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202x.5.18 (0.5h+1) トリミング
明日はマーロンに会える。昼に落ち合って、丸2日ゆっくり過ごしてから朝に帰営すれば間に合うようスケジュールを組んだ。忙しないが、韓国にいた頃よりもずっと充実している。
期待して、夜交代の時間までに陰毛を剃った。部屋の真ん中で下だけ脱いでしゃがみ込み、シェーバーを根気よく滑らせていたら、自分がとんだ間抜けに見えてくる。犬のトリミングみたいなものだと思えばいいのかも知れない。いや、犬よりはマシだ、少なくとも自分の意思で塩梅を決められる。
マーロンは鞭みたいにしなやかな身体に相応しく、わりかしつるっとしている。俺もどちらかと言えば薄い方だ。でも彼の奥さんは体毛が濃かったんじゃないかと思う。勿論彼女の裸を見たことはないが、ブルネットだったし目立ちそうだ。
そしてマーロンは、俺が思うに、剛毛は好きじゃないんだろう。俺の胸に触れた時なんか顕著だ。金髪だからそこまで目立たないものの、ちゃんと毛が生えていることに気付いて、偶にびっくりしたような顔をしている。
一度尋ねてみようかとも思うが、それを媚びと取られるのは嫌だ。ましてや俺が彼の好みへ従った暁に、こいつは何でも言うことを聞くものだと侮られるのも。都合の良い男にはなりたくない。彼の中で、確固たる何者かになりたい。
でも何も言われていないのに、毎回勝手に気を回しているなんて、既に十分手頃な存在なのかも。
毎回加減について悩むが、今日も全剃りにはしなかった。それって、何だか軽薄じゃないか。恐らくマーロンが思っているよりもずっと、俺は遊んでいない。特に今は彼以外のことを考えられない。そのことを正しく分かって貰えていればいいんだが。
指を皮膚の他の部分よりねっとりと柔らかい、股関節の付け根の奥に滑らせて何度も擦っていたら、変な気分になった。何度かそのまま、指先をアナルへ持っていきそうになったほどだ。
ここで小出しにするよりも、ぎりぎりまで溜めておいた方が気持ちいい事は分かっていた。マーロンと必ずセックスする訳じゃないとしても、夜勤だから殆どデスクの前にいるだけで良いとしても……悶々となっていても構わない。たった半日の辛抱じゃないかと自分に言い聞かせる。
本当に厳しく、何度も心を叱咤しないと、禁欲を守れそうにない。気にするな。我慢出来るはずだ。猿じゃあるまいし。
そうやってかなり長い間、逡巡していたと思う。おかげでノックの音にも生返事を返してしまって、喚いた時には遅かった。再来週の研修用テキストを持ってきてくれたポールには申し訳ないことをした。でも返事とほぼ同時に扉を開けたあいつも悪い。嘘だろお!と嘆きの悲鳴を上げられて、思わずシェーバーが手から滑った。毛を受け止めていた袋の上へまともに落ちて、げんなりした。
世間ではよく、12才の頃の友人こそが何物にも得難い存在だなどと言う。けれど俺は、軍の仲間が一番気安く接する事が出来ると思う。ある一定水準までしか信頼出来ないが、その境界線までにおいては、間違いなく最大のパフォーマンスを見せてくれるという意味で。
ポールも軍事短期大学からの仲で、駐屯先が違っても、またお互いこうして友人として付き合っている。事情を知っている奴だから良かった。知っているから、深入りされない。
「GQボーイでも気取ってるつもりか?」
と鼻を鳴らして、本をベッドの上へ放り出して、棚を覗き込む軽さが有り難い。昔からあいつは人の菓子を漁る。標的は俺が姉貴から送って貰っているシーズ・キャンディーズだ。隠しても目敏く見つけ出してくる。こいつがイラクでの捜索任務へ志願すれば、捕虜になった海兵隊員のバラバラ死体も、一つ残らずパーツを発見することが出来ただろう。
彼は事情を知っていて、深入りしない。つまり、この基地で男を、しかも自分へ本腰を入れてくれない男を愛することがどんな気持ちか、自分が理解出来ないと知っている。俺がどれだけジョージ・フロイドの事件を酷いと感じても、ポールとポールが支持するBLMの根幹を理解出来ないし、出来ると言ってはいけないのと同じだ。
幸か不幸か、色っぽい妄想もオナニーしたいという欲求も、闖入者のおかげで吹っ飛んだ。ベッドの上の本にデカデカと印刷された孫子だとかクラウゼヴィッツとかいう文字も、気持ちを萎えさせるには十分だ。
だからポールに、ストロベリー・チョコレートのロリポップを食われても許すべきなんだろう。確かあのフレーバーは最後の一個だったと思う。俺は基本的に読書が嫌いだ、否定する気はない。でも菓子が一杯に入った紙箱を膝の上に乗せて、本を読みながら棒付きチョコレートをしゃぶっている時間は、案外嫌いじゃない。
次が、次がってどんどんと進むことが出来るのは幸せだ。それにマーロンも、読書中のロリポップは推奨していた。あれは手が汚れない、つまり本も汚さない。
それにしても、GQボーイか。マーロンもそのタイプだ、確か雑誌を定期購読していたはず。
自惚れている訳じゃなく、実際、俺はその気になればあの手の格好だって似合うと思う。以前マーロンが、俺のことをクリント・イーストウッドに似てると評したことがある。他の人間からそう言われたことも無ければ、俺自身そんな風に思った事は一度も無いけれど、マーロンが感じるならそうなんだろう。
でも、クリント・イーストウッドはGQなんかに載らないと思う。
マーロンはGQっぽい俺が好きだろうか。それともカウボーイハットを被った方がいい? 彼のイメージに俺を上手く添わせて調和したい。彼みたいにしっかりしたスタイルのある人間の側にいたら、きっと不安がる必要なんて何も無いだろう。
チョコレートを大量にかっさらわれ、一人で残された部屋は、西陽が強い。気が滅入るほど明るいオレンジ色だった。寂しい。こんな感情も、マーロンなら認めてくれると思う。そもそも彼を好きになるまで、俺自身が自らの心の中へ認めようとしなかった精神状態だ。
取り敢えず、夜勤に携える本は決まった。今夜中に読んでしまおう。明日から2日と半日、余計な心配をせず、楽しむ為にも。
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