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1【弟、いきなりお兄ちゃんにプロポーズする】

「よくカイが俺だって分かったね、兄ちゃん! 俺嬉しい!」  カイ、というか奏は、キリッと締まった貴公子然とした表情から子犬のような笑顔に変わって、俺を抱えたままくるくると回る。  目が点になっているみんなの顔が視界に入るが、奏にぶん回されている俺にはどうしようもできない。 「いや分かるわ! だって顔がお前のままだし、アニメと違うじゃん!」 「あーそうなんだよね、なんでか分かんないんだけど」  とんっ、と軽いステップを踏んで回るのを止めた奏は、俺を柔らかく地面に降ろして立たせた。  いやいやなんだこの差は!? なんでこいつはそのままなわけ!?  俺がユーリを演じるなら全身整形が必要なレベルだってことか? 失礼な! 奏は元からイケメンだからそのまま美形王子に転生しても構わないって?  「兄ちゃんはユーリの顔になったんだ。  だけど中身が兄ちゃんなら無問題(モーマンタイ)♡」  カイのコスプレをして、きらりんと片目をお茶目に閉じてみせる我が弟。  後ろでポニーテールにした栗色の髪が揺れる。髪を留めるインディゴのリボンもよく似合っていた。  ああ、腹立つくらい格好良いですよこの弟は! 「ちょ、ちょっとカイ様! お越しになるのなら言ってくださればよかったのに!」  奏以外があっけにとられている中で、レジーナが一番先に我に返った。ゴージャスな青色のドレスをたくし上げ、カールした金髪を揺らしながら階段を駆け下りてくる。 「わたくし、カイ様が来てくださるのを心待ちにしておりましたのよ! だってあなたはわたくしの愛するフィアンセなんですもの!」  『フィアンセ』の部分を強調してユマの方を勝ち誇った笑みで見下し、レジーナは俺たちの前に駆けてきた。ユマは一方的に牽制されて腑に落ちなさそうな顔をしていたが、口を挟まず状況を観察している。 「あ。レジーナ嬢、ちょうどいいところに」 「? なんですの?」  大好きなカイに呼ばれて、嬉しそうに顔を輝かせる悪役令嬢さん。ユマを惚れさせたユーリ(俺の体)の妹だけあって、こうして見ると彼女もかなりの美少女だ。  そんなレジーナに向かって、にぱっ♡と王子らしからぬやわらかスマイルを浮かべた奏は、悪意の一つも感じられない無邪気さであっさりと言い放った。 「今ここで俺とあなたの婚約、破棄しますね!」 『は?』と、そのとき奏以外の全員が口を揃えて言った。 「いま、なんと?」  目が点になったレジーナに、奏は両手の人差し指を立てる。片方を自分に向けて、それからもう片方の指で彼女を指した。 「俺と、レジーナ嬢の、婚約を」  レジーナも奏を真似して指差しする。 「わたくしと、カイ様の、婚約を」  奏は二本の指を交差させて、きれいなお顔の前で小さなバッテンを作った。 「破棄します! 俺はユーリ・ホワイトハート公と結婚しますので!」  うーん、いい笑顔だ。じゃなくて!!! 「はぁああああああ!!?」    今日一の絶叫が屋敷に響き渡った。  レジーナが卒倒し、使用人たちに慌てて介抱される中、俺は奏の胸ぐらをつかみ上げる。 「おま、俺と婚約してどうすんだ!?」 「うぇっ、兄ちゃん、ちょっと首絞まるって」  ひとりニコニコと笑っている奏を揺さぶって、「どういうつもりだ」と詰め寄った。 「元のストーリーと全然違うだろ! なんてことしてんだ、話の内容忘れたのか!?」  奏は首を振って、まさか、と笑う。 「俺、『けど恋』がなろうで連載始まった頃からの古参ファンだよ? 忘れるわけないじゃん。原作ではこのあとカイはユーリと一騎打ちして、ユーリがフレデリックを手にかけた銃をものともせず完全勝利するんだよね。  ユーリを気絶させた後でカイは擦り寄るレジーナを跳ねのけてユマの元へ向かい、大切な友人を守ってやれなかったことを詫びるんだ。  それから『自分の家に、メイドじゃなく婚約者として住まないか』って、実質プロポーズをする。  レジーナとの婚約は元々彼女側から一方的に突きつけられていたものでカイの望みじゃなかったので、その場で婚約解消してユマがカイの恋人になるんだ。  自分の兄がしたことのしっぺ返しを妹が喰らわされるという痛快な一幕になっていて、ここはファンの間でも特別人気なシーンで」 「ああもういいもういい、オタクの作品語りは長いから! っつーかそこまで分かっててなんでユーリと結婚することになってんだよ!?」  早口でまくしたてる奏を、ぶんぶん手を振って制止する。イケメン陽キャのくせに強火オタクという相反する属性を持つ奏は、迷いなく言ってのけた。 「この世界のカイは俺だし、ユーリはゆう兄ちゃんだからだよ」 「え? ――うわっ!」  奏は俺の背中を片手で支え、逆の手で俺の左手を握る。  カイとそこまで身長の変わらないユーリの身体を軽々支えながら、奏はアニメ版カイにも劣らない完璧な微笑みを浮かべた。 「俺と婚約してください、お兄ちゃん」  …………とんでもない事になった。  俺、悪役令嬢の兄に転生して、なぜか現実世界の義弟にプロポーズされてます。 「どういうつもりなんだよ、お前……どうするんだよ」 「どうするって、婚約したら次にすることは一つでしょ?」  ぱちん、と女の子なら一撃ノックダウン必至のウインクをキメた奏は、俺の手の甲をとってそこへ唇を寄せた。 「あの日、ずっと孤独だった俺を見つけてくれたあなたは、俺の運命の人です。  ずっとそばにいるために……俺と結婚してください」  それ最終話Bパートでカイがユマに言うセリフだよ!!!

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