かに今俺がやっていることは非道なことかもしれないが、きっと彼のためにもなると思う。このまま続けていれば、彼は流される。いつの日かきっと、俺を好きになる。
幸い現時点でも、彼は興奮した時の俺の瞳を好きだと言ってくれている。空色が濃くなって、彼の受け売りだけど「まるで夏の海のような青色になる」んだそうだ。今も顔を見上げてくる目付きは、少し軟化していた。
「タクシーで?」
「え?……ああ。急な思い付きだったから、車を出せなかった」
「そう……」
自分で聞いておきながら、彼の興味の薄さを隠そうとしない。体に触れこそしなかったが、俺は歩き出した彼を追って、ぴったりと隣に並んだ。セックス程では無いにしても、周りへの示威行為にはなっただろう。
「晴れてよかった。昨日は雨だったから、心配してたんだ」
別にする必要のない耳打ちをしたら、香水に混じってフランネルのふくよかな香りが鼻を擽った。いくら何でもと言うほど、彼は厚着をし過ぎていた。タートルネックの襟の境目から顎の付け根に向けて、滲んだ汗でしっとり湿っているに違いない。触れたいと思った。もしもそうすることを許されるなら、この後どれだけこっぴどい抱かれ方をしても、俺は一言も泣き言を漏らさなかっただろう。
いや、これまで彼が、俺を痛めつける真似をしたことなど一度もない。等閑な事はあっても、俺が痛いと言えば、決して無理強いはしなかった。そう、俺が口にすればいい。
周囲が考えるよりも遥かに、彼は優しい。ただ落ち込んでいるだけだ。そんな状態に彼をさせておくことこそ、いけないことだ。
今は相応しくないとか、時期を見計らってとか周囲は言う。けれどやはり俺は、彼を好きになることがそんなに悪いことだと到底思えない。
そのまま参列者と一緒にどこかへ流れるのかと思ったが、自分だけはここで別れるのだと彼は言った。ユダヤ人差別って奴だ。(彼らがゲットーへ入れらるんじゃなくて、連中が自分達を迫害したゲルマンの血半分、奴らにとってはどこの馬の骨とも分からないと言う意味と同義であるポリネシアの血が半分のマーロンを爪弾きにしている)
帰りの足が無いと言ったのは、押し付けがましく、嫌らしい感じに聞こえなかっただろうか? 心配だ、そんなことで彼に嫌われたくない。
結局マーロンは、俺をマクガイアまで乗せて行ってくれた。途中、ショッピングモールの駐車場に車を停めて、セックスも……最高だった。彼のペニスはどうしてあんなにも固いんだろう。
骨が折れそうなほど強く抱きしめられて、心が満たされた。彼もあんなに没頭して、やはり必要なのは温もりだと思う。早く除隊して、側にずっといてやりたい。3年は長過ぎる。
基地に帰還した時は色々と言われたけれど、ヨルゲンセン少佐は書類の行き違いだと言うことにしてくれた。代わりにカウンセリングを受けて来いと言われた訳だが。彼には本当に世話になっている。
こうして記憶を一つ一つ思い出していたら、胸が苦しくなってきた。この作業は、思った以上に大変な事なのかもしれない。
マーロン、あんたに会いたいよ。
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