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プロローグ【悪役令息に転生した俺、最初からピンチです】

「こいつは処刑されるべきだ!!!」  事件は会議室じゃなく、洋館の大階段の踊り場で起こる。 「悪逆非道の冷血漢、ユーリ・ホワイトハート!  貴様の命運は今日ここに尽きる!」  多くの使用人や客人たちに囲まれて、糾弾されているのが俺。 「えぇっ? 俺?」と引きぎみに自分を指差す俺に、人差し指を突き立てているのが、貴族の身でありながら正義漢として庶民の間で名高い【純白の貴公子】フレデリック・オズワルドだ。  フレデリックはぴっちりとオールバックに固めた金髪に、目に余るほど色鮮やかな蒼色のパッチリ二重をかっぴらいて俺を睨みつけている。 「他に誰がいるというのだ!? 悪逆非道の冷血漢、ユーリ・ホワイトハート!  無辜(むこ)の人々から税をむしり取り、村の女性たちを搾取し、子供も老人も関係なく殺戮を行った悪魔といえば! 貴様しかいないだろう!?」  あー、その『悪逆非道の冷血漢、ユーリ・ホワイトハート!』って毎回言うの?  もうちょっと短めに『ユーリ』か苗字のほうだけで呼んでもらえるとありがたいんだけど。  ……なんて口を挟める空気ではなく、フレデリックは鬼気せまる表情で俺に詰め寄ってきた。 「貴様は! 心が痛まぬのか!?」 「い、いやぁ、そう言われましてもぉ……やっていないことに心を痛めるのは無理なので」  苦笑いを浮かべつつ、俺は正直に打ち明ける。  が、この男相手にそんな実直さは通じないらしかった。ただでさえ赤らんでいた顔が梅干しのようにうっ血していき、「き、きさっ、キッサマぁ……!」と喉がはち切れんばかりの引き絞った声で呻かれる。 「己のしたことを忘れるほど悪行を重ねてきたというのか!?」 「うえぇ!? 違うんすけど、ちょっと話を聞いて――」 「もういい! お前なぞ話をするだけ無駄と分かった!」 「あ、えっ? そんな!」  シュラ、と腰に()いていた剣が抜かれるのを見て、俺は血相を変えた。 「ややややちょっ! 待って! 誤解なんです、一回冷静になって落ち着いて」 「成敗!」 「ちょ、ぎゃあああああ!」  間髪入れず突き出された剣――ガチもんの刃、真剣だ――をなんとか身をひねってかわし、両手を掲げる。待ってくれと訴えてもこいつの耳には入っていないらしく、俺は奇妙なステップを踏みながら剣撃を避けていく。  ここでひとつ言っておこう。  ユーリ・ホワイトハートは確かに生まれついての悪党で、妹のレジーナ・ホワイトハートと共謀して数々の悪行をこなしてきた、れっきとした悪役令息である。  フレデリックは彼なりに色々な話を聞いて、証拠を得てからこうしてホワイトハート邸に乗り込んできたんだろう。俺に虐げられ、彼を頼ってきた村人たちを救うために。  彼は『原作』ではそういう役回りだった。  そして。 「ちょこまかと……! 私の剣から逃げられると思うな!」 「話を聞いてくれよって、もう!」  『シナリオ』の通りにいくのなら、俺はここで懐の拳銃を取り出し、この熱い正義漢・フレデリックを無情にも撃ち殺さなければならない。 「何をやってるの、フレッド!?」 「ユマ!」  ここでまた新キャラのご登場。  騒ぎを聞きつけて青ざめた顔で走ってきたのは、煤けた赤毛をたくわえたメイド服姿の女の子だった。ややみすぼらしい身なりだが、よく見れば美少女だ。  彼女は今作の主人公、ユマ。  没落貴族の娘で俺の元婚約者であり、俺の妹のレジーナにいびられながらもメイドとして屋敷に仕えるめちゃ良い子だ。  良い子なのに、実家の資産を失った彼女に俺ことユーリは興味を失い、一方的に婚約破棄を突きつけた。  ユマとフレッドはまだ彼女が貴族だったころからの知り合いで、ユマのほうはただの幼馴染みくらいに思っているがフレッドは彼女のことが好きという事情があったり――するが、ややこしいので今回は割愛する。  とにかく、俺はフレデリックがユマに気を取られている隙をつき、銃で彼の心臓をぶち抜くというミッションがあるんだけど……。  撃てるわけないんだよな。  だって俺、体は悪役令嬢のお兄ちゃんだけど、中身は現代日本の温室で培養されたフツーの男子高校生なので。

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