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2【弟、お兄ちゃんを守る】

 悪役令嬢は激怒した。 「あ・り・え・ま・せ・ん・わぁ~~~~!!!!」  ダァン!!! と長い長い食卓にレジーナの華奢な拳が叩きつけられて、テーブルに載っていた豪華な晩餐が一瞬宙に浮いた。  そばに控えているお給仕のメイドさんと執事さんがびくぅ!! と肩をはね上げる。 「こらこら、レジーナ。乱暴なことをしちゃ駄目だよ」 「だってお兄さま! カイ様ったら、あんなとんでもないことを仰って!」 「あれは保留になったから。落ち着いて」 「でも……」  憤慨する妹を(たしな)めて、俺はふうと溜め息をついた。  ――結局、あの唐突な婚約破棄と衝撃の婚約宣言のあとで、現場はいったん解散することになりました。 ◇◆◇ 「兄ちゃんにはさっそく、ウィングフィールド家の籍に入ってもらいたいんだけど」  時はさかのぼり、事件現場――例の大階段前に戻る。 「その後の式はどうする? 教会式にする? それとも神前式?」  ワクワク顔で一人妄想を、もとい暴想(ぼうそう)を繰り広げていく弟に、俺はチョップをかました。頭の上に。 「ていっ!」 「あいたっ!!!」 「とりあえず落ち着け、奏……カイ。周りを見てみなさい」 「へ?」  俺に言われて、きょとんと周囲を見回すカイ。  まだ階段上で棒立ちしているフレデリックに、めちゃくちゃ離れたところでスペキャ顔になっているユマ。倒れたレジーナに、困惑顔の使用人多数。 「ナーロッパの世界にどうやって日本の神様を召喚するつもりだよとかいうツッコミはさておきだな。  そもそも、男同士で結婚はできません!!  突然そんなこと言うから皆びっくりしてるでしょうが!!』 「男同士じゃ結婚できない!!!?!?!?!?」  それを聞いた瞬間、奏の後ろに雷が落ちた。ピシャァアン!てな具合に。 「いやそんな衝撃を受けるポイントじゃないだろ、日本でだって同性婚はできなかったのに」 「な……、な……っ」  ぱくぱくと口を開閉しながら一歩後退する奏。さっきからどうしてそんなオーバーリアクションなんだよ。 「え、ちょ、ユマ様!」 「ユマ様!?」  わなわなと戦慄している奏は、唐突に遥か遠くに立っていたヒロインさんに声をかけた。だが主人公信者・羽白奏(はじろかなで)のサガが出てしまい、貴族なのにメイドに様付けしている。  ユマはエメラルドグリーンの目をこぼれんばかりに見開いて驚いたが、すぐに「な、なに? カイ」と平静を取り戻す。 「この国では、同性同士の結婚は認められていたっけ?」  ユマは考えるように上を見上げて、答える。 「えっと……結婚は愛し合う両性間で行う、というのが法典に書かれている条文だったかと思うわ。  第一、婚姻は男女が子供を産み育て、新しい家庭を築くことが前提のものだから、その……男の人同士で結婚しようって話自体、聞いたことがないわ」 「令和元年に連載スタートした作品なのに!!」  がっくりと膝から崩れ落ちる奏。両の拳で赤い絨毯を殴りつける。 「う、嘘だ……魔法も魔物もあるファンタジー世界なのに、そのへんだけ現実的なのかよ……!」 「そんなにショック受けることか……?」  すっくと立ち上がった奏は俺の両手を握って、涙に潤んだ目でキラキラと語った。 「兄ちゃん、俺まずこの国の法律を変えてくるよ!  今週の貴族議会で同性婚許可の審議を出すから待ってて!」  問題はそこじゃないんだけどなぁ、と戸惑っているところへ、激しい金属音が聞こえた。 「ええい、なにをトチ狂った戯れ言を!」  音のした方を見ると、フレデリックが剣で階段の手すりを叩きつけていた。 「なんだ、まだ居たのかよ」とどうでもよさそうな顔と声で呟いた奏は、彼を見上げて愛想笑いを浮かべる。 「お帰りになっていいですよ。兄ちゃんは何も悪いことしてないんで」 「まだ言うか!」  階段を飛び降りたフレデリックは、一息に俺の目の前まで迫る。 「邪魔だてするなら強行突破でいかせてもらう!」 「うわ!」  俺を狙って、剣が突き出される。  何も身構えていなかった俺は無防備で、呆然と心臓を狙う剣先を見つめていた。  そのとき、きらりと剣光が瞬き、鋭い音が鳴る。 「――くっ!?」  奏が抜いた剣が相手の手元を弾いたのだと気付いたときには、フレデリックの剣は床に落ちていた。 「正式な決闘でもない場で、突然斬りかかるのがあなたの正義か?」  丸腰になったフレデリックは歯を食い縛り、奏を睨み付ける。  奏のほうも引けをとらず、俺を後ろに庇いながらフレデリックを醒めた目で見つめた。 「ホワイトハート公はこれより、このカイ・ウィングフィールドの保護下におく。他人の手出しは無用だ」  その宣言で、また屋敷内がざわめきはじめる。  たしか、この時点でカイはすでに伯爵の位を授かっていたはず。その権力は絶大だ。男爵のフレデリックには太刀打ちできない。 「な……な……っ!」  青ざめた顔で「な」しか言えなくなったフレデリックは、目を白黒させる。 「あーはいはい、ちょっと待った!」  俺はどうどう、と二人に両手を挙げて、混乱した現場を収めにかかった。 「フレデリックさん。申し訳ないですけど、また日を改めて来てくれませんか」 「なに?」 このままじゃ流血沙汰になりそうだ。ひとまずフレデリックを落ち着けるため、奏との距離を引き離したい。 「あなたは僕を“悪逆非道の冷血漢”だとおっしゃいましたが、ここには誤解があると思います」 「なにを貴様!」 「待って! 聞いてください」  鼻息を荒くするフレデリックに、また剣を構える奏。俺は二人を諫めつつ、引き攣った笑顔を作った。 「いまその誤解について僕が語っても、場が殺気立っていてお話にならないでしょう。  だから、この件はまた後日にしましょう。大丈夫です、僕はこの家の主として逃げも隠れもしません」 「しかし」  まだ言い募ろうとするオールバックでこっぱち男に、俺はにっこりと笑った。 「ここで引き下がっていただければ、“男爵”のあなたがホワイトハート家当主、“子爵”の僕に剣を向けたことには目を瞑ります」 「うっ……!」  あー、うん。こういうのってよくないよな。  権力を振りかざすみたいなのはさ。  まあでも俺って悪役令息なんで、これくらいは許してもらいたい。  言葉を詰まらせたフレデリックは、顔を真っ赤にして早口に言った。 「く……っ! 私は権力には屈しない!  ――が、急用を思い出したので失礼する!」 「大人の対応、感謝します」  落とした剣を拾って、逃げるように帰っていったでこっぱち熱血漢を笑顔で見送り、俺は奏に向き直った。 「カイ」  剣を鞘に仕舞っている奏の胸に、人差し指を突きつける。 「全員一度熱をさまそう。お前も、熱でもあるなら薬草でも煎じて飲んで寝ろ!」 「うん。分かった」  にこっと笑って素直に頷いた奏は、 「ま、俺の兄ちゃん愛が冷めることはないけどね!」  とこっちが頭痛がしてくるような迷言を吐き、あっさりと屋敷を出ていった。  正面玄関のでかい扉を閉める間際、ひょこっと顔を出して手を振ってくる。 「また明日遊びに来るね~!」 「はいはい……」   ◇◆◇

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