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第1話

Unfair lover 1, unfair 1、  憂鬱な朝がやってくる。時が経てば変わるだろうと思っていた標的は今も変わることなく自分を指す。  社会的地位が低いからといって、こんな扱いを受ける理由はどこにもない。散らかった机の上の下品な落書きを見て、佐渡紅(さわたりあか)はため息を吐いた。 「おはよ~紅チャン。どう? 芸術点高いっしょ?」 肩にずしりと重みが加わって、端正な顔立ちがすぐ傍でにんまりと笑うと、紅の暗い顔にさらに影が落ちる。  右京美樹(うきょうよしき)。クラスのボスで、金持ちで、顔がよくて、スポーツもできる。生まれ持ったアルファだ。このいじめの主犯でもある。 「特にさあ、これ、このゴムのイラスト。うめえでしょ? 俺感動しちゃってさあ! 紅チャンとセックスする時はつけて上げないと出来ちゃうもんねー? アハハ」  ケラケラと笑う美樹に胸に抱いた不快感をしまって、机の上にばら撒かれたコンドームや紙くず、丸まったティッシュを持ってきたコンビニ袋に詰める。 「あれぇ?紅ちゃんご機嫌ナナメ?」  美樹は笑いすぎて出た生理的な涙を人差し指で拭って紅の顔を覗き込む。無表情なその暗い顔はピクリとも反応しないで目の前にあるごみを映していた。 「つまんねぇの。反応しろよ、佐渡」 「そうそう、もっと嫌そうな顔しろよなー」  美樹の後ろで、彼の取り巻きが口々に文句を言った。つまらないなどと野次を飛ばす彼らに紅はただ無反応だった。  まあまあと彼らを鎮めた美樹が、もっと紅に顔を近づける。紅の暗い赤の瞳に自分が映っていることを確認して、言った。 「喋りたくないんなら、また、フェラでもさせてやろうか? 紅」  ニコッと口元は笑っているのに、その目元は全く笑っていなかった。それを見て、漸く、紅はびくりと肩を震わせて、小さな口を開いた。 「お、おはよう……右京……」  蚊の鳴くような声とはまさにこのことだろう。とても小さな声だったが、しんと静まり返った教室にはしっかりと響いたその怯えたような声に、美樹は満足そうに笑った。 「おはよう。紅ちゃん」  がしっと掴まれた肩を引かれて、紅は美樹に連れられて彼の席の前に立つ。美樹の取り巻きの下卑た目がその小さな体に突き刺さる。 「う、右京……俺まだ鞄置いてない」  おずおずとそう口にすると美樹は大丈夫だよとニッコリと笑った。 「ここで授業受ければいいからさ」  ここ、と指差されたのは美樹の机の直ぐ傍の、地面だ。床で授業を受けろと言うのだろうか。不安げな顔で紅が顔をじっと見ると彼はニッコリと微笑んで、河合という生徒に声を掛けた。  呼ばれた生徒がにやにやと下品な笑みを浮かべて美樹の手に何かを渡す。それを見た紅は、ガタッと机に身体をぶつける。 「シカトこいた罰ね。どうせ授業なんてわかんなくなるよ」 「嫌……嫌だ……」  美樹が河合から受け取ったのはシリコンバイブだ。おまけに以前飲まされた媚薬も持っている。  クラス中の人間の前でまたバイブを突っ込まれるのは嫌だと抵抗するが、自分と体格の差がある美樹の取り巻きに抑え込まれて、スラックスを無理矢理脱がされる。 パンツを下ろされてしまえばもう、自分を守る布はない。 「お願い……頼むから、やめて……右京……」  いやいやと頭を左右に振って、頼み込む。涙がスウっと頬を伝った。 「だーめ。罰なんだから。あ、もちろんイくのもなしね。はい、飲んで。大人しく飲まないともっと罰が重くなるよ」  手慣れた様子で美樹がついに灰色のボクサーパンツを下ろした。彼の長い指が口元に小さなピンク色の錠剤を持ってくる。  もう諦めるしかないと、しゃくりあげながら恐る恐る口を開いて舌を突き出して、慣れた動作でそれを飲み込む。恐らく即効性の薬によって五分もしないうちに身体が熱くなるだろう。 我を忘れないように頭の中で数を数えようとする紅を見て満足そうに笑う美樹は、いよいよ固く閉じた蕾に触れた。 「相変わらず狭……」  キツキツに閉じた後孔が少し濡れている。オメガは、その性質上男であっても濡れるから楽でいい。  ぬるぬるとぬめる愛液を利用して美樹は紅の後孔を暴いていく。じっくりと時間をかけて、指が二本入るくらいになると、今度は手慣れた様子で紅の陰茎の内側のあたりをぐにぐにと押し潰すように刺激した。 「ここだよねー? 紅ちゃん」 「~~ッンン」  ビクンと大きく身体を跳ねさせる紅に満足したように、そこを執拗に捏ねるように愛撫する美樹に紅は頭の中で数を数えていられなくなって、堪らず、首を振った。 クラスメイトの楽しそうな笑い声が耳に響く。美樹の愉悦を感じた表情をうっすらと開いた赤目に焼き付けて、紅はまた涙をこぼした。  右京美樹なんて、世界から消えてなくなったらいいのに。 ***  この世はどうしようもなく理不尽だ。そう思わずにはいられない。  無理矢理黒に染めた前髪越しに見る世界は色褪せていて、くだらないテレビ番組をみているような気さえする。生まれた性別で差別される世界。どんなに可愛く生まれても、どんなに賢く生まれても、オメガと言うだけで軽んじられる。紅はそんな世界が大嫌いだった。  性別で差別される世界でなければ、右京美樹がアルファで、佐渡紅がオメガでなければ、もしかするともっとましな人生を歩めたのかもしれない。時折、本当にたまに、そんなことを考える。  今更、生まれた性別を恨んでも意味がないのは分かっているし、そんなことを考えても美樹が消えたり、世界が変わったり、明日、紅がアルファになっているなんてことは絶対にない。たまたま運が悪かっただけ。つらいのは高校生の今だけだ。そう心で唱えても、納得しきれない部分がどうしてもある。  クラスでも、自分は浮いている方だ。その自覚は確かにある。否定はしない。 外国の血が流れている紅だが、その血を認めたくなくて無理矢理に金色の髪を黒色に染めている。光の加減によって橙色にも紅色にも見える瞳は、母を捨てた男と同じで、叶うことなら抉り取って捨ててしまいたいほどだ。雪のように白い肌も、体質のせいか太ることのできない痩せ気味の身体も、クラスから浮いている原因だ。  だけど、一番異質なのは、首元に鎮座するチョーカーだ。  黒いベルトに赤いセンサーパネル付きのそれは、クラスにいる他のオメガ二人はつけていない。紅だけが特別と言わんばかりに装着しているそれは、他でもない彼自身を守る小さな砦であり、彼を浮かせる異質さそのものだった。  昔から人よりも強いフェロモンのせいで発情期の症状は重く、中学の時にたまたまヒートの周期がずれたせいで、ベータの担任教師に襲われそうになったことから、万が一にと母親が紅に用意したチョーカーだが、今は、風呂以外で滅多に外すことのできないそれのせいで、苦しんでいることを、彼女は知らない。話してない。余計な心配はかけたくないからだ。  じっと自分の席を眺めて、紅はため息を吐く。昨日と同じく、落書きまみれの机の上にいつ撮ったのか紅の暗い顔がアップで映っている写真や、裸で転がされている写真、玩具を突っ込まれて泣いている写真……沢山の自分の写真の上に精液とコンドームがばら撒かれている。おまけに、写真には下品な差別用語が書きなぐられている。  明らかに盗撮であろう写真を一枚手に取って、自分の横顔に書かれた卑猥な言葉を冷めた目で見つめていると、背後から今最も関わりたくない男が自分の肩に腕を回し圧し掛かってきた。 「おはよう。紅ちゃん。どう? 綺麗に撮れてるでしょう? それ。わざわざ写真部に依頼したんだよ。喜んで引き受けてくれたよ」 にたりと笑いながら紅の手から写真を奪い取った美樹はそのぺらぺらな紙を顔の横でひらひらと揺らす。  吐き気がする。紅は自分の肩から重みが消えたと同時ににやにやと笑う男の方へと身体を向けて、顔を歪めた。  右京美樹に目を付けられたのが運のツキだ。そう笑っていた生徒を思い出す。あれはたまたま右京が家の用事で休みだった日。体育館に行く渡り廊下でそんな声を聞いた。まったくもってその通りだと思う。  整った顔立ちの垂れ目がにたりと笑んで、涙袋がうっすらと浮く。紅の歪んだ顔を見て楽しそうに笑う顔が憎たらしいと思った。  身体の相手には苦労し無いだろうと思う。左目の泣き黒子に唇の左端にある黒子はセクシーだし、スッと通った鼻筋は綺麗で、垂れ目がちの目は切れ長で綺麗な二重に茶色の綺麗な瞳が嵌っていて、加えて頭は小さく、全体的にバランスが取れている。街で振り向かない人間はいないだろう。  それなのに絶対的な支配者は、まるで世界で一番の楽しみがそれだというように、紅の不幸な姿を見て笑みを深める。にたにたと笑うクラスメイトの真ん中に立って、手を伸ばす美樹に、びくりと肩を震わせて顔を背ける。するりと頬を撫でる手は冷たく、まるで氷のようだ。 「紅ちゃん、今日も分かってるよね?」  目の前に差し出されたものを見て、紅はぐっと不快感に顔を染める。白い液体に塗られたコッペパンは、彼に与えられるおやつだ。食べないと酷い目に合う。昨日のように脱がされてクラス全員の前で玩具を挿入されるかもしれない。もしかすると、フェラをさせられるかも。逃げ道は、どこにもない。  意を決して、パンを両手に取り、口いっぱいに頬張って、美樹が満足するように、上目遣いで見上げる。  苦みが口いっぱいに広がる。何度味わっても慣れないそれに、紅は顔を顰めた。 「美味しい? 紅ちゃん」  はあ、と興奮気味に熱い吐息を漏らす美樹に答えずに頬張ったパンを胃に押し込めることに集中する。途中吐き気を催したが、ここで吐いたら台無しだと涙目になりながらなんとか堪えて完食しきると、美樹の長い綺麗な指がするりと紅の顎を撫でた。今日はこれでエッチなことはないだろう? そう希望に満ちた目を紅が向ける。と、ニッコリ笑って、美樹は言った。 「偉いね。でも、ごめん。勃ったからさ、フェラしてくれる?」  紅の頭を鷲掴んで自分の股間の前に移動させると、早く、と急かす。 「や、やだ……」 「……やだじゃねえの。やれって言ってるんだよ、紅」  ふるふると首を振る紅に美樹はそういうと、また、早くと急かした。  暫く抵抗感を見せた紅だったが、ここに自分の味方も、救いの神もいないので、観念して美樹の太ももに両手を置き、おずおずと口でスラックスのジッパーを下ろす。フェラをするときはこうするようにと教え込まれたことをひとつひとつ丁寧に実行していく紅に、美樹は愉悦に満ちた表情を浮かべた。 「上手になったね、紅ちゃん……そう、上手。これからも、俺の、俺だけの命令を聞いて生きてね」  息を荒くしながら紅にだけ聞こえるような声量でそう呟く美樹に紅は聞こえないふりをした。   1 終  

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