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第一章・3

 ウェイターの名は……、白洲 沙穂(しらす さほ)。  霞む目で、真輝は彼のネームプレートを見た。 「白洲くん、実は胸が苦しく具合が悪い」 「では、すぐに救急車を手配いたします」 「それには及ばない。そういう類の悪さではない」 「でも……」 「何か飲み物を、頼む」  かしこまりました、と沙穂は真輝から離れていった。  あの香りが、遠くなる。  心を温かくする、あの香りが。  途端に、再び悪寒がしてくる。 (白洲くんの匂いには、何らかの浄化作用があるのか?)  顔もまともに見ていない。  そこまで首をあげる余裕が、なかった。  情けなく、下を向いたままの真輝の傍らに、人の立つ気配がした。  優しい、あの香りと共に。 「カモミールティーを、お持ちしました」 「すまない」  真輝は、少し上を向いた。  するとそこには、心配そうにこちらを覗き込んでいる青年の顔があった。  白い肌に、柔らかい栗色の髪。  垂れ目がちな、優しいまなざし。  やや控えめな、だがすっと通った鼻に、薄目の唇。 (何だ、白洲くん。美しいじゃないか……)  こんな体たらくでなければ、口説きたいところだ。  だが今の真輝は、お茶を飲むことで精いっぱい。  カチカチと音を鳴らしながらカップを手にすると、一口飲んだ。

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