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第一章・2
カフェに入ると、コーヒーの芳しい香りが真輝を包んだ。
(いい香りだ。辛さが和らぐ)
窓辺の席に腰かけ、メニューも開かず真輝は下を向いていた。
コーヒーの香りがかけてくれた魔法は、ほんのわずかで解けてしまい、再び吐き気が襲ってきたのだ。
一分一秒が、果てしなく長く感じる。
(いっそもう、レストルームで吐いてしまおうか)
真輝がそこまで弱気になった時、コーヒーとはまた違う、よい匂いが鼻をくすぐった。
「お客様、ご気分がよろしくないのでは?」
何だろう、この香りは。
心がホッと温かくなる、いい香りだ。
いつもの真輝ならば、要らぬ世話だと突っぱねているところだ。
先ほどのテーラーでも『まぁまぁの、いい出来だ』などと、心からの賛辞を出し惜しみしている。
本当は『すばらしい仕上がりだ』と、思っているのに。
真輝は、心に感じたことを素直に表現するのが、苦手だった。
だが、今は緊急事態。
この良い香りのウェイターに、甘えることにした。
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