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第2話

2. 「まだ佐渡の事いじめてんの?」  幼馴染の三村黒夜(みむらくろや)に問われて美樹はうっそりとした笑みを深くする。クラスの違う黒夜は紅に対するいじめには加担していないので、その現状もあまりよく知らない。そもそも、長年連れ添っているのにも関わらず、美樹が何を考えているのかもよく理解できない。ただ、彼を怒らせてはいけないということだけは分かっていて、何でもないように見せかけたその質問も、美樹の怒りを買うのではないかと内心ドキドキしていた。手汗はもう、びっしょりだった。 「紅ちゃんのこと、気になる? 黒夜」  にんまりと笑顔を浮かべる美樹の目はこれっぽっちも笑っていない。この話題は地雷だったか? と息を呑んで、その問いを否定した。よかった。と笑う美樹にほっと胸を撫でおろす。 「お前が紅ちゃんを好きになったら、俺、お前の事消さなきゃいけなくなるからさ。本当によかったよ」  ぞくりと背筋に冷たいものが走った。美樹はいつも通りの笑顔でこちらを見ている。まるで冗談でも言ったかのような空気。だが、黒夜にはそれが冗談ではないとはっきり分かってしまった。小学生の頃から一緒に居れば、嫌と言うほどに分かる。美樹が消すと言ったら、本当に人が消える。だから、美樹の興味を惹くものに手を出してはいけない。彼が欲しいと言うなら差し出さなければならない。それが、美樹と付き合う上でのルールだ。 「可愛いよねー。紅ちゃん。俺の事大っ嫌いって顔して、睨みつけてくるくせにちょっと脅したら怯えて言いなりになるんだもん。本当に可愛い」  黒夜もそう思うでしょ? と同意を求められて、思わず頷く。満足そうに笑った男は興奮気味に頬を赤らめてうっそうとした笑みを浮かべて言う。 「紅ちゃんは、俺の物なんだぁ。どこに逃げても探し出す」  歪んでいるよ、お前。そう呟いたら、美樹はくすっと笑って、そんなの知ってるよと言った。はじめから歪んでなけりゃ、あんなにいじめたりしないでしょ? 当然の事のように言う美樹に黒夜は顔を歪めた。  幼馴染に歪んだ愛され方をしている可哀想な少年を思い浮かべて、息を吐く。あんだけ目立ってたらそりゃ目も引いてしまうのも分かるけれど、美樹がどうして彼にそこまで執着するのか理解ができない。それが、アルファとオメガに課せられた宿命ってやつなのだろうか。 ***  そんな支配者でも、思い通りにならないことがある。右京美樹の目下の悩みが、今、紅と親し気に話す男だ。高木葵(たかぎあおい)という教師。代々優秀なアルファを輩出している高木家の長男。例にもれず本人もアルファだというのに、何故養護教諭なんてしているのかは知らないが、この学校で唯一、右京家の力を持ってしても辞めさせることができない男。おまけに、他の教師とは違い、妙な正義感と優しさで、美樹と紅の間に割って入ってくる面倒な所がある。非常に目障りな男だった。  妹の彼氏が紅の幼馴染だということで、特別気にかけているんだろう。教師が生徒を贔屓するのはどうなのだと責めてやろうかと考えたが、そうすれば自分もただではすまない。 「は~~目障りだなあ」  左手で顔を覆ってため息を吐く。少し照れたような、自分には見せない紅の顔が脳に焼き付く。猫背で、ただでさえ低い身長をさらに低く見せるように大事そうに教材を抱えているその小さな頭に、葵が大きな手を置いてぽんぽんと撫でたのを見て、心がざわざわと騒ぎ立った。胸の中にどす黒い感情が渦巻いて、頭の中を触るなという言葉が埋め尽くす。  今にも人を殺しそうなオーラを纏いながら、二人に近付く美樹にいち早く気が付いた紅が顔を蒼褪めさせて俯く。その様子を見て美樹の存在に気が付いた葵が、一歩前に出て紅を庇うように立った。 「こんにちは。高木せんせー。紅ちゃんと楽しそうにお話してるね? 俺も混ぜてよ」  貼り付けた笑顔は嘘くさく、紅はどうせ本気で言ってはいない癖にと、自らを守ってくれる男の背に隠れた。それを見て、美樹の眉毛がピクリと動く。 「右京君にはつまらない話じゃないかな」 「それを決めるのは俺でしょう?」 「言葉の意味が理解できないかな? 今君を混ぜてお話しできないって言っているんだけれど」  バチバチと二人の目と目との間に火花が散った。この志賀崎高校で右京美樹に逆らえる唯一無二の存在。本当に目障りだと美樹は舌打ちした。はあ、と深くため息を吐く。仕方がないなと言わんばかりの態度で紅を見た美樹は、その鋭い目で彼をじっと見つめて、静かに、その名前を呼んだ。 「紅」  びくりと、大袈裟なほどに肩を跳ねさせて紅は葵の後ろに隠した顔をそっと覗くように出した。美樹の目を見ようとしないその態度に腹を立てて、もう一度、紅と呼ぶと、漸くその橙色の瞳は美樹を映した。眩しい日差しの加減で、紅色にも見える綺麗な瞳が、ようやっとこちらを映したのに満足して、美樹は一言告げる。それは、紅にとって逆らえない絶対的な命令で、まるで死刑宣告のようだ。 「おいで」  伸ばされた手を取って、紅は葵に小さくお辞儀すると、美樹とともにその場を去っていった。  -今は高木よりも俺を優先するようにできてるけど、これもいつまで続くのか。  そう考えながら適当な空き教室に紅を押し込んで鍵を閉める。もうしないから、と首を振って嫌がる紅に別に罰はこれじゃなくてもいいんだけどと言えば、彼はしばらく考え込んで、近くの席に抱えていた落書き塗れの教材を置くと、ゆっくりと美樹の前に膝をつき、自分から美樹の物を口で咥えた。  ただ、あんまりにも紅が嫌そうにそれをするものだから、美樹は少しイラついて、無理矢理に染められた金色交じりの紅の黒髪を鷲掴んで好き勝手に喉奥を突いた。締まる喉奥の気持ちよさよりも、苦しさで涙目になっている紅の顔に興奮を覚える。  堪らず、紅が苦しそうに喉を詰まらせているのを無視して頭を抑え込む。喉奥で射精すると、紅は溺れているかのように息ができなくなり、ゴボッと口から流し込まれた精液と咥えていた美樹の陰茎を吐き出して咳き込んだ。 「あは、ごめんごめん。きつかった?」 「ゴホッゴホッ……ケホッ……もう、許してくれた?」  口端に付いた精液を手の甲で拭って期待した目で見る紅に美樹はにこりと笑う。それを見て紅がほっとした表情を浮かべたのも束の間、美樹はその問いを否定した。 「そんな訳ないじゃん」 「なん……で」 「いつも言ってるよね。飲み込んでって。出したんだから、飲んでよ。大事なアルファ様の精子だよ? いつもやってるのにできないわけないでしょ?」 「…………ごめん」  急に出したのはそっちの癖に。口から出そうになる言葉を懸命に堪えて、紅は謝罪を口にした。言い返せば余計に酷い目に合う。だから、素直に謝るのが正解。 「いいよ。素直に謝ったから、軽いので許してあげる」  にこりと笑って美樹はポケットから白いローターを取り出した。一見、普通のローターかと思ったが、本体と繋がったコードの先はベルトになっていて、スイッチがどこにあるのか分からない。軽いのとは言うが全然そうは思えないと紅は思う。きっと、全然軽い物じゃない。 小さく息を吐いて、自身のベルトに震える手を伸ばして、ゆっくりとズボンを下ろす紅に笑顔を浮かべた美樹は、その冷たい指先でそっと柔らかな白い肌に触れる。腰を掴まれた紅は、羞恥心に耐えながら、ゆっくりと上半身を前に倒し、近くにあった机を掴む。  太ももにベルトを締められて、いよいよ逃げ道がなくなると、心臓がばくばくと音を立てた。 「俺が挿れてあげるね」 「ン……」  艶めいた声を漏らす紅の中につぷりと飲み込まれていく小さめのローターを美樹の長い指がさらに奥へと押し込む。ぬるりと濡れる穴をかき分けるように侵入したそれは、どうやら遠隔操作で動くタイプの物らしく、美樹の左手に小型のリモコンがあった。 体内の異物感に嫌悪感を抱きながら紅は小さく呻き、熱い吐息を漏らす。罰とはどうやらこの小型のローターをいれたまま過ごすことらしい。全裸に向かれるよりはマシだ。そんな風に考えて、紅は息を吐いて服を整える。  ふと、顔を上げると、紅の様子を見ていた美樹がやけに楽しそうな笑みで笑うので、気色が悪いと顔を歪めた。大体そんな顔をする時はよくないことが起こる。そう思った紅の思考に応えるかのように、美樹が手に持っていたリモコンを楽しそうに弄り始めたと同時、強烈な刺激が腹の内側を襲った。 「―ッ!?」  バチバチと目の裏で火花が散る感覚。急に何が起きたのか分からないが、鋭い快感が身体を駆け抜けて足から力が抜けた。がくがくと震える身体に理解が追い付かないで、混乱していると、机に腰掛けていた美樹が立ち上がって、笑いながら歩み寄り、紅の目の前でしゃがむ。 「すごいでしょ? これ振動パターンが十五段階あるんだよ? 今のは十二かな? バリエーション豊富だから、飽きなくて済むね。紅チャン!」  言ってる意味が分からない。閉じきれない口から涎を垂らして、快楽に耐えながら、紅は美樹のシャツを掴む。小さく首を振って漏れそうになる声を我慢しながら美樹に止めてくれるように頼む。その制服のズボンの股間部分にはテントが張っている。 「えー? なあに? わかんないなー。ふふ、午後の授業も、それで受けられるよね?紅ちゃん」 「あっ、ふっ、んっ、むり……むりっ」 「できるよ、できる。紅ちゃんなら大丈夫」 頭を振る紅に仕方がないなーとローターの振動を緩めると、紅は安心したように手を放して、身体から力を抜いた。頬を紅潮させて俯くその様子を見た美樹は何を思ったのか唐突に、その小さな体を抱き締めて、紅のズボンのチャックを下ろし、パンツから紅の陰茎を取り出して優しく扱く。滅多にされない行為に驚いて腰を引こうとした紅だが、抱き締められているので大した抵抗もできず、美樹の手の中であっさりとイかされてしまった。 「いっぱい出たね。紅ちゃん」 「……」 「舐めて。綺麗にできるでしょ」 自分の手のひらについた紅の精液を見せつけるように手を差し出す美樹に小さな赤い舌先が応える。綺麗に、という言葉通り丁寧に舐めしゃぶる紅に頬を赤らめて嬉しそうに笑うと、美樹は満足したように頷いた。 「素直でいいよ。紅ちゃん。そういうところが可愛いね」  うっとりとした言葉に何を言ってるのかとため息を吐きたい気持ちを堪え、手を舐め終えると、紅は両足に力をこめて足ち上がった。  地獄はこれからだ。というのは分かっている。美樹の手にリモコンがある限り、自分に安らぎの時は訪れない。いつ襲い来るか分からない快感を恐れながら、紅は美樹とともに空き教室を後にした。 ***  結局、ローターを抜かれるまでに五回はイった。授業中、クラスメイトの視線と美樹からの視線を浴びながら、懸命にその刺激を耐えていたが、巧みな調整技術に四度も達してしまい、制服と下着は自分の精液でドロドロに汚れてしまった。  仕方がないので誰にもバレないように、放課後、こっそりとジャージに着替えるため席を立った紅を取り囲んだのは、美樹とその取り巻きたちで、八人に囲まれれば体の小さい紅は成す術がなく、あっという間にズボンを脱がされて下半身を外界に晒されてしまう。  なにをされるのかいち早く察した紅が嫌だとかぶりを振って泣くのをおもしろおかしく見ながら、萎えた陰茎を扱き始めるクラスメイトに、美樹は何も言わずただ笑って机に腰を掛けて眺めていた。 しばらくして紅が自身の陰茎を扱かれてあっけなくイったのを見ると、そこで漸く美樹が「ローター、抜いてあげなきゃね」と立ち上がって言った。 力なく転がっている紅の尻に手を伸ばし、無遠慮にそこを広げると、てらてらとぬめり光る穴が切なげに収縮する。それに小さな声で「えっろ」と呟いて、穴の中に入っているローターから伸びるコードをゆっくりと引き抜いた。 小さく喘ぐ紅の太ももからベルトを外してやると、そこに綺麗な跡がついている。緩めに付けていた筈だが、これはこれでえろくていいなと美樹は感心した。 明日もよろしくねと笑って言う美樹を見上げながら、紅は気怠い身体を冷たい教室の床に転がしてため息を吐く。明日なんて来なければいいと、もう何度目になるか分からない願い事を心の中で唱えた。   「よお、紅」 「……そうちゃん」  一人暮らしをしているアパートの前で、紅は聞きなれた声に呼び止められた。  振り返ると見慣れた短髪が自分に向かって手を上げる。その名前を呼べば、屈託のない笑みを浮かべて、幼馴染、四堂蒼(しどうそう)は目の前に立った。 「今帰宅か? 遅いんだな」 「別に。普通の時間じゃないの?」 「おせーよ! 二時間待ったんだぞ?」 「それはそっちの学校が終わるの早いだけ」  アパートの二階に上がる自分についてくる蒼に笑いながら答える。内心、自分がそういう匂いで臭くないか冷や冷やしたが、対して気にした様子もないようだった。  部屋に蒼を案内して自分はさっさと風呂に入る。今日の記憶を一刻も早く忘れたかった。蒼は勝手知ったるなんとやらで自由に過ごしているだろうし、放っておいても大丈夫だ。  ザアザアと流れるお湯とともに、この汚い記憶も流れてくれたらいいのにと切に願う。不平等な世界で、こんな目に合う自分の罪は、一体どこにあるんだろう。紅は浴室についている曇った鏡を手で拭って、そこに映る自分を見た。  ―自分に罪があるとするなら、母さんを苦しめるこの容姿そのものか。  ぐっと拳を握って唇を噛む。幼い頃から、紅は自分の容姿が嫌いだった。  外国人の父はどうしようもないクズだった。顔がいいだけのお調子者で、お金持ちの女と結婚できると知ると、当時付き合っていた母をいとも簡単に捨てた。腹に紅を身籠っていることを知っていたのにも関わらず、あっさりと彼女とのことをなかったことにしたのだ。  産まれたばかりの紅の容姿が母に似ていないことから、近所の人はよくお父さんに似たのねと笑って言ったが、それで母が苦しんでいたことも知っている。紅は隠れて母が泣いているのを何度も見ていたので、彼女がまだ父を愛していることを幼いながらに理解していた。  オメガでありながら女手一つで紅を育ててくれた母を愛している紅は、だからこそ父が許せなく、その人そっくりで母を苦しませてしまう自分の容姿が大嫌いだった。  右京美樹は、この顔を好きだと言う。かわいいと褒める。クラスから浮くくらいの見た目だから、あいつに目を付けられた。 「この顔の、なにがいいんだろう……」  深く息を吐いてシャワーを止める。浴室を出て洗面所で身体を拭き終えると首輪を着けて部屋に戻る。部屋の中央で、蒼がソファーに座って一人でテレビを見ていた。 寝室に入ろうとその後ろを通る紅に気が付いて、蒼が振り向く。 「お? 風呂あがったのか」 「ああ、うん。まあね」 「この番組面白いぞ。見てみろよ」  手招きする蒼に少し悩んで隣に腰掛ける。テレビには今人気のお笑い芸人が家を解体して作り直すと宣言する姿が映っていた。 「好きだね、そうちゃん。こーいうの」 「まあな。建築とか興味あるし」 「そっか」  ソファーの上で体育座りをして、紅は蒼が面白いと言った番組を真剣に見る。お笑い芸人には明るくないが、たまにはこういうのもいいのかも知れない。  時折、蒼が入れてくれる解説を興味深そうに聞きながら見ていると、お腹がぐうっと音を立てた。腹が空いたなという蒼になにか作るよと立ち上がって、キッチンに立つ。適当にオムライスでいいかと米を研いで炊飯器のスイッチを押しながら決めて材料を冷蔵庫から取り出す。 「そういえばお前、学校でなんかあったか?」  不意に蒼がそう口にしたので、ぎくりとした。紅は持っていた包丁で指先を切りそうになって慌てて手を止める。心臓がばくばくと騒音を立てた。 「なんも、ないけど……どうして?」 「いや、ただ最近遊びに来るたびにすぐ風呂に入るから……」  なんかあんのかなって。そう呟きながら頭を掻く幼馴染の勘の鋭さに眩暈を覚える。こういうところだけは何故か鋭いのだ。いつもは鈍すぎると彼女の高木(たかぎ)咲(さき)に怒られているくらいなのに。 「と、友達と、遊んでたら汗かいちゃうからさ……それで、汗臭いの……やだし」  ニコッと無理矢理作り笑いを浮かべると、蒼はそんなものか? と腑に落ちないような声で呟いて、またテレビへと視線を戻した。  追及されなかったことに安堵して息を吐く。心臓の音がバイクのエンジン音みたいにうるさい。その音が、幼馴染に聞かれていないことを、ただ、願った。 2 終 

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